第19話 追っ手
レクリエーション
それから数日後、給食を食べたいというコツブの願いを少しでも叶えてあげようということで、茸村の助役さんが頑張って広場に村人を集めてくれた。
広範囲に田畑を持つ農村なので一か所に集めるのは祭事の時だけらしいが、火事を消した話は瞬時に広まったということで、普段は遠出をしないお年寄りまでコツブに会いにくるのだった。
「だるま」
なるべく給食に近いメニューにしようということで、チーズと菜っ葉を挟んだパン、殺菌した牛乳、素揚げしたチキン、そしてデザートとしてイチジクを一枚の皿の上で食べられるようにと考えた。
五百人以上いる村なので準備が大変だったけど、珍走団が迷惑を掛けたということで、隣村の地主さんが積極的に食材や食器、さらに人材まで提供してくれたのだった。
「さんが」
大人たちが給食の準備をしている間、僕たち三人は村の子供たちと一緒に遊んでいた。
だるまさんがころんだがコツブのお気に入りで、この村でも彼女は大活躍であった。
「ころんだ」
村人全員で遊んだり食べたりする広場の光景が学校の運動会のように見えたことで、学校を作るという構想に光を感じた。
といっても場所もお金もなく、どれくらいの時間が掛かるかも分からないけど。それでも絵はハッキリと思い浮かぶのである。
憲兵隊
食事を終えて、祭祀施設の前に人を集めて、高齢の村長さんの代わりに助役さんが登壇して挨拶をしたのだが、その途中で邪魔が入った。
「とうとう見つけたぞ」
力強く、それでいて透き通るような声だった。
「そこにいるのはコツブだな」
広場に現れたのは十二人編成の憲兵隊だった。といってもリーダーはカシラギ分隊長ではないので別動隊だ。
しかし一人だけマントを着たリーダーだけが若く、他はベテラン兵士という組み合わせは一緒だった。
カシラギ隊との大きな違いはリーダーが男ではなく、腰までの長いブルネットの髪を持つ若い女であることだ。
「これは、ラパネリさまではありませんか」
どうやら助役とは顔見知りの仲のようである。壇上からでは失礼だと思ったのか、すぐに下りてきて目線を揃えるのだった。
「そこにいるのはコツブで間違いないな?」
そう言って、僕の隣を指差すのだった。
コツブは僕の足に隠れるようにしがみついているけど、震えているので怖がっているのが伝わった。
コツブだけではなく、他の村人も息を殺すように静まり返っているので、ラパネリ分隊長が逆らえない存在であることが解った。
「手配中であることは知っておろう」
「いや、あっ、はぁ」
「こちらに引き渡してもらおう」
「しかし、それは……」
助役さんが頑張って抵抗を見せるも、強く出ることはなかった。
「匿う気か?」
「いえ、決してそのようなことは」
娘ほど年の離れた分隊長に頭が上がらない様子である。ということは、彼女も王家筋の人間なのかもしれない。
「コツブは誰にも渡さない」
ここは王国と関係のない僕が守るしかなかった。
「見ない顔だな」
そう言って目の前に来るが、恐ろしいほど綺麗な顔をしていた。
「貴様が名も知らぬ異国から来たというガキか」
「園中の中嶋優孝です」
名乗っても自己紹介はしてくれなかった。
「逃亡を手助けしているわけだな」
「逃げているわけではありません」
「匿っているではないか」
「隠してもいません」
「どこへ連れ去る気だ?」
「コツブは旅の仲間です」
解釈が悉く悪意に満ちている。
「そこを退け」
「断る」
正直、怖くて仕方がなかった。
「貴様も逃亡ほう助でしょっ引くぞ?」
「捕まえられるものなら捕まえてみろ」
それでも仲間は守らなければならない。するとウルルも僕の言葉に触発されたのか、コツブの前に立って身を挺してくれるのだった。
