第21話 魔人化の考察
郵便村の朝
「腹へった」
コツブと一緒に旅をしてから、この言葉で起こされることが多くなった。
「腹へったぞ」
そう言って、ベッドで眠っている僕の肩を揺さぶるのである。そこで窓の外に目を向けると、朝ぼらけであることが判った。
「夜が明けたばかりじゃないか」
「だから腹がへってるんだ」
そこで僕の顔に頭を押し付けてグリグリするのだった。痛くはないけど、ウザ絡みが本当にしつこいのである。
「分かったよ、着替えるから待ってて」
「着替えなら終わってるぞ」
本当だ。肌着で眠ったのに、いつの間にか学生服を着ていた。ウルルが靴下を履かせようとしているので二人で着せたのだろう。
「じゃあ、歯を磨いてくるよ」
「それも起こす前に磨いておいた」
木の枝を食べている夢を見たけど、そのせいだったわけだ。
朝市
行商人の朝は早いということで、市場通りには既に人だかりができていた。露店での一番人気の商品は、パンに好きな具材をチョイスして挟むバケットサンドである。
肉や魚と一緒に野菜を挟むのは地球と同じで、果物や野菜や調味料を煮詰めたペースト状のソースを掛けるのも一緒だった。
洋わさびのような辛味野菜や、胡椒のような刺激のある果実もあるので、食の文化は広範囲の国外地域と混ざり合っていると思われた。
「ハゥングッ」
「アンムッ」
通り沿いにテラス席のあるパン屋があったので、そこで三人でテーブルを囲んで朝食を頂いているところだ。
ウルルは肉と野菜をバランスよく組み合わせて、砕いた木の実をトッピングしたサンドをオレンジジュースと一緒に食べている。
一方で、コツブは野菜を摂らず、三種の肉盛りを「肉スペシャル」と勝手に命名して、ビーフシチューと一緒に食べるのだった。
「はぁ、しあわせ」
「このやろう」
ウルルは満面の笑みで頬張り、コツブは口と同じくらい太いバケットサンドを、まるで敵を成敗するようにがぶりつくのだった。
「逃げないから、よく噛まないとダメだよ」
「逃がしてなるものか」
紙事情
僕が食べているバケットサンドもそうだけど、郵便村ではどんな小さな露店でも紙が普通に使われている。
紙は作るのも保存するのも難しいから貴重だと思っていたけど、郵便村に限っては使い捨てできるほど普及されているのだった。
前日に調べてみたのだが、どうやら魔性植物のおかげで大量生産できているらしい。
「お代わりしましょう」
「おう!」
しかし魔物から作った紙に文字を残せるインクが見つからないということで困っているという話だ。(それと虫にも食べられるので保存が利かない)
だから書物には従来の貴重な紙が使われ、重要な文書には改竄されにくい羊皮紙が使われるようである。
紙袋に果物を詰め込んだ買い物客も見掛けるけど、魔性インクがないのでメモ帳にすることもできないわけだ。
「ユタカはお代わりしなくても平気なの?」
「うん、僕はもうお腹いっぱいだ」
コツブがもぐもぐさせながら口を挟む。
「一口しか食べてないじゃないか」
「一口じゃなくて、一人前ね」
考察
薄々は気づいていたのだが、どうやら魔人化すると食欲が増大するようである。二人を見ていると、そう結論付けるしかなかった。
ウルル一人なら痩せの大食いということで気にも掛けなかったけど、小さな身体のコツブまで大食いなら、魔人化と無関係とする方が不自然だ。
「美味しそうな果物があるよ」
「くおう!」
眠れば魔力が全回復するゲームがあるけど、あれは絶対に嘘だと思っていた。やはり食べ物として魔力を取り込まないと回復はしないはずだからだ。
音は目に見えないけど振動によって聴覚で感じ取ることができるように、魔力にも目に見えないけど大気中に放出される何かがあるはずである。
音と違うのは、魔力は体内に蓄積される可能性が高いということ。じゃないと幽閉されている王女が火を放つ説明がつかないからだ。
「ううっ、酸っぱい」
「青いけどレモンだからな」
「騙されました」
「おばけレモンは、おらっちの大好物だぞ」
