第18話 コツブの才能
山火事
山裾にある魔性キノコの食用実験場で火災が発生したようである。それでキノコ学者の後を追って、ウルルやコツブと一緒に現場に向かっているわけだ。
比較的じめじめした土地柄で、季節も初夏の頃合いだし、あまり風も吹いていないということで、山の方に燃え広がる可能性は低いけど、それでも実験場の建物が木造ということで安心できない様子であった。
「ああ、燃えてるな」
「実験棟の方ですね」
先生と職員らしき村人が田舎道を走りながら会話をしている。
「どうして火の手が上がるんだ!」
「自然発火は考えられません」
山と畑しかない農村なので視界は良好だけど、火元は森の中なので火災状況は掴めなかった。
「だとしたら過失か?」
「例のコソ泥かもしれませんよ」
「可能性はあるな」
「とにかく急ぎましょう」
そう言って森の中へ走って行ったが、ウルルとコツブが遅れているので、足を止めて振り返った。
「どうした?」
「コツブちゃんが火事を消してあげるって」
その手があった、けど──
「そんなことができるの?」
「キノコ汁のお礼だ」
そう言うと、コツブが手を掲げただけで空に雲が集まって、みるみるうちに黒くなって、目視できるほどの雨を森に降らせるのだった。
「完全に消火したようだ」
そして嘘みたいに夕焼け空を取り戻すのだった。
「すごいじゃないか!」
思わず抱きしめちゃったけど、頭を撫でずにはいられなかった。
「これぐらいはなんてことないんだ」
照れている様子だけど、夕陽に照らされているので頬を染めていたかは分からなかった。
「コツブちゃん、天才だよ!」
ウルルも感激していた。
「フフン」
とニンマリして、なぜか僕の胸に顔を埋めるのだった。
ふたたびの珍走団
森の中から馬が駆けてくる足音がしたと思ったら、お昼に僕たちを轢こうとした三人組の珍走団が現れた。
「どけどけ!」
「邪魔だ!」
「轢き殺すぞ!」
急いでウルルとコツブを路傍へ避難させたが、今度ばかりはコツブも黙っていなかった。
「ゲンコツでも食らえ」
と言って雨雲を呼び寄せて、お昼に口にした通り、本当に雹を降らせてしまうのだった。
「あぶねっ!」
「ダメだ!」
「うわあああっ」
先に馬が驚いたので、ゲンコツを食らう前に三人とも落馬してしまった。腰を強く打ちつけたので誰も起き上がることができない様子であった。
「おーい」
と反対の森の中から呼び掛けたのは実験場の職員と思われる村人だ。
「派手な三人組を見掛けな──」
そこで道の真ん中で倒れている珍走団を発見する。
「えぇっ? どうなってるんだ?」
後から続々と職員らが集まってきたが、すでに雹を降らせた雨雲は消えていたので、何が起こったのか理解できない顔をしていた。
寄合所
学者村には話し合いを行う寄合所があって、そこでキノコ汁をご馳走してくれた先生を中心に協議が行われた。
日没後ということで蝋燭に火が灯されていたが、照明用と時計用の二つを併用しているのが学者村らしく感じた。
テーブルと丸椅子しかない木造の平屋には、僕たち三人の他に十人くらいの村人がいたけど、積極的に口を開くのは先生と助役と呼ばれる二人だけであった。
「それで三人組は?」
「蔵に閉じ込めています」
先生と助役の会話だが、助役が敬語を用いているので都から来た先生が敬われている感じであった。
「火の元はその三人で間違いないんだね?」
若い助役が説明する。
「三人とも隣村の大地主さんの息子らで、憲兵隊に突き出すと言ったら、泣きながら謝ってきました。『父ちゃんに怒られるから勘弁してくれ』って」
現代の日本では重過失出火罪でもそれほど重くはないが、こちらの世界だと被災状況によっては極刑も有り得るそうなので重大事件という扱いだ。
「こちらとしては粛々と報告するのみだ」
「ですね」
先生の判断に一同が納得した表情を見せるのだった。
「しかし逃げられていたら過失を繰り返していた可能性もある」
「時期によっては大火事になっていましたね」
そこで先生が僕たち三人に笑顔を向けるのだった。(残念ながらコツブはウルルにしがみついたまま眠っているけど)
