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ミカディアの奇蹟  作者: micco
第1章
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幕間 エイダ、動く

幕間、字数多めです。

「エイダ様、おかえりなさいませ。馬で来られたのですか。もっと早く先触れを出してくだされば……」

「ごめんなさい、ルド。騎士団長に急ぎの用があって来たのよ。午後から非番と聞いたから」

「左様でございましたか。坊ちゃんは先程まで私室にてお休みになっておられましたが……では応接室に軽い食事など準備致します」

「えぇ、お願い。わたくし、明日も早くから離宮ですから寝室の用意は要らないわ」

「承知致しました」


 エイダは離宮付きの侍女だ。少々きつめにウェーブした黒髪をひっつめ、明るい茶色の瞳を真直ぐに、自宅の邸の廊下を足早に駆けた。久しぶりに早馬を乗り潰して来たので、正直かなりくたびれていた。


 離宮とは、このトマス独立国においては高貴な罪人の住まい。建物としての歴史は古く、この国の独立前、辺境国であった頃まで遡る。とは言え、ここ十数年はほとんど使われておらず、メルのために機能している状態である。

 優雅さが欠けない程度の速足で応接室に向かう。離宮から着替えもせずに訪れたため、ここでは質素すぎるドレスであることに気づき舌打ちをしかけた。しかし悠長に着替えている時間はない。夜を明かすことになってもあの子について話を通さなければ。


 本来なら騎士団長にお目通り願うならば、面会希望を出して何日も待たなければならない。職務についての話ならば尚更正式な手順を踏むべきであろう。しかし、実家で弟に会う分には面会希望など要るはずもない。エイダはこの件に関しては公私混同を決め込んでいるのだ。


 応接室はすでに整えられており、目当ての人物も柔らかい私室で着るような衣装でソファに腰かけていた。そしてエイダが先触れも侍女もつけずに部屋に入ってくるのを見て、慌てて立ち上がった。


「ルーク、急に呼び出してごめんなさい」

「いえ、姉上。急ぎの用と聞きましたので取り繕いもせず参りました。お許しください」

「いいのです。わたくしも離宮からすぐ参りましたのでこのような恰好で許して頂戴」

「姉上、何か問題でもありましたか」

「そう……まずは座りましょう。あぁのどが渇いたわね、お茶を。人払いを」


 エイダはルークの傍に控えていた侍従に声をかけると、長ソファに少々乱暴に腰かけた。ルークは見て見ぬふりを装いつつ、これは長くなりそうだ、とお茶のお代わりを頼んだ。



 人払いが済むと、優雅にお茶を飲んでいたエイダは、ソファの上に足を投げ出して「あぁ疲れた」とため息をついた。年の離れた弟は咎めることもせず、小さく笑うと同じように姿勢を崩して座り直したが、ふいに表情を硬くして姉に問いかけた。言葉は姉弟のそれに戻った。


「あの子にまた何かあったの?」

「……そう、今はまた術で眠ってしまったわ」

「ひとりで起き上がって怪我をしたって。今日は魔術師団長の『診察』だったよね?」

「えぇ……」


 エイダは迷うように話を切り出した。


「わたくし、あの子の瞳が紫だと、思い出してしまったのよ。いいえ、それを忘れてしまっていたのです」

「……と、言うと?」

「そう。あの子……メルが意識を取り戻したのです。4年ぶりよ、メルと話をしたのは……。わたくし、メルに術をかけるのをもうやめさせたいのです」


 エイダは自分の手元に視線を落として言った。


「術っていうと、師団長による記憶操作のこと?」

「えぇ。いえ、故国での記憶は封じたままでもいいのよ。……あの子、術で声も出ず、瞳の色も変えられて、心すら操られて……術をかけられてからの記憶はすべてなくなっているようなの」

「……」

「師団長によれば、ここ最近の変化は、術が解けかけて本来の姿が出てきた状態だったそうよ。わたくし、こうなるまで満足に会話したことがないってことに気づいていなかったのです。哀れで可愛いお人形を世話して、仕方ない、これがメルにとって一番いい、と。……でもあの子は、人だわ。情けないけれど、あの子がまた術にかかって、人形になった姿を見てやっと分かったのです。」

「……師団長はなんと?」

「あの魔術師! メルを人とも思っていないわ。記憶操作に加えて情緒制限をもう何年も前から行っていたのよ」

「でもそれは、メルが錯乱状態になることを抑えるためでは? それに恐らく、師団長絡みは、国王陛下のご命令の可能性も……」

「えぇ、そうかもしれないわ。国同士のことですもの。……陛下はあの子に対してはどこまでも冷酷になれるでしょう。でも、あの子はそんなこと全く知らないのよ。今朝ね、ちょっと髪を結っただけで嬉しそうに顔を赤くして……。あぁ、メルはまだ8つになったばかりの子どもよ! 4つからの記憶が無いまま過ごさせるなんて、わたくしはもう耐えられません! あの子をあのまま離宮に閉じ込めておいては可哀想すぎる……」

「姉上のお気持ちは分かります。俺だって、小さい頃は可愛がってたから。離宮に入れることが決まったときは辛かった。でも、彼女は未だ立場が危ういことは知っているでしょう?」


 エイダはぐ、と唇を噛み、ソファから足を降ろして姿勢を正した。


「えぇ、分かっています。陛下に逆らって、離宮から無理やり出したいと言っているのではないの。まずは離宮の中でいいのです。あの子がしたいことや好きなことをさせてあげたいのです」