魔人化した人間が魔性植物や魔物肉を摂取しなければ魔力を失って普通の人間になるかというと、それは難しいと思われる。
なぜなら、この異世界では既に至る所で魔力化した動植物が生存しているからだ。
野生の動物や昆虫もそうだが、魔物化するのは当人にも予想できないことで、僕も含めていつ魔物化するか分からないだけだ。
「なんだか眠くなりました」
「お昼寝しに帰るとするか」
「そうしましょう」
「ユタカ、おんぶさせてやる」
この世界から魔力そのものを取り除くことはできないので、だったら共存を覚悟して、魔人化した人でも苦しまずに生きられる世の中にした方がいい。
それから宿に帰ってひと眠りしたのだが、二人が幸せそうにグウタラしている姿を見て、僕はそんなことを考えていた。
グウタラ生活のお値段
宿の泊まり部屋に帰ってから、ウルルとコツブは「ちょっとだけ」と言って、服のままベッドに横になってお昼寝をするのだった。
ベッドの縁に腰掛けながら二人の寝顔を見て、こんな日々が毎日続くことを願っているが、同時に現実は厳しいことも理解していた。
「お昼寝しましょう」
「しようしよう」
それを二人は眠りながら言うものだから、これから厳しい現実を突きつけなければならないのが心苦しくなる。
その厳しい現実とは、宿に泊まりながら好きな物を食べて暮らすグウタラ生活を続けるにはお金が足りないということだ。
「スゥ」
「ハァ」
幸いにして気候に恵まれているので、やろうと思えば川べりでキャンプ生活を送ることは可能だろう。
お願いすれば、これまでお世話になった村で仕事をさせてもらいながら生活することだってできる。
しかしコツブが大好きな特製ソースの掛かったバケットサンドを食べたい時に食べることはできなくなる。
「ふふぅ」
「むふふ」
笑いながら眠れるほど幸せだけど、資金が尽きてからでは遅いので早めに相談することにした。
残念なお知らせ
「ふわぁ、よく寝た」
「元気いっぱいです」
二人とも目を覚ましたので、ベッドの横にある椅子に腰掛けて切り出すことにした。
「ウルルとコツブに大事な話があるんだ」
すると二人は顔を見合わせながらも、ベッドの上でぺたんと座って話を聞く体勢を取ってくれるのだった。
「現在の所持金が幾らか分かる?」
尋ねると、ウルルがお腹のポケットから財布を取り出して、ベッドの上に硬貨を広げた。
「これだけあります」
「いっぱいだな」
コツブには大金に見えたようだ。
「森や村で暮らす分にはお金は必要ないから充分のように思えるけど、この村で暮らすには足りないんだ。このままの生活を続ければ半月後には無一文になってしまう」
怒っているわけじゃないのに、二人とも説教を食らったように落ち込んでしまうのだった。
「ううっ、ごめんなさい」
「これは金庫番のウルルの責任ではないよ」
僕の問題でもあるのに、彼女は一人で責任を背負い込むところがある。
「無一文になったらどうなるんだ?」
「朝市で好きな物を食べることができなくなる」
「おらっちの『肉スペシャル』は?」
「もう食べられなくなるんだ」
それを聞いたコツブが哀しそうに顔を歪ませて、目が溢れる涙で覆われて、ついには大粒の涙を流して泣きじゃくるのだった。
「いやだぁ!」
僕も地球の食事が恋しい瞬間があるので気持ちは分かる。
「ううっ、どうしましょう?」
「みんなで協力してお金を稼ぐしかない」
ウルルは大農園で働いてきた人なのですぐに納得したが、コツブは未だに泣き止まず、枕に怒りをぶつけるのだった。
「お金が欲しいんじゃ!」
今まで生きてきて、これほど純真無垢な魂の叫びを、僕は聞いたことがなかった。
「コツブちゃん、お肉のために頑張りましょう」
「うん、お肉のために頑張る」
肉こそが、人間の生を繋いできた根元的かつ原始的な欲求なのかもしれない。肉食動物が肉を食べて子孫を遺していることから、それは明らかだ。もちろん草食動物との共存も可能なのは、既に地球人が証明している。




