第17話 中園中学校
豆畑村
のどかな田園風景が続いており、旅は快適そのものだった。それも道が整地されているおかげだ。
日中の移動も商用路ということで、体感で二、三時間くらいしか掛からずに次の宿場街に到着できたので苦にならなかった。
それでもコツブは「歩くの飽きた」と言ってから、「おんぶさせてやる」と言って勝手に休んじゃうけど。
魔物世界
これまでの道中で一度も魔物に出くわしたことがないので、ウルルが魔除けになっているのは本当なのかもしれない。(食虫植物に食べられたけど)
それが科学的に実証することができれば金持ちの旅商に売り込むことができるけど、今の段階で証明するのは困難だ。
契約となると、もしも魔物に襲われたら違約金も発生するだろうし、せっかくの能力を上手に運用できないのが、もどかしかった。
大農家
旅を続けて少しずつ解ってきたが、一番街道とは王政運営にとって最も重要な食糧自給を支えている産業ラインだというのが理解できた。
機械化されていないのに個人農家が大規模農園を実現できるのも、繁忙期に国が期間従業員を斡旋してくれるからで、システマティックな経営が確立されているからだ。
雇用主と従業員、どちらにも不平不満があって、実際に事件や事故も少なくないそうだが、魔物世界では寒村で暮らすのが難しいということで、農工業ギルドが誕生する業務形態が生まれたようである。
従業員宿舎
親切な農家の口利きで従業員宿舎を使わせてもらえることになり、繁忙期には十人以上での大部屋となる部屋に、三人で何日か泊まらせてもらうことができた。
見ず知らずの旅行者なので警戒されるのが当然なのだが、憲兵隊のカシラギ分隊長と知り合えたのが、その後の旅を保証してくれているのだった。
※彼は農家のオバチャンたちから「マントの王子さま」と呼ばれているくらい人気だった。(王子と呼ばれていることから王族と縁戚関係にあるのだろう)
考えてみれば、分隊長と知り合えたのは、各地の村でコツブが問題を起こしたからで、それがなければ出会うことがなかったので、つくづく人間の縁とは不思議なものだと思った。
ご恩返し
タダで泊めてもらえるということで、何かお返ししようと家の手伝いを申し出たけど、「憲兵隊のお知り合いをこき使ってはいけない」ということで断られたので、農家の子供たちと一緒に遊ぶことにした。
何をしようか悩んだあげく、かくれんぼは危険で、カードゲームのような道具もないので、だるまさんが転んだで遊ぶことにした。
家屋の裏にある馬車蔵の横に柵で囲われた馬用の運動場があったので、そこでルールを教えて、手の空いた家族みんなで遊ぶことになった。
「だるま」
最初は僕が鬼だ。
「さんが」
どこの世界にも落ち着きがない人やせっかちな人がいて、そういう人が何度も失敗を繰り返すけど、同時にみんなを笑顔にしているということが遊びを通じて分かった。
「転んだ」
ウルルは本当に慎重な性格をしていることや、コツブはじっとしていられない性格だということを、ゲームを通して理解することができた。(でも誰よりも助ける回数が多かったので、最終的には一番の人気者になっていた)
習性
大部屋と呼ばれる宿舎の小屋には大きな寝台が二つ置かれてあるのだが、僕とウルルが同じ寝台で横になると、なぜかコツブは間に割り込んで、わざわざ狭くて窮屈な場所で眠るのである。
彼女は気性が激しいし、言動も過激で、実際に悪く言うと雨を降らせて罰を与えるけど、命までは取ったりしない。
それは彼女に食事や衣服を恵んだ村人たちがいたからだ。その親切心を誰よりも理解しているのである。
寂しがり屋のコツブが村を転々としてきたのは、親切を受けた人に迷惑が掛かるから、それで自ら村を出たに違いない。
そんな心の優しい彼女に対して僕ができることは、一緒にいることが迷惑だと感じさせないことだ。
