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ミカディアの奇蹟  作者: micco
第1章
15/102

グイド、説明する

 その日、ルーク=トマス騎士団長は、離宮からの2度目になるジュモイ(緊急通信)を受け取った。


 緊急通信は、30音程度の音声を鉱石の力で飛ばすものだ。

 鉱石には『双子石(ジュモイ)』と呼ばれるものがある。その名の通り、同じ時に生まれた石のことである。ジェモイは、片方を叩いて音を出すと、もう片方は共鳴して同じ音を出す。それはどんなに離れていても可能となるので、主に通信用に加工して用いられていた。

 離宮からの通信は国家機密に触れる恐れがあるため、常に騎士団長室に備え付けられていた。

 キーン・キーンと石を2度叩く音が聞こえ、その後音声が入る。ルークは素早く副団長を呼ぶよう控えの騎士に命じ、それ以外は人払いをかけた。


「離宮全壊 全員無事 至急 増員要請」


「離宮全壊!?どうなってるんだよ、姉さん……」


 ルークは頭を抱えた。ジュモイはもう一度同じ言葉を伝えて沈黙した。そこで副団長のジャン=ニックが入室。ルークは重たい頭を上げ、手でねぎらいの仕草をした。


「団長、ジュモイは何と?」

「……離宮全壊。全員無事、至急増員要請」

「は……? 全壊とは一体」

「知らん。だが、師団長補佐を送り届けてすぐのことだ、おそらくメルの魔力が関わっているはずだ」

「団長、では増員は慎重にならざるを得ません。メル嬢の容態も分からない以上判断しかねます」

「その通りだ」


 ルークは至って真面目に話をしようとしたが、ジャンの同情のにじむ顔を見ると顔を片手で覆った。


「はぁ……ジャン、僕が行って来るから後を頼む。いつ戻るかはジュモイで知らせるから、ここに詰めていてくれ」

「団長、ご愁傷様です……」

「姉さんが無理矢理僕の連名つけて例の請願書を出すもんだから、父さんからの風当たりが激しいのに……。離宮の追加予算、騎士団から出すって言われたりして」

「それは困ります。ただでさえミカディアの難民問題で、残業が増えて不満が上がっています」

「分かってる……。とりあえず僕が確認してくるから、ジャンは明日財省のシモンに離宮に来るよう要請を頼む」

「了解いたしました」


 ルークは「面倒なことになりそうだなぁ、せめてメルが無事ならいいけど」と呟くと、ジャンに「馬の用意を」と告げた。



 離宮は、都のある国の海近くの南から、反対の海に面した森の手前、真っすぐ北に位置している。徒歩で3日、早馬を乗り潰すと鐘7つ程かかる。のんびり走れば1日の距離だが、今はそうは言ってられない。全壊、というからには宿泊は期待できないので、近くの細工街に宿をとろう。ミカディアの鉱石採掘がままならない状態が続いているので、恐らく宿はガラガラだろう。

 ルークは一路離宮へと馬を走らせた。北の詰所を抜けると、東側には農地、西側は荒れ地が広がっている。しかし、今ミカディアの水源が枯渇の危機に瀕し、橋梁(きょうりょう)が閉じられているため、トマスの農地にも水が行き渡らない状況だ。例年ならば、緑の月である今時期は、真っすぐに伸びる麦や野菜が青々と輝くのだが……。


「何でもかんでもミカディア。トマスは振り回されすぎだ……」


『ゼブスの乱心』よって国力を削いだミカディアは、トマスから多額の借入れを行った代わりに、リヴァスに面する人工河川(ノディ川)の反対側の地域を担保として譲渡(じょうと)されている。これによってノディ川はトマスの手中に治められた。そして、返還を約束された土地とはいえ、川と海に面した立地の良さは、国内に河川を持たないトマス国民には当時大きな希望となった。

 しかし、結果として『恵み』がなくなり、ノディ川も流れを止めた。後に残ったのは、ミカディアから湧き出る問題の山と、水不足であった。


 ミカディアの『恵み』を享受していたのは、トマスだったってことか……


 緑のまばらな農地を夜目で眺めながら思う。「何とか活路はないものか」ルークは駆けながらひとり呟いた。


 ***


「離宮全壊、は言い過ぎだったかしら。牢と転移部屋は残った訳だから」

「姉さん……、全壊よりもっと酷いよ……」


 翌朝、合流したエイダとルークは呆然として、朝の清々しい空気の中、牢の建物の前に立っていた。

 もはやお互い、言葉を取り繕うことも忘れている。


 エイダの言うように、牢の建物と、離れた場所に移動、改装した転移部屋のみ、ぽつりと残されていた。建物の周りに生息していた丈の短い芝は、驚くほど伸びルークの膝まで届いている。

