第16話 旅の仲間 コツブ
青髪のオカッパ
粉挽村へ戻るために引き返した林道で、方々の村でイタズラを繰り返して憲兵隊に追われることになった女の子と遭遇した。
「ひょっとして、君がコツブか?」
「そうだ、河童なんかじゃないんだ」
確かに河童というよりも、黒い目がクリクリしているのでカワウソにそっくりだった。(ただし河童の正体は絶滅種の二ホンカワウソとの説もあるので、あながち間違いとはいえないが)
「僕たちはコツブをバカにしたわけじゃない」
「バカにしたじゃないか」
警戒しているのか、木の陰に隠れたまま悪態をつくのだった。
「おらっちのことを河童呼ばわりしたってことは、わっぱ扱いしたってことだからな、だから罰を当てたんだ」
え? バチ?
「ということは、さっきの大雨を降らせたのはコツブ、君なのか?」
「雷を落とさなかっただけ有り難いと思うんだな!」
またしても天才を発見した。この異世界には人間離れした超人がゴロゴロしているようである。
「スゴイよ!」
「おっ?」
そこで威嚇するのを止めて、少しだけ近づいてくるのだった。(それでもまだ別の木の陰に隠れているけど)
「いま、なんて言った?」
「天才だ」
驚いた顔をして近づいてくる。
「わかるのか?」
「わかるとも!」
褒められて気を良くしたのか、そこで茂みの中から整地された馬車道に姿を現した。
遠近感を狂わせるほどの存在感を放っていたので身長が分からなかったけど、近くで見ると幼稚園の年少組にいるような女の子である。
水色の肩ひもワンピースを着ており、丈の短いスカートの裾には「コツブ」という刺繍が小さく入っていた。
「どこの誰だ?」
「園中のユタカ」
幼稚園児みたいだけど威圧感がある。
「おらっちのことを瞬時に理解するとは恐ろしい奴だな」
「祈雨する側でなく、降らせる側ということは、それは神さまということだから」
すると突然、なぜか顔をくしゃっとさせて、ポロポロと泣き始めるのだった。
「コツブちゃん、大丈夫?」
ウルルが優しく慰めると、威圧した態度を見せることなく、素直に頭を撫でられるのだった。
「生まれて初めて理解されたから」
「それは今まで寂しかったね」
コツブが両手でお目目を拭いながらコクリと頷く。
「雨が降らないと恨まれて、雨が多くても恨まれるんだ。それを全部おらっちの責任にするからな」
一人で背負うには責任が重たすぎる能力だ。
「でも、園中にはユタカのように理解してくれる人がいるって分かった」
人懐っこい笑顔も持っているようである。
「河童呼ばわりは誤解だって分かったし、もう二人の旅の邪魔はしないから好きにしていいぞ」
そして理解し合える存在だということも判った。
「じゃあな」
「ちょっと待って!」
森の中へ帰ろうとしたので急いで呼び止めた。
「なんだ?」
「森は危険だ」
「山は安全だぞ」
「罠が仕掛けられてるんだ」
「罠だと?」
「コツブを捕まえるための罠だ」
怒りの感情と連動するように、空が真っ黒い雲で覆われるのだった。
「もう怒ったぞ。アイツらにゲンコツのような雹を振らせて罰を当ててやるんだ。全員ぶっ殺してやるからな!」
ハッタリではないので、ここは宥める必要がある。工業地帯に壊滅的な被害が起こると多くの人が苦しむことになるからだ。
「腹が立つ気持ちは分かるけど、ちょっとだけ落ち着こう。そんなことをしたら、コツブが邪神のように忌み嫌われてしまう。それは君の正しい評価ではない」
難しそうな顔をして思い悩んでいる様子だが、空は晴れているので心の中は決まったように思える。
「ここら辺の森以外で、どこかでゆっくり休める村はないの?」
「ない」
即答だった。
「村人というのは、みんな最初は優しくしてくれるんだ。でも雨が降り続けると『邪魔だから』って追い出される」
