第2話 転移者として異世界へ
怪鳥の正体
「極楽鳥だ」
地球で暮らしている人たちは、まだ本物の極楽鳥を見たことがないし、それどころか本物が存在していることすら知らない。
極楽浄土の世界で僕が出会った極楽鳥は見上げるほど大きく、クジャクではなくフクロウのような出で立ちで、大仏のような表情をしているのだった。(お目目はパッチリしてるけど)
金色の体毛に覆われており、木立から漏れた太陽の日差しを受けて、乱反射してキラキラと輝いているのである。
美しさとは、畏れでもあることを知った。
「はじめまして」
「はじめまして」
極楽鳥から発せられる日本語はとてもきれいだった。改めて僕は日本語の話者で良かったと思った。
「僕は中嶋優孝です」
「僕は中嶋優孝です」
オウムと同じだから自己紹介しても意味がないわけだ。
「ユタカ」
「ユタカ」
お母さんに呼ばれている気がして悲しくなったけど、死んだのがお母さんじゃなかったので良かったと思う自分がいる。
「他に何か喋れないの?」
「他に何か喋れないの?」
天国の言葉を聞いてみたいと思ったけど、それを引き出す質問が思いつかなかった。そこで別の遊びをすることにした。
「ユタカくん、すてき」
「ユタカくん、すてき」
両親が持っている蔵書を読むのが趣味だからワード・センスが絶望的に古いけど、そこに趣や雅を感じられる自分が大好きだ。
「ユタカくん、好きだよ」
「ユタカくん、好きだよ」
人生で一度は言われてみたかった言葉だ。誰かに見られたら恥ずかしいけど、死んだので気にならなかった。
「ユタカくんって、カッコイイね」
「ユタカくんって、そこそこカッコイイね」
え?
勝手に付け足したように聞こえたけど、気のせいではないはずだ。僕が使っていない言葉を正しい文脈で使用したということは日本語を理解しているということになる。
「ユタカくん、サイコー」
「ユタカくん、サイコー」
何が最高か分からないから主観を入れなかったのかもしれない。
「ユタカくんって、オシャレだよね」
「ユタカくんって、頑張ってはいるよね」
やめろ!
髪型とか私服とか、周囲には努力していないように見せて、実は頑張っていると思わせたいタイプだが、努力しか認められないというのはサイアクな反応だ。
そんなことよりも、極楽鳥が言語を自在に操ることが出来るというのが判った。(日本語を習得している意味は分からないけど)
そんな賢い鳥が警戒もせずに僕に話し掛けてきたということは、止むに止まれぬ事情があるのだろう。
「何か困ってることがあるのかい?」
「助けてほしい」
思った通りだ。
「僕に出来ることなら力になるよ」
「助かった」
引き受けたのはいいけど、極楽鳥の手に負えない問題があるということは、ここは天国じゃないわけで、だとしたら何処だろうかと、それが気になった。
「さぁ、背中に乗って」
そう言われても身体は熊よりも大きいのに、羽毛の中はスカスカで掴まることができないので、困り果ててしまった。(骨の化石が見つかっても人間の知能では復元できないタイプの鳥獣だ)
「では、こうしよう」
そこで翼を広げて、飛び立つ瞬間に趾で僕の肩を掴んで、そのまま一気に空高く舞い上がるのだった。
この世界も丸かった
山にあたった上昇気流を利用しながらソアリング(帆翔)して、国内線の旅客機と同じくらいの高度で羽ばたき飛行しているのだが、見た感じは地球と変わらなかった。
上空の寒さに身震いしたのを感じ取り、すぐに高度を下げてくれたので遠くまでは見渡すことができなかったけど、地平線や水平線の丸みから、その先に未知の世界が存在しているところまで解った。
僕がいた森の周辺に限れば、緑地帯が広がっており、大規模農園はなく、高層ビルも建っていないことが確認できた。
集落や町はありそうだけど、五万人以上の市が存在しているかは、飛行高度が低すぎて確かめることが出来なかった。
「城が、燃えてる」
遠くに湖があり、その湖上の浮き島に監獄みたいな城が建っており、監視塔の最上階から火が上がっているのである。(煙がないので何が燃えているのかは判別不可能)