 そして、北側の森の手前に転がっていた岩場は砕け、中から水が湧き出ており、奥の少し窪地になった森の中に一晩で湖を形成していた。湧水は循環して水量を保っている様子で、水質は澄んで飲水できるようだった。

 そして、その地面にはおびただしい程の果実や木の実が絨毯のように落ちている。これは、ある範囲の樹木に限っており、それを越えた場所からは一切何の変化もないようだった。


「昨日のことは夢じゃなかったのね」とエイダが独りごちるものだから、ルークは頭を抱えた。


「一体何があったのか、最初から説明を求めます」

「……そうね、私たちも考える時間が必要ですね。ロズ、グイドの様子はどうですか」


 ルークの畏まった様子にエイダも持ち直し、控えていたロズに声をかけた。


「先程意識を取り戻したようです。今は朝食を召し上がっています」

「そう、では話をしましょう。騎士団長、見張りの控室しかないので少々窮屈ですが、よろしいかしら」

「致し方ありますまい。この景色を見ながらでは、話もできません」


 エイダは同意するように眉を上げ、ついてくるよう促した。



 牢の南側の出入り口は見張りが宿泊する部屋にあり、そこから西側の戸をくぐると牢の見張り部屋となる。

 エイダ、ルーク、グイド、ロズ、アーサー。普段2人で使う部屋に大人が5人も入ると、本当に窮屈だった。特に騎士である3名は体格も大きいので圧迫感は尚更だ。


 グイドはメルの魔力放出後意識を失っており、見張り用のベッドに寝かされていたが、どうやら熟睡しているだけと侍医から診断を受けて床に転がされた。もちろん唯一のベッドはエイダが使った。

 侍医は高齢で疲労が心配だったために、何かあればまたお呼びする、と丁重に細工街の宿に送り届けた。その際、ロズは宿から食料を調達し、皆で分け合って食べた。


 メルは未だ眠った状態だが、容態は素人目に見ても安定している。アーサーとロズも雑魚寝であるが、昨晩は交替で仮眠をとった。


 3つある椅子にはエイダとルークとグイドが座り、話が始まった。ルークとグイドは顔見知りのようで、簡単な挨拶を交わした。

 グイドは席につくと体をだるそうにして、窓際の壁に寄りかかりながら座っている。エイダは「お行儀!」と言いたくなったが、我慢した。

 まずルークが口火を切った。


「さて、ではまずメルの昨日の容態から詳しく聞きたい」

「じゃあ、俺が話しますよ。今は落ち着いてますけど、結構ヤバい状態だったんで、よく聞いてほしいっす」


 グイドは「えーとどっから話そうかなあ」と気まずそうに話を始めた。


「えー、まず、お嬢ちゃんの体内魔力は、その辺の魔術師の20倍ぐらいあるっす。これは、まったく訓練をしないで一生を終える人の大体60倍くらいっす」

「はっ?」


 その部屋の誰もが目を見張ったが、グイドは無視して続けた。


「それで、すんごい言いづらいんですが、たぶんその原因は、師団長の術のせいかなぁ……、なんて」

「なんですって!?」

「いや、いや、俺はその経緯知らないんで、怒られたくないー! あの、その定期的にかけてた術って記憶とか感情とかを抑える系の術でしたよね? それって、長期間、しかも4年近くかけ続けるなんて、魔術師の方が干からびちゃう案件なんす」

「……つまり?」

「お嬢ちゃんの4歳時点の魔力100%で術を構成したと思うんすよ。生きていけるように最低限の自発行動ができることも重ね付け……いや、それも一緒に組み込んだのかな……こわ! 師団長怖すぎる! ……えーと、つまり4歳時点の100%魔力を毎日使い続けた結果、4年の間に生きるために爆発的に魔力が増えたんすね。

 結局、魔力って体内の水分に宿ってて表裏一体で、魔力が50%以下になると、人って干からびて死ぬんです。って考えると、いつだか知りませんけどお嬢ちゃんの魔力が150%超えて……意識を取り戻したんじゃないっすか? ひいぃぃ、150%とか人間じゃなくなってる、もう」


 グイドの説明は、エイダにとっては滑稽無糖だった。もちろん魔力の存在や魔術師と関わったこともあったが、そのような仕組みで人間が動いていることは知らなかった。ルークは、さすが騎士団長なだけあったのか「そうかだから干からびるのか」などと納得している。