「邪魔をする者は容赦なく逮捕する」
「コツブちゃんをいじめるな!」
そこで声を上げたのは村の子供だった。
「コツブちゃんは悪くない!」
そう言って、子供たちが憲兵隊の前に立ちはだかってくれるのだった。
「子供らに注意する者はおらぬのか?」
村の大人たちは黙っているのが精一杯の様子だった。
「ならば全員同罪だ。この者らを逮捕せよ!」
そこでラパネリ分隊長は腕を振り上げて部下に命じたのだが、その手を掴んだのはカシラギさんだった。
「止さないか」
お姉さんの方はキツく睨んでいるが、お兄さんの方は涼しい表情で受け流している感じだ。
「無礼者めが、その手を放せ」
「これは失礼」
軍服に同じ階級章を付けている二人である。他の者が勝手に口を開ける状況ではなかった。
「逮捕するのが命令だ」
「現場の判断でどうとでもなる」
「そんな裁量は断じて認めない」
「君に認めてもらう必要はないさ」
そこでラパネリさんの表情が更に険しくなった。
「気安く『君』などと呼んでくれるな」
「これは失敬した」
よく分からない関係だ。
「コツブは村を水浸しにして豊穣祈願の祭事を台無しにしたんだ」
「違うもん!」
いつの間にか僕の背中によじ登っていたコツブが反論してガンを飛ばすのだった。
「井戸が枯れたって言うから雨を降らしてやっただけだもん!」
きっと雨量の調整が上手くいかなかっただけなのだろう。それで責められるというのは酷な話だ。
「もう、いいだろう」
カシラギ分隊長が説得する。
「コツブが山火事を防いだ話は既に三つ先の村まで伝わっている。一番街道の端まで伝わるのも時間の問題だぞ?」
ラパネリ分隊長は物分かりのいい人ではなかった。
「それとこれとは話は別だ」
「もう潮目が変わったんだよ」
「勝手に変えるな」
「この問題は俺が預かる」
「手柄を盗む気か?」
「ネネのチョンボを帳消しにしてやったんじゃないか」
それを聞いたお姉さんは顔を真っ赤にするのだった。
「よくも名前を呼び捨てにしてくれたな?」
「これは、すまない」
「絶対に許さないからな!」
そう言い残して、馬に飛び乗り、部下を引き連れて去って行くのだった。
お見送り
その後、カシラギ分隊長がコツブも含めて村人全員を不問にすると言ってくれたので、みんな安心して家に帰るのだった。
僕たちはまだ村に留まるけど、カシラギ分隊は報告を急ぐということで、一番街道の入口まで見送ることにした。
「勝手に不問にして大丈夫だったんですか?」
分隊長が馬上から答える。
「なに、被害を訴えた村もコツブを裁きたくて陳情したわけじゃないんだ。例年通りに年貢を納めるのが難しくなるから、被災状況を俺たちに確認させるために被害届を出したんだろう」
理解ある人と出会えて良かった。これにはウルルも安心しているが、コツブは疲れたのか、僕の背中を寝床にして休んでいるのだった。
「もう一人の隊長さんを怒らせてしまいました」
「彼女のことなら子供の頃からずっと怒りっぱなしさ」
そう言って肩をすくめると、周りのベテラン兵から笑みが漏れるのだった。
「彼女は俺が軍に志願したら真似して志願して、指揮官のテストを受けたら同じテストを受けるんだよ、ラパネリ家ならテストなんて必要ないのに」
それこそミラーリングだと思ったけど、貴族社会はよく分からないので余計なことを言うのは止めておいた。
「そろそろ馬を出さなければいけない時間なので、この辺で失礼するとしよう」
彼も動物の都合を一番に考えられる人のようだ。
「森林火災の件、ご苦労であった」
そう言って、マントを翻して駆けて行くのだった。
「また会おう!」
「はい、必ず!」
カシラギ分隊長にはしっかりと恩返しがしたいと思った。