「火事だよ」
「あれは、いつものこと」
「いつも燃えてるの?」
「灼熱の王女がね」
意味が解らなかった。
「助けに行こう」
「誰も王女を救うことはできない」
そこで寄り道するように湖に向かって、上空を旋回するのだった。
「幽閉されたのは王女が十歳の時だから、もう五年も経つ」
僕と同い年だ。(地球と同じ太陽暦だったらの話だけど)
「どうしてそんなことに?」
「ときどき魔人化する人間が生まれるんだ」
つまりこの世界は天国じゃなく、魔力が存在する異世界ということだ。(それを魔法と呼べるかどうかはまだ分からないけど)
「ほら、治まった」
「僕に出来ることはないんだね」
その言葉には答えてくれず、目的地へと向かうのだった。
極楽鳥の里
樹海の奥地に泉があって、そこが極楽鳥の住処になっていた。数百羽の黄金色の鳥がいて、大仏のような穏やかな表情で僕を迎えてくれるのだった。
群れてはいるが、個体差が大きいので同種による闘争や衝突が少ないと思われた。順位制が確立しているから気性の激しさが見られないのかもしれない。
「この子を助けてほしい」
泉のほとりで弱っている雛鳥がいたので、すぐに状況を理解することができた。足に釣り糸が巻き付いているのも一目で分かった。
「この巻き付いた糸を取ってあげればいいんだね」
「お願いする」
触れると、僕が知っているフロロカーボンの釣り糸と同じくらい丈夫なので驚いてしまった。
「この糸の素材は何だろう?」
極楽鳥の群れが心配そうに見守っているけど、一斉に喋り出すこともなく、僕を連れて来てくれた頭役が答えるのだった。
「人間は『魔虫の糸』と呼んでいる」
「……魔虫」
これほど人間にとって都合のいい便利な糸が容易に手に入れられるとなると、科学の発展は見込めないと思った。
城があるということは戦争があった証拠だけど、魔力が存在する世界でこの先どのように科学が進歩するのかは、今の僕には想像すらできなかった。
「ほら、これでもう大丈夫だ」
「ありがとう」
小さな雛鳥も喋ることが出来るみたいだ。それから周りの極楽鳥が歌い出して、僕の身体を持ち上げて、みんなで胴上げしてくれるのだった。
それから日が傾いてきたということで、この日は巣穴で休ませてもらって、ハーフコートを森に忘れてきたので、次の日に元の場所まで送ってもらった。
はじまりの森
名前が分からなかったので、そう呼ぶしかなかった。最初は天国だと思っていたけれど、地球と少しだけ違う世界だということは理解した。
しかしそれを知ったところで、どのように受け入れていいのか分からず、倒木に腰掛けたまま途方に暮れるしかなかった。
「おい、こっちだ」
日本語?
「待て、急ぐな」
日本人?
「ここから先はゆっくりだ」
相手が警戒している場合、誤って攻撃を受ける可能性があるので、音を立てないように巨木の裏に回って身を隠すことにした。
「あちこちに踏み荒らした跡があるな」
「大人と変わらん重さがありそうだ」
離れたところから地面に伏せた状態で観察しているが、どう見ても日本人には見えなかった。
かといって人種を特定するのも難しそうな顔立ちだ。オリエント(東洋)とオクシデント(西洋)、その両方が混ざり合った顔をしているからだ。
それでも着ている服装は西洋の古い物語に出てくる木こりそのものだった。丈夫そうなレザーパンツに丈の短いチュニックをラフに着ているといった感じである。
「おかしくないか」
「おかしいって?」
「見て分からないか?」
「俺にはさっぱりだ」
兄貴分の方が考え込んでいる。
「さっきから気になってたんだが、魔物の糞が見当たらない」
?
「あっ、そういえば」
「だろう?」
「どういうことが考えられるんだ?」
「デカい魔物が棲みついた可能性がある」
「そりゃ大変じゃないか」
「ああ」
「村長に報せた方がよくないか?」
「城主さまにも報告しなくちゃなたないかもな」
「場合によっては避難させる必要もあるぞ」
そう言って二人の木こりは急いで引き返したが、僕がチョコだと思っていた物はどうやら魔物のウンチだったことが判った。