神さますら恨んで邪険にしてしまうのが人間だ。
「今まで本当に大変な思いをして生きてきたんだね」
ウルルの真似をして、しゃがんで頭を撫でてあげると、実感を込めて深く頷くのだった。
「コツブが安全に暮らせる場所を一緒に見つけてあげようか?」
「いいのか?」
「うん」
「園中か?」
「それは帰れるかどうか分からない場所にあるんだ」
「ユタカも苦労してるんだな」
共感できる優しい心の持ち主だ。
「よし、行くぞぉ!」
そこで立ち上がると、足にしがみついて、器用に登り始めるのだった。
「眠くなったから、おんぶさせてやる」
そう言って、僕の背中を寝床にするのだった。
「後のことは頼んだぞ」
すぐに熟睡してしまったが、僕はとんでもない能力を持つ神さまを拾ってしまったのではないかと思った。
しかしあのまま森の中に帰していたら、取り返しのつかない最悪の事態を招いていたかもしれなかった。
なぜならコツブには、この世界を終わらせるだけの能力が秘められているかもしれないからである。
雑学
雨が降る原理を理解するには、まずは上空(対流圏)が寒いことを知らなければならない。(学校で習うまで太陽の熱に暴力的な暑さを感じていたので、それが理解できなかった)
雲粒自体は浮いていられるほど軽いけど、くっつきやすい条件が揃うと重たくなって空から降ってくる。
興味深いのは雹のような現象だ。六月に東京の西部で降ったニュースを見たことがあるので予想は困難だ。(被害が大きいので面白がってはいけないけど)
コツブの場合
瞬時に雲を呼び寄せてしまうということは、ここが地球の物理法則と同じならば、気流をコントロールできる証でもある。
湿った空気を上空に押し上げる力が働かなければ、雲を発生させるこなど不可能だからだ。
「グゥー」
だから一見すると「水使い」のように思えるけど、科学的に考えると「気功術師」ということになる。(それが科学的かどうかは研究が必要だけど)
気を操ることができるということは、風を生み出すこともできるので、「風使い」という呼称の方が適切なのかもしれない。
「ピィー」
背中に世界の命運を握っている女神さまを背負いながら、そんなことを考えつつ、粉挽村の宿屋街に向かった。
貸し小屋
お金持ちの旅商が利用する蔵付きの小屋が空いていたので、大枚をはたいて借りることにした。
指名手配されている可能性があるので、念のためにコツブにはウルルの赤頭巾を被せて宿泊手続きを行った。(一度も目を覚まさないので、本人の了承は得ていない)
夕食用と朝食用に木の実を練り込んだパンと干し肉とセロリを融通してもらったのでお腹の心配はいらない。
これだけ贅沢な暮らしができるのも、ウルルが財布を見つけて持ち主に届けたからで、お礼として銀貨を頂かなければ旅に余裕は生まれなかった。
「起きないね」
寝台で眠るコツブの顔を、ウルルが心配そうにのぞき込んでいる。
「きっと疲れていたんだと思うよ」
「うん」
「このまま寝かせてあげよう」
「無理に起こさない方がいいかもね」
ということで、この日は三人で川の字になって眠ることにした。家族用の大きなベッドなので窮屈には感じなかった。
次の日の朝
目を覚ますと、部屋中に荷物が散乱してあり、買い込んでいた食糧も食べ散らかされていた。
「コツブちゃんだ」
ウルルの指摘だが、眠っているコツブの髭にパン屑がくっ付いていたので、すぐに犯人が判った。
「きっと夜中に目を覚まして食べたんだよ」
それをウルルは非難するわけではなく、自然な欲求として優しく受け止めてあげるのだった。
僕としても、コツブを怒らせると世界が祟られるかもしれないので、目を覚ましても注意するつもりはなかった。
それよりもこの先のことだけど、三人で生きて行くには、とにかくしっかりとお金を稼ぐ必要があると思った。




