第27話 言語能力の謎
洋館の廊下
詳しい話をしたいからと、僕たち三人はグラシス先生の仕事部屋でもある魔法力学研究所の研究室へと案内された。
植物園のある裏庭に面しているということで、裏口から廊下に入り、長く伸びた廊下の一つ目のドアへと誘導するのだった。
廊下には誰もいなかったけど、室内灯のランプには明かりが灯されており、それだけでも贅沢な気分を味わうことができた。
「なんだ、これ!」
廊下には毛足の長い絨毯が敷かれており、生まれて初めて経験したらしく、コツブが両足でピョンピョンと飛び跳ねるのだった。
「ウルルも真似してみろ」
「コツブちゃん、はしたないから」
「ハッ!」
そこで先生の視線から逃れるように、ウルルのお尻の後ろに隠れるのだった。
「隠れなくてもいいのよ?」
先生が優しく声を掛けるも、コツブは照れたまま顔を隠し続けるのであった。
研究室
部屋の真ん中に抽斗のある木目調の事務机が四台並べてあり、日焼けしない壁側に本棚があって、そこに背表紙のある本が並べてあるのだった。
この異世界に来てから厚紙で綴じた本を見るのは初めてだったので、それだけで泣きそうになってしまった。
「コツブちゃん、窓ガラスは割ると危険だから気をつけてね」
ウルルが注意してくれたが、生まれて初めて見る無色透明のガラスに興味津々といった感じであった。
窓枠に埃はなく、ガラスがキレイに磨かれていることから、とても優秀な使用人を雇っていることが窺えた。
「ちょうど四脚あるから座って話しましょうか」
先生が事務机の椅子を勧めてくれたけど、それが官馬車にも使われる革張りの座面だったので、とても座り心地が良かった。
ただのお金持ちというわけではなく、実際に長時間の座り仕事をしているから椅子の重要性を理解することができるのだろう。
「まずは何から話しましょうか」
グラシス先生の正面に僕が座って、僕の隣にウルルが座ったので、コツブは緊張しながらも先生の隣に腰掛けるのだった。
「そう、ロワンヌ語の文字を読めるだけではなく、グリン語の標準語だけではなく、地方訛りまで話せるって本当なの?」
役人のオジサンに説明したことが、昨日の今日で正しく伝わっていた。
「どうやらそのようです」
「まるで他人事みたいね」
先生が頬を緩めただけで見惚れてしまう。
「なぜ話せるのか自分でも分からないんです」
「どういうことかしらね」
と言いつつ、机の上に置いてある本を手に取って、適当に開き、僕の前に差し出すのだった。
「この文章だけど読める?」
一瞬、グチャグチャッとした文字列に見えたけど、すぐにピントが合って、日本語として理解することができた。
「『ベラドンナの主な毒の成分はトロパンアルカロイド』と書いてあります」
「これはエレアド語で書かれてあるんだけど?」
また知らない国の名前が出てきた。
「エレアドは聞いたこともなければ行ったこともありません」
「信じられない」
僕も同じ気持ちだ。
「理由は何かしらね?」
「分かりません」
そこで先生が腕を組む。
「好きな食べ物は?」
「お肉です」
「空の色は?」
「空色、じゃなくて青色」
「年齢は?」
「十五歳です」
なぜか知らないけど先生がビックリしている。
「三か国語で質問してみたけど、全部しっかりと答えられるのね」
僕には全て日本語に聞こえたからだ。
「あなたは何者なのかしら?」
「地球人です」
そこで地球から転移してから現在に至るまでの出来事をかいつまんで説明することにした。
先生の考察
話を終えると、グラシス先生は僕が転移初日に遭遇した真似鳥に興味を示すのだった。
「ユタカ君がこの世界の人じゃないとしたら言葉を話せるはずがない。それでも転移直後に会話ができたということは、真似鳥の高い言語能力を、あなたも真似することができたとしか考えられない」
確かに、それが一番納得のいく仮説だ。
「普通の人が何日も、いいえ、何年も掛かって習得する外国語を、ユタカ君は一瞬で習得してしまったのね。もちろん常人にはない強い魔力が備わっているからだと思うけど」
異世界でも日本語で生活できるのだから、すごい魔力だ。
「先生、質問してもよろしいですか?」
「どうぞ」
許可を取るのが礼儀だ。
「僕に魔力が備わっているという話ですが、なぜこの世界には魔力を持つ者と持たない者がいるのでしょうか?」
答える前に首を振ったが、その時に長い髪が揺れたためか、すごくいい匂いが香ってきた。
「せっかくの質問だから答えてあげたいけど、残念ながら答えを知る者はいない。この村だけではなく、王都にもね」
証明されていないことを断定しないのは、科学者の正しい在り方だ。
「それでも私には幾つかの仮説がある」
「是非、教えてください」
こういう話が大好きだ。
「魔力には先天性と後天性のものがあり、ユタカ君は完全に後者よね? その場合はその人の趣味や嗜好に誘発されると考えられるの」
転生と転移で変わってきそうだ。
「魔力によって人智を越えた言語能力が開花したということは、ユタカ君は本を読むのが好きだったんじゃない」
その通りなので頷くことしかできなかった。
「それと警戒心の強い真似鳥に話し掛けられたということは、他の動物を大切にしてきたと思うの」
チョビ。
「犬を飼っていました」
「それがスキルになっているのね」
地球では本を読んで犬を散歩させるだけの人生だったけど、それがこの異世界(来世?)で強力なスキルとして発動したわけだ。
「では、ウルルのような先天性の場合はどのように考えますか?」
「ウルルさん?」
そこで髪の中に隠していた耳をぴょんと立てるのだった。
「あら」
「ううっ、黙っていて、すみません」
「可愛らしいお耳ね」
その言葉が嬉しかったのか、ウルルが顔を赤くして照れるのだった。
「おらっちにも魔力があるぞ?」
さっきまでお行儀よくしていたのに、いきなりアピールし出した。
「コツブちゃんも可愛らしいお髭だこと」
「フンム」
チャームポイントを褒められたのでご機嫌だ。
「どうしてウルルやコツブに魔力が備わったのでしょうか?」
先生が首を傾げるが、その表情が艶めかしかった。
「先天性の場合、現在の研究ではランダムに特化された能力が振り分けられたとしか言えないのよね。これから研究が進めば遺伝的要素を見つけることができるかもしれないけど、今は何も証明されていないの」
それはここグリン王国の話であって、他の国はもっと研究が進んでいる可能性もある。願わくは、それが魔人を悲しみから救う研究であってほしいと思った。




