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第11話 羽根休め

 旅のつづき


 ウルルが悩みを吐き出してスッキリしたのか、手を繋いでスキップしながら旅を再開させるのだった。といっても疲れたのか、すぐに飛び跳ねるのを止めちゃったけど。


 そういう僕も歩き通しだったので、疲労のせいで途中から喋ることも億劫になって、景色を見る余裕もなく、白い土色をした道ばっかり見て歩いていた。


 疲れて思考力が著しく低下している感覚があったけど、そんな時こそ健康管理が大事だと思ったので、川べりの原っぱで食事を摂ることにした。


「ハゥムゥ」


 ウルルが大きな口を開けて頬張ったのは、硬いパンの上に酸っぱい野イチゴを潰して、その上から表面が見えなくなるくらい砂糖をたっぷりと振りかけた即席の菓子パンだ。


「モグゥモグゥ」


 野イチゴは酸っぱすぎてそのままでは食べられたものじゃないけど、惜しみなく砂糖を振ることで、近所のパン屋で売っているスコーンよりも満足のいく仕上がりになった。



 河川からの考察


 一番街道を横切るように流れる河川の川幅が漏れなく狭いのは偶然ではないと思い至った。


 川幅というのは一般的に山の上が狭くて、海に近くなるほど広くなる。湿地帯が海水や淡水によって冠水しやすい低地にあるのと同じだ。


「スー、ピー」


 塩の道は輸送中に水害に見舞われないように比較的標高の高い位置にある村々を繋いでベルト経済として発展させていると思われる。


 海岸部での水害や塩害、高地での開墾、輸送事故など、システム化された事業の裏には過去に苦労した先人たちがいたことを忘れてはいけない。


「スゥー、ピィー」


 文明が進むことによって失われる輸送路や、消えてなくなる村もあるだろう。しかし先人によって命が繋がれた歴史を学ばずに感謝もしないというのは、無知では済まされない話だ。


 僕が飛ばされてきた異世界には、地球の現代人が失ってしまった、生の歴史空間が存在しているので、これからも謙虚に学んで行きたいと思った。



 酒畑村


 お昼寝して元気になったせいか、ウルルが先を急ぐものだから、歩調を合わせるのが大変だった。それでも元気なのは始めだけで、すぐにトボトボとした足取りになるのだった。


「広い畑だな」

「大変そう」


 緩やかな丘陵地の裾野に広がる景色、その全てが穀物畑になっており、畑仕事の過酷さを知るウルルには、その仕事の大変さが我が事のように感じられるのだろう。


「何の畑かな?」

「お酒の産地だって聞いてるから大麦だと思う」


 大麦は低温と乾燥に強いといわれている。また、麦粥として食すこともできるけど、この地方では穀物酒の原料にすることが多いのだそうだ。


 麦酒、つまりはビールだけど、現代の地球人が認識しているキンキンに冷えた炭酸飲料とは全く違っていた。


 食物繊維が豊富でタンパク質も摂取できるので、食卓に欠かせない栄養食という認識なのである。


 製法に関しても土地によって違いがあり、苦い薬草を加えるので、門外不出の医薬品として扱われているのだった。



 第一村人


「お家があるよ」

「本当だ」

「わたしたちに手を振ってる」

「ご挨拶しに行こう」


 伺ったのは大きな木造家屋の他に二軒の離れと蔵や納屋、鳥の飼育小屋や馬車蔵のある、お金持ちの農家だ。


「見てくれ、立派な黒馬だろう? 王室へ献上される官馬車用に調教された馬を特別に譲ってもらったんだ」


 僕たちに手を振っていたのは農家の跡取り息子で、自己紹介をする前に馬車蔵に連れて行かれて、所有する馬の自慢話を聞かされるに至ったわけである。


「正直、乗馬の腕なら王都の騎馬隊にだって負けないよ?」


 服装も軍服のようなボタンジャケットに、股ずれしにくい生地の厚いズボンと軍靴を履いているので、とてもじゃないけど農家の息子には見えなかった。


 自己紹介の時に見回り組のリーダーを名乗っていたので、村の警察官みたいなものなのかもしれない。


「こっちの馬だけど、小柄だけど馬力は一番かもしれないね」


 田舎で高級車を乗り回しているボンボンみたいだ。実家が大地主なので仕事は期間工やアルバイトを雇って回しているのだろう。


「馬だけではなく馬具の手入れも素晴らしいですね」

「分かるのか?」

「詳しくはありませんが」


 蹄鉄や鞍など僕が知る物と変わらなかった。


「蔵の方も見てみるかい?」

「いいんですか?」

「今日は特別だ」


 案内された蔵には聖母像が安置されているのだった。室内は暗く、明り取りの窓から差し込む光しかないが、それがちょうど後光が差しているように見えて、神秘的に感じられた。


「この村は古代宗教が色濃く残っている地域でね、ウチだけじゃなく他の家にも同じ像があるんだ。ハッキリ言って大昔に廃れた宗教だから大事にすることもないんだけど、ずっと大切にしてきたものだから捨てずにいるんだ」


 地球上のどの地域でもそうであったように、この異世界でも魔物が出現するまでは現人神が信仰の対象だったのだろう。


 しかし魔物が世界の頂点になったことで、信仰の対象が自然生物へと変わったのかもしれない。


「人間を信仰の対象にしているなんて言ったら他の村人連中に笑われちゃうけど、この聖母像の側にいると、俺は妙に落ち着くんだな」


 異世界で旅を続ければ、地球を旅するだけでは解明できない謎を解くことができるかもしれないと思った。


「こっちの長持ながもちの中を見てくれ」


 つづらを開けると様々な種類の酒器が保管されてあった。虹彩を放つ釉薬ゆうやくが塗られた陶器や絵画のような図柄が描かれた皿。また、こちらに来て初めてガラスのコップとも出会った。


「保存状態が極めて良好ですね」

「ハハッ、珍しい褒め方をするもんだ」


 ご機嫌だ。


「手に入れるだけではなく、ここまで運んで、しっかりと保管できるだけでも、これらを所有するに相応しいように思います」


 本心だが、すごく満足気だ。


「それもほんの一部なんだぜ」


 このお家は正しいお金持ちの在り方をしっかりと受け継いでいるようだ。金持ちには価値のある文化財を残す責務があるからだ。だから僕はお金持ちを悪く思ったことがない。


 文献や古美術品など、ご先祖さまが大事に残してくれた物を赤の他人に奪われないためにも経済力を持つことが重要なのである。


 ただし、この異世界では僕が現地人から重要な文化財を奪わないように気をつけなければならないのだけれど。


「都でもガラスで酒を飲む奴は滅多にいないそうだが、酒はグラスで呑んだ方が美味いんだから、ガラスが主流になるに決まってるんだよなあ」


 どこにでも先見性のある人はいるようだ。


「気に入ったから家族を紹介させてくれ」


 ということで農家の大家族と一緒に食事を頂くことになった。おまけに泊まり宿がないということで、隊商が利用する貸しコテージまで馬車で送ってもらった。


 馬車に乗りながら思ったのは治安についてだ。初対面の旅人に宝物庫を見せることができるのだから村は平和だ。


 しかし同時に、田舎では窃盗団が活動できないくらい危険であることも示している。


 魔物に襲われた時が死ぬときだと聞いているので、気を抜かずに旅を続けようと思った。

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