「グイド補佐、質問がある。メルの魔力が150%では、成人の60倍には程遠いのでは」


「おっ、いい質問です! わー、ここからもっとヤバくなりますけど、俺のことは責めないで下さいね……それで、たぶん、その頃に師団長がまた術かけたんじゃないっすか? そん時のお嬢さんの様子って、エイダ様どうでした?」

「えっ、えぇ。メルは『診察』が終わった後は、また人形のようになって……丁度15日間そのままだったわ」

「あー、やっぱりー。てことは、師団長はさらに強く術をかけたんす。すぐには破られないぐらい、自分の魔力も使って……でも半月で破るとか……急成長過ぎるわ! て、ことで、恐らく概算250%ぐらいまで魔力増やして術を破ったんじゃないですかね」


「言ってて本当にこわっ!」と自分の両腕をさするグイドを、エイダはもうぼんやり眺めるしかなかった。よく理解できないこともあるが、嫌な予感がしたからだ。


「そして、とうとう術を破ったお嬢ちゃんは、一旦はほぼ全部魔力使って干からびかけて、元気になると今度は体に収まりきらない魔力に破裂しそうになった、って訳です。まあ、師団長がいれば、術かけた本人なんで何とかしてくれたかもしれないですけどー」


 エイダはひゅっと息を飲んだ。冷たい汗が背中を伝う。


 『診察』をやめることは、メルを危険にさらすことだったということ?……わたくしがそうさせたということなの?


 請願書を提出した時の、陛下の言葉が甦る。『……それがメリルのためになるのか?』

 エイダは両手で顔を覆って「あぁ」とうめいた。ルークがそっと背をなで「姉さん」と声をかけた。


 グイドは気まずそうに「えーっと」とエイダを見やって「話を続けてもいいすっか?」と言った。

 ルークが静かに頷く。


「それで、俺が来て、お嬢ちゃんの魔力を一時的に放出したんす。

 普通の人間も毎日ちょっとずつ放出してるんすよ。魔術師や身体強化に命かけてるリヴァスの連中は意識的に使えますけど。あ、あとミカディアの『お祈り』もそれですねー」


 ルークはミカディアと聞いて眉が動いたが、疑問を声に出さなかった。今聞くことではないし、メルのことは基本機密だ。エイダも今の言葉にそっと顔を上げたが、話を黙って聞くつもりのようだ。


「それでお嬢ちゃんは、増えまくった魔力を意識的に出せないんで、ここまで溜め込んじゃった訳だから、俺を媒体にして放出することにしたんす。いや、俺も持ってかれるかと思ったわー。すんごい量だったから、20%くらい一緒に放出しちゃったんすよ……」


 そこまで話すとグイドは一旦口を閉じた。そしてまた


「で、結果として、お嬢ちゃんの200%と俺の20%ですんごい量の『恵み』がすんごい狭い範囲に降り注いだんで、あーなったと……あー、俺3年分くらいしゃべったかも」


「なんか顎が痛い」と顎をさするグイドを横目に、ルークは驚きを禁じ得なかった。


『恵み』とは魔力のことなのか? ミカディアの『恵み』と同じものなのか? それをトマスの農地にも降らせることができれば……トマスは


 ルークの脳裏には、昨晩見た痩せた大地が映っていた。


 エイダがグイドに話しかけた。


「グイド、先程メルの魔力を一時的に、と言っていましたけれど……それはどういうことですの?」

「はい、それ来ると思ってました! えーと、体が回復すると、魔力も上限値まで回復するんす。だから、お嬢ちゃんは今絶賛回復中って訳で……」

「……また、放出が必要になるのね?」

「そういうことっす。でもまぁ、今回みたいな規模になる前に、毎日ちょこちょこ出しておけば元気に暮らせると思うっすけど。まぁ、量が量なんで、放出のやり方を覚えてもらわないと、世界規模で被害が……」

「そういうことなのね……では、グイド師団長補佐にお願いがあります」

「ぎくっ!」


 グイドはあからさまに肩をすくめて、エイダの視線から逃げようとした。そして「いやー、師団長の残した書類とか色々忙しいんですよねー」とか何とか言っているが、エイダは気にしなかった。


「デュー師団長の出奔の噂は聞きました。補佐官としては残務と後始末に奔走しているところでしょうが、メルの命には代えられません。グイド魔術師団長補佐官、このままここに残ってメルの『治療』に尽力いただけますか?」


 エイダの瞳には有無を言わさぬ力が宿っており、グイドは「うへぇ」とうめいた。


お読みいただきありがとうございます。


グイドがしゃべりだすと話が長くなって進みません…

もっと早くメルが起きるはずでしたが……さて、次回は離宮の大改装?の予定です。

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