第14話 魔人化の定義
輪作村
地球だけではなく、ここ異世界でも麦の連作障害は起こるようで、小麦と大豆を輪作したり、休耕して栄養を入れ直したりしているそうだ。
僕は農業に関して無知だけど、それでも慢性的な肥料不足や、雑草対策や、カビや病害虫などの病気対策や、水の調整など、多くの問題があることは知っている。
ウルルと二人で一番街道を歩いていた時、穀物畑で病気が発生していないか見回りをしていた農夫のおじさんがいたので軽く話をした。
「ここの休耕地ですが、畑一面、見渡す限り、雑草一本生えていないのですが、どうやって枯らせているのですか?」
虫に刺されないようにしているのか、厚手で丈夫な作業着を着こんだ農夫が気さくに答えてくれる。
「この畑の土には魔物の糞尿を発酵させた堆肥を混ぜている。他にも魔物の骨粉や魔性植物の灰だな、そういった肥料を撒いてやると作物が驚くほど早く収穫できるんだ」
既に魔力は農業に大きな革命をもたらしていたようだ。
「ただし撒きすぎても良くない。周りの水が毒になるからな。他にも収穫を急ぐと、やっぱり毒素を含む作物になるといわれている。といっても、ここらの食い物は都の役人も口にするから心配は無用だがな」
組合で知識を共有していないと大変なことになるわけだ。
「それでも王女さまが発病しちまったから、原因を俺たちになすりつけるんじゃないかって当初はビクビクしたもんだ。しかし王国も国民を食わせていかなければならないから、厳しくはなったが、取り扱いを止めるような命令はなかった」
久し振りに王女の話題を耳にしたが、病気の定義も含めて考え直さなければならないような気がする。
「だもんだから、病気には強くなったが、収穫を増やせないってんで、全体の収穫量ってのはそれほどでもないんだ。それでも凶作がないから爺様や婆様には『楽でいいな』って言われるけどよ」
転移先が間氷期のような厳しい世界だったら地獄だったと思う。温暖的な気候に感謝しなければならない。
粉挽村
その後も田畑が広がる農村地帯が続いたけど、途中で水車を何基も管理している粉挽村に到着したので、そこの宿に泊まることにした。
そこは水車を動かす技術者が定住しており、物流の拠点でもあるので旅商の組合が門を構えていたり、それに伴って歓楽街が栄えていたりと、ほぼ「町」と呼んでも良かった。
しかし三千人くらいが密集して暮らしているそうだが、村に滞在している多くの者が他村から来ているということもあり、人口要件を満たしていないということで、やはり村でしかないそうだ。
定義
この日も一番街道上に多く見られる酒場と宿が一体化した酒場宿に泊まることにしたのだが、二階の客室で一息つくことができたのに、ウルルは元気がなかった。
二人部屋だけど寝台は一つなので、僕としても縁に腰掛けている彼女の隣に座ることしかできなかった。
木造家屋が建ち並ぶ宿屋街ということもあり、風が吹く日は火気厳禁なのだが、この日は無風なのでランプの使用だけは許可が出ていた。
「疲れちゃった?」
「ううっ……」
唸るばかりで、こちらの方を見ようともしないのである。
「どこか痛いところはない?」
「ううっ……」
否定しないところが気になった。
「足の裏とか、膝とか、痛くない?」
「心が痛い」
心なしか、いつもピンピンしている犬耳も元気がなかった。
「何か気に障るようなことを口にしてしまったかな?」
「ユタカは悪くない」
気になる言い方だ。
「誰かに何か言われたの?」
ウルルは僕よりも聴覚が鋭い。
「ねぇ、ウルルは病気なの?」
そこで泣きそうな顔で見つめてくるのだった。
「どうしてそんな風に思ったの?」
「だって農家のおじさんが『王女さまが発症した』って言うから」
それで自分の身に起こった魔人化も病気の一種と考えたわけだ。
「ウルルの身体に魔力が宿ったのは事実だけど、それを『病気が発症した』と表現するのが正しいかどうかは分からない。僕としては『魔人化した』以外に表現する段階ではないと思っている」
難しい話だけれど、ウルルには学びたいという気持ちがあるので、しっかりと伝えようと思っている。
「では『魔人化とは何か?』っていう話になるんだけど、今の僕の知識量では定義するのも難しいんだ。ただし仮説はある。それは人間の新しい進化の形なのではないかと考えている」
僕の場合、地球で得た知識がアドバンテージになっている。
「来たるべき未来、ウルルのような人間離れした能力を持つ人が当たり前のように存在する時代が来るかもしれないんだ。現在はその数が少ないから病気と誤解しているだけでね」
それと大事なことを話しておく必要がある。
「それとは別に病気のことなんだけど、僕は病気になることを悪いことだとは思っていないんだ。『病魔に侵される』という言葉があるけど、初めから人間に組み込まれたプログラムの一部なのに、それを外敵のように考えるのは無理があるからさ」
運よく成人を迎えても、そこから百年以内に死ぬのが人間だ。
「農家のおじさんには悪気があるようには感じなかったから何も言わなかったけど、もしもウルルに対して悪意をぶつけるようならば、僕だって黙ってはいなかった。ウルルは何も悪くないんだから」
そう言うと、僕の首元に鼻先を押し付けるように顔を埋めるのだった。こういった親愛の情を現してくれるのが嬉しかった。
「ちゃんと『心が痛い』ことを伝えてくれて、ありがとうね」
「ユタカも話を聞いてくれて、ありがとう」
正しいことをしてくれた時は、それが間違っていないという認識を強く持ってもらうために、分かりやすく褒めることにしている。
「人生は長く、世の中にはたくさんの人がいるから、これからも心を痛める言葉を耳にすることがあるかもしれない。でも、そんな時ほど僕のことを求めてほしいと思うんだ」
誰にもウルルを傷つけさせない。
「誰も気づかないようなウルルのいいところを、僕はたくさん見つけることができるから、そのままのウルルで生きればいい」
正しい心を持つ人が正しいまま生きられる世の中にする、たとえ僕だけでも、そう願って生きなければならないのである。




