第26話 グラシス先生
初の広告仕事
翌朝、前日に約束した通り、市場通りにあるパン屋さんに行って、三人でバケットサンドを食べるだけの仕事を行った。
いや、僕は普通に食べただけだけど、コツブは普段よりもゆっくり食べるようにと演技指導が入ったので、すごく難しそうに食べていた。
しかし苦労したおかげで、この日も用意した二百食が朝の内に完売したので、コツブの初仕事は大成功で終わった。
「コツブちゃん、今日のお味はどうだったかな?」
テラス席でお茶を飲むコツブの元に、店主が手揉みしながらご機嫌伺いしに来るというのが二人の関係性だ。
「う~ん、一口目を美味しく食べたいのに肉が少なくて、大事な一口目が台無しだ。それにソースも掛かってないところがあったぞ? 昨日まではそんなこともなかったのに」
正直な感想にご主人も弱り顔だ。
「いや、昨日から新しく人を雇って、教えながらの仕込み作業だったから、すべてを均等にっていうのが難しくてね。ほら、大量の仕込みは初めてなもんだから」
コツブは納得しない。
「それはお客さんに関係ないことだ」
そう言ってお茶を飲むが、早くも師匠の雰囲気を漂わせるのだった。
「いや、まったくその通りで返す言葉もありませんや」
まるで大物子役に気を遣うプロデューサーみたいだ。(いや、そんなの実際に見たことないけど)
「盛り付けは雑だったけど、肉の量は満足した」
「へい、そこはコツブちゃんとの大事なお約束なんで」
「お手伝いさんに『ごちそうさま』って伝えておいてくれ」
「へい、それは、もう、必ず伝えときますんで」
「味は間違いないんだ」
「明日も宜しくお願いします」
「うん、こちらこそ、これからも宜しくお願いします」
そう言って、コツブは僕の背中によじ登って、ひと眠りするのだった。その寝顔は大きな仕事を成し遂げて満足している顔であった。
学校前の並木道
研究助手の仕事をもらおうと先生に会いに行くところだが、前日に嫌な思いをしたせいか、国立公園の入口に来たところで立ち止まった。
「大丈夫かい」
「ううっ、うん」
平気な顔を装うが、やはり意地悪な二人に会うのが怖いのだろう。
「回り道を探そうか?」
「だいじょうぶ、だいじょうぶ」
まるで自分に言い聞かせているみたいだ。
「どうした?」
コツブが目を覚ましたみたいだ。
「あっ、ここは昨日の公園じゃないか!」
辺りをキョロキョロする。
「昨日のヤツらが出没したのか?」
「いや、出くわしたら嫌だから回り道しようかって」
そこでコツブが地面に降り立つ。
「よしっ、おらっちに任せろっ!」
そう言うと、偵察隊のような動きをみせるのだった。
「前方、異常なし!」
辺りを警戒しては、敵兵がいないことを確認して、並木道を抜けつつ、僕たちを学校の校門まで上手に誘導してくれるのだった。
基本的にコツブは食べることと寝ること以外は忙しなく動き回っているのが好きな子なので、今回もとても楽しそうミッションを行っていた。
「作戦、成功!」
怖がりのウルルを笑顔にしてしまう、それがコツブの一番の才能かもしれないと思った。
王立学校
美しい庭園に威風堂々と鎮座する建物は、元は古くに廃れた宗教施設として利用されていたそうだ。
均整の取れたバロック建築風の建物で、その堅苦しい佇まいは、いかにも敬虔な信徒が好みそうなデザインであった。
宗教は廃れたけど、建物には歴史的な価値があるということで、学校の理事も務める領主が学校運営を行いながら保存に努めているそうだ。
それが庭園を管理する守衛さんの話だ。(学校内の警備は別にいる)その人に研究所まで案内してもらった。
研究所
先生のいる研究所は「司教館」と呼ばれている学校校舎の裏手にあるということで、庭園の道をけっこう歩かされた。
園路の先に煌びやかな洋館が建っており、そこだけ高い石壁に囲われているのだった。更に門扉は頑丈な鉄柵が使用されている。
門から伸びたアプローチは玄関の前で馬車が横付けできるようになっており、玄関ポーチの庇の上がバルコニーになっていた。
「これ、なんて書いてあるんだ?」
コツブが門扉の横の表札を指差して尋ねた。
「『魔法力学研究所』だって」
文字を読むだけでもワクワクするのに、声に出すと更に魅惑的に感じられた。
裏庭
守衛のお爺さんが来訪を告げると、中から執事のお爺さんが出てきて、紹介状を受け取ると、業務を引き継いで、今度は執事さんが僕たちを裏庭に案内するのだった。
「例のお客様をお連れしました」
執事さんがキョロキョロと辺りを見回すも、先生の姿が見当たらない様子であった。
「ここでお待ちくだされ」
そう言い残して、先生を捜しに行くのだった。
「美味しそうな庭だな」
「ううっ、ほんとですね」
裏庭は植物園になっていて、ブロックごとに異なる品種の植物が栽培されており、中にはマスカットのような実を付けたものもあった。
「あっちにでっかい花があるぞ」
「近づいちゃダメ!」
ウルルが慌ててコツブを呼び止めたのは、いつか見た人喰い花も花壇で栽培されていたからである。
「なんでだ?」
「大きな口を開けてパクッと飲み込んじゃうんだよ」
「はぁ、おっかねぇな」
そこで背後から別の声がした。
「大丈夫よ」
振り返ると、白衣姿の若い女の人が立っていた。黄色い髪を長く伸ばした綺麗なお姉さんだ。
すらっとしているけど、胸は大きくて、白衣が窮屈そうになっているので、見ているだけで息が苦しそうに感じた。
「それは確かに食虫習性を持つ高等植物なんだけど、動物と同じように食べた物を消化するにも時間が掛かるから、魔性植物であってもエサを与えてあげれば人を襲うことはないの」
なるほど。
「魔力というのはちゃんと知ろうとすれば、それほど怖がるものではないって理解できると思う。科学と同じように恐ろしい側面があるから、勉強が大事っていうわけね」
祖母が入院した時に見た病院の先生に雰囲気が似ている。
「紹介がまだだったわね、私はグラシス。『先生』とか『ドクター』って呼ばれているけど、名前で呼んでも構わないわよ。さぁ、あなたたちの名前も教えてちょうだい」
こんな若くて美人のお姉さんが「先生」だとは思わなかったので驚いた。たぶんだけど、大学生くらいだと思う。
そんなことよりも自己紹介だ。緊張したけど、それよりコツブが怖がってウルルの背後に隠れているのがおもしろかった。まるで注射を怖がる子供みたいで。
「ところで、助手を希望している方はまだかしら?」
「あの、僕ですけど」
するとグラシス先生も予想外だったのか、とても驚いた顔をして僕のことを見つめるのだった。




