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「お嬢様、お時間でございます。」
「ええ、分かったわ」
学園の服を身に包んでいる私はこれから、婚約者様の命令で処刑になるだろう。
処刑になるほどのことをした覚えもないのだけど。
ティファニー・ルーセ。それが今世でもらった私の名前であり、乙女ゲーム『聖女は時をかける〜あなたは誰と恋に落ちる?』略して『セイトキ』の悪役令嬢。
腰まで伸ばしている金髪と、誰もが見惚れるほどの美しいライトブルーの瞳。全てが完璧に整ったような、そんな身体顔つきに、皆は“絶世の悪女”と言う。
確かに、色んな意味で絶世の悪女かもしれない…。
(やりたいことはやったわ。結末はどうなるのかしら)
目の前にある大きな扉を隣にいる執事が開けてくれる。一斉に向けられる多くの視線。そこには、私の婚約者様もいて、ついにこの日が来たのだと実感する。鮮やかに煌びやかに彩られた舞踏会に、私は一歩足を踏み出した。
前世の記憶を思い出したのは、今から10年も前のこと。ティファニー・ルーセが6歳のときだ。前世の記憶を思い出したきっかけは花だ。
「お嬢様!そんなに走られては転んでしまいます!」
「大丈夫よ、メル!あれ?この花見たことない花だわ!」
ティファニーは花を愛でるのが好きだった。たくさんのお花、姿形様々、色も鮮やか。なんて綺麗なのだろう。お日様の下、こうやって花を走り回って愛でることができるのはこの場所が自分の花園だからである。
ティファニーの父であり、侯爵家の現当主アルフォンス・ルーセ。娘に甘々…というわけではなく、ティファニーがしつこく花園が欲しいと言うので、ティファニーの誕生日のときにプレゼントしてくれた。
花園一周するには10分はかかる。6歳の子が持つ花園にしてはそこそこ広い大きさである。
色んな場所から取り寄せて植えたらしい花々を見るだけで心が躍る。ティファニーは毎日のように花園に来ては、花を眺めていた。
そして今日、初めて見たその花は花茎の先に強く反り返った鮮やかな赤の花だけが咲いていて、思わず目を奪われた。
見たことないはずなのに、見たことあるような…そんな不思議な感覚が気になって、その花に手を伸ばす。
「お嬢様!いけません!!」
背後の方でメルの慌てた声がする。だが、そんなの気にせずティファニーは好奇心を押さえきれず、そっと赤く咲き誇る花に触った。
花びらに触った途端、ドクンッドクンッと鼓動が早くなった。全身の血が沸騰したかのように熱く感じて、脈の速さに呼吸ができなくなり、ふぅーふぅーと息を漏らしながらその場に崩れ落ちる。
地面に衝突しそうになったとき、メルがティファニーを強く抱きしめ衝突を回避してくれた。メルがティファニーに対して何か言っている気もするが、上手く呼吸ができなくてなにを言ってるのかすら、分からないまま、意識を手放した。
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眠っている間に夢を見た。それは断片的な記憶で、触れた赤い花…彼岸花のおかげか、“前世”と思われる記憶が呼び覚まされる。
前世の頃、友達からは『ゆりな』と呼ばれていた。亡くなった歳は25歳。死因も思い出せない。ただ、歌ったり楽器を弾くことが好きだったこと、二次元が大好きだったこと。ミスをして先輩に叱られて辛くて泣いていたこと。そんな記憶は思い出せる。
だけど、名前や死因といった重要な部分が抜け落ちている。最悪だ…。
不快な思いのせいか、それとも前世の記憶が戻ったからか、重いまぶたを開け私は目を覚ました。ベッド横には若いメイド……いや、メルがいる。思うように身体を動かせず、首だけを動かしてメルを見つめた。
「お嬢様…?よかった!目を覚まされたのですね!」
「メル…?」
喉が乾いてるからか、上手く声が出せない。そのことに気づいたのかメルが「水を取りに行って参りますね」と席を外した。メルが部屋から出る姿を見届けた後、私は身体に力を入れ起き上がろうとした。が、身体がこの上なく重いせいで起き上がろうにも起き上がれなかった。前世の記憶が思い出されたせいか、今の自分が誰なのかもわからなくなってしまった。