「君たちがいなかったら今頃どうなっていたことやら」
「研究が水の泡でしたね」
「いやぁ、本当にありがとう」
「お三人さまは村を救ってくださいました」
救ったのはコツブ一人だ。
「しかし雹を降らせてしまうとは」
感嘆する先生に反応したのは部下の職員だ。
「その子はきっと雨巫女さまですよ」
「雨巫女ねぇ」
都会生まれの学者には受け入れにくいのだろう。
「間違いありません」
「うん、実際に雹が降っていたからね」
どんなに受け入れがたくても、事実を目にしたら素直に認められるのが科学者だ。
「ここは何かお礼をせねばなるまいな」
「我々に出来ることがあれば何でもお申し付けください」
助役さんが申し訳ないほど低姿勢で要望を聞いてくるが、コツブの手柄なので僕が代わりに返事をするわけにもいかなかった。
「コツブはキノコ汁のお礼だと言ってましたよ?」
そこで全員から溜息が漏れる。
「やっぱり神さまの使いはいるんだ」
地元生まれの職員さんらが両手を組んで祈りを捧げた。
「何か旅の力になれると良いのだが」
どうしても先生はコツブにお礼がしたいようなので、そこは素直に好意を受け取ることにした。
「では、この子が目を覚ましたら尋ねてみましょう」
「おぅ、そうしよう」
そこで先に休ませてもらうために辞去した。
翌日
前日に雹を降らせて疲れたのか、コツブは日が高くなるまで目を覚まさなかった。
起きた時には朝食の時間は過ぎていたけど、先生の奥さんがコツブのためにキノコ汁をわざわざ温め直してくれたのだった。
それからしばらくして、仕事を終えた先生が部下と助役を連れて家に帰ってきた。(その日は火災の事後処理で仕事にならなかったって言ってたけど)
テーブルを挟んで大人三人と向かい合う形で座っているが、この日の主役はコツブなので彼女が真ん中の席だ。対して、この日は助役さんが真ん中に座っていた。
「雨巫女さま」
「あめみこ?」
助役に声を掛けられたコツブはキョトンとしていた。だから僕が意味を教えてあげることにした。
「雨を降らせる特別な人のことだよ」
「……おらっちが別格」
なぜか違う言葉に置き換えて、髭をピンと張り、勝手に身震いするのだった。
「昨日は村を救って頂き、ありがとうございました」
「いや、おらっちは当たり前のことをしただけだ」
「おおぅ、なんて謙虚なお方なんだろう」
「どうもどうもどうも」
そう言いながら、なぜかコツブは照れ臭そうにお辞儀をするのだった。おそらく僕が無意識に頭を下げる癖を見て真似をしたのだろう。
※心理学でいうところのミラーリングだ。代表的な例だと、好きな有名人の髪型を真似るなどがある。
それに対して向かい側に座っている大人三人も同じように頭を下げるものだから、思わず笑いそうになってしまった。
僕が頭を下げても先生たちは真似をしなかったけど、コツブの真似はするということで、そこにもミラーリングの心理が現れているわけだ。
「村で何かお礼がしたいのですか、ご希望はございますか?」
「希望?」
首を捻って僕の方を見上げるものだから説明することにした。
「村の人は僕やウルルではなく、コツブにお礼がしたいんだよ」
「……んんん」
遠慮している感じではなく、本当に何て答えていいのか困っている様子だった。
「分かんないから、ウルルに決めてもらう」
「ううっ……」
彼女は人前で話すのが苦手なタイプだけど、頭の中にはしっかりとした答えがあるので、優しく誘導してあげるだけでいい。
「なんでもいいよ♪」
「……みんなで給食が食べたい」
「ああっ! おらっちも給食がいい」
なんでもいいと言った手前、ここは僕が二人に説明しなければならない。
「給食は中園中学校にしかないから、流石に用意はできないよ」
ガッカリした素振りを見せないので、そのことは二人も承知している様子だった。
「おらっちも園中に入りたかったな」
「ううっ、ですね」
なければ作ればいい。
「運動会で一等になる自信があるんだ」
「わたしは一緒にお勉強がしてみたいです」
その時、心の中で始業のチャイムが鳴り響いたのだった。