僕の腕に顔を埋めながら眠るコツブを見て、そんなことを考えながら眠りに就いた。
珍走団
心地のいい風が吹き抜ける緩やかな丘陵地の一本道を、コツブを真ん中にしてウルルと三人で手を繋いで、中園中学校の校歌を高らかに歌っている時だった。
パラリラパラリラ
後ろを振り返ると、ラッパのような管楽器で間抜けな音を出しながら馬を走らせる三人組の若い男たちが見えた。
軍服のような揃いの衣装を着て、赤青黄と綺麗に染め上げたマントを翻して、こちらに向かってくるのである。
「おい! ガキども! 邪魔だ!」
僕の田舎では見掛けないが、異世界にも珍走団のような迷惑行為をする人たちがいるようだ。
「よけろコノヤロー!」
「どけどけ!」
「ひき殺すぞ!」
危ないので三人で路傍に移動したけど、わざとぶつかりそうなギリギリの場所を通過したので、結局三人とも尻もちをついてしまった。
「ギャッハッハッ」
「ヒャッホー」
「参ったか!」
そう言い残して、笑いながら走り去って行くのだった。
「なんだアイツら!」
コツブが悔しそうに、いつまでも三人組を睨みつけるのだった。
「今度会ったらゲンコツをお見舞いしてやるんだ!」
転んでお尻が汚れたので、ウルルがポンポンと払ってあげるのだった。
「コツブちゃん、怪我はない?」
「うん、大丈夫だ」
そう言うと、手を繋ぐように求めてきたので、それに応じて旅を続けることにした。
私道なら自由に走ってもいいけど、みんなの税金で作られた道なので、珍走団の行為はやっぱり許せなかった。
茸村
小高い山の麓に森林一帯を管理する村があって、山菜が豊富であることから茸村と呼ばれていた。
そこも王都の食糧庫の一つでもあるので、村には菌類の研究をする学者さんも住んでいると聞いた。
山には毒キノコとは別に魔力を持つキノコが自生しているそうで、主に巨大化することから、人工栽培できないか調べているらしい。
キノコ学者
広い農村の一区画に学者村があって、村長さんに誰か紹介してほしいとお願いしたところ、都から親子三人で移住してきた先生のところに案内してくれた。
離れにある客用のコテージも貸してくれるとのことで、荷物を置いて、母屋で奥さんが作ったキノコ汁を頂いた。六人が丸椅子に座って大きな鍋を囲む和気藹々とした食事風景である。
「いいな、おらっちも給食が食べたいな」
「ううっ、羨ましいです」
キノコの先生に研究についての話を伺いたかったのに、質問攻めにされて、中園中学校での学校生活について延々と答えさせられてしまった。
「……園中か」
学校で理科を教えてそうな先生が思慮深く唸った。
「数百人、いや、地域全体では数千と言ったな? それだけの人数に日替わりメニューの昼食を決められた時間に出せる幼年学校があるとは、恐ろしいほどの大国であるな」
それを小人数で調理していると言ったら腰を抜かすかもしれない。
「食材不足も起こらなければ、食中毒も出さないとは、にわかには信じられないのだが、ユタカ君の話が事実であるならば、保存方法が特別なのか、はたまた園中の生徒らの胃袋が特別なのか……」
僕たちにとっての当たり前が、こちらでは理解を越えた奇跡に思えるわけだ。
「園中だけは敵に回したくないものだ」
すごいのは僕ではなくて、給食を作ってくれる人たちだ。小・中と二度の卒業を経験したけど、一度もお礼の気持ちを伝えることができなかったことは今でも悔やんでいる。
「先生!」
外から声が響いてきた。
「こんな時間になんだろな」
夕暮れ時だが、こちらの世界では文字通り終日だ。
「先生よ!」
先生の顔つきが変わったので、只事ではないことを察したのかもしれない。
「ああ、先生」
息を切らした村人が乱暴に玄関の戸を開けた。
「実験場の方で煙が上がってる」
それを聞いた先生が慌てて飛び出して行くのだった。