 エイダはそっと息を吐くと、明るい茶の瞳に力を込めてルークを見据えた。


「ルーク、いえ、トマス騎士団長。わたくしはトマス国の王女として、公私混同と(さげす)まれようと、メルを人に戻します。どうか助力を。王女であっても、官吏としてはただの離宮付き侍女。わたくしは明日にでも請願書を正式に国王陛下に提出するつもりですわ。騎士団長直轄である離宮で保護管理を行っている、故国ミカディアの元捕虜であり元王女、メリル・ミカディアの管理・待遇方針の見直しを!」



 エイダとルークは夜更けまで話し合い、1枚の請願書を書き上げる。エイダは侍従頭のルドに泣き落され、結局自分の寝室で休んだ。そして朝一番で彼女の父、トマス独立国国王その人に請願書を提出した。その内容は大まかに言えば次の通りである。


 一、メリル・ミカディアの亡命手続きの受理

 一、メリル・ミカディアの離宮内における保護管理体制の見直し

 一、メリル・ミカディアの離宮内における衣食住の待遇向上


 ***


 国王──エイダとルークの父はまず、請願書に騎士団長である息子のサインが連なっていることについてわざとらしく嘆息した。そして、彼女の公私混同を手短に(いさ)めた。

 請願書にさっと目を通すとやつれた顔の愛娘に「エイダ」とため息交じりに話しかけた。


「ミカディアの現状を分かっていないのか」

「いいえ、存じているつもりです。新政府が立ち行かなく、日々我が国の国境に難民が列を作っている。人口の急激な減少に産業の荒廃(こうはい)、それによって我が国にも大きな打撃を与えています」

「それで、この状況でミカディアの元王女を亡命扱いにする我が国の利益は? かの国から先のクーデターで逃れてきている亡命者もこの国にもいる。その者たちに、あの小さいメリルが生きていることを知らせればどうなる」

「……」

「小さな元王女を祭上げる新たなクーデターの火種とするか。それともそれを正しく理解した者たちから日々追い立てられて闇に怯える生活を送らせるか。国にとってもメリルにとってもいい話ではない」

「存じておりますわ。国王陛下、わたくしは明日亡命を認めていただきたいと申し上げているのではありませんわ。視野に入れていただきたいと申し上げているのです。まずは8歳の少女に相応しい生活を送らせることを旨とした請願書ですわ」

「ふむ、その相応しい生活とは?」

「国王陛下、今メリル・ミカディアは師団長の()()()()によって、話すこともできず笑うこともできないただの人形のようにして生きているのです。ただちにそれを中止していただきたく、わたくしは直訴に参ったのです」

「……それがメリルのためになるのか?」

「人として生まれてきた者が、人として生きることを望む以上のことがありますの? わたくしはメリル・ミカディアがせめて、離宮の中でつつましくも幸せに過ごすことを望んでいるのです」


 国王は瞑目し、ゆっくりと目を開けると「今日の朝議(ちょうぎ)にかけてみよう」と言った。エイダは急な心変わりに不審に思いながらも、心変わりしないうちにとすぐさま謝意を伝えた。3日は直談判が必要と思っていたからだ。


「寛大なお心、感謝いたします陛下」

「……エイダ、来月あたりにでも夕食を家族でとる時間を作りなさい。母さんが会いたがっていた」

「……わかりましたわ。でもお父様もあまりお帰りになってないのでしょう?わたくしを出しに使うのはやめてくださいませ」

「いや、母さんもメリルのことは案じているんだ。様子を話してやるといい」

「……えぇ、来月ね。分かったわ、父さんの執務の空いた日に合わせます」

「うむ」


 エイダは、うまく丸め込んできたわね狸爺(タヌキジジイ)め、と内心悪態をつきながら、丁寧に礼をして御前を辞した。



 エイダが出て行き、王の執務室の扉が閉まると、国王の傍に霧が立ちこめ一瞬にして人影が現れた。


「……エイダは私に怒っているのかな」

「いえ……わたくしにでしょう。いくつになってもはねっ返りで困ったものです」

「あれが彼女の面白さだろう。よく今までもったものだ。さて、私はそろそろ潮時だよ、トマス」

「戻られるのですか」

「そうだね、長いこと留まると濁りはでてくるものだから。……もう魔力が増えて術は効かなくなってくるだろう。あの子、きっと苦しむけれど頑張れば死なないよ」


 国王は椅子から立ち上がると跪いて頭を垂れた。髪を朝日に光らせた魔術師は国王の後頭部に手を触れて「じゃあね、トマス」と呟く。

 霧が空気に解けるように、白銀の髪は、一瞬光を反射してさっと消えた。


 国王はは、と息を短く吐き出すと、外に控えていた文官を呼び「師団長の補佐官を呼べ」と命じた。


お読みいただき、ありがとうございます。


少し短いですが、やっとこ話が動いて嬉しいです。

エイダは直情型。ルークは父親似で狸にもなれるタイプ。

頑張れ、エイダ!


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― 新着の感想 ―
[良い点]  雰囲気が出ています。不思議な、神秘的な、どうなるのかというような。  ただ、おそらく改行が少なく長い部分が多いからでしょうか、目が滑ります。序盤で周りも主人公自信も色々とわからないことが…
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