プロローグ メル、眠りを繰り返す
密やかな足音で目が覚める。そっと目を開けると、鉛色の靄が薄っすら視界を漂っているように感じられた。お昼寝をしすぎたときのように頭がぼんやりとしている。
真っ暗だわ。
部屋は明かりが点いていない。戸口の方から明るい光が感じられたので、そちらに顔を向けると小さな四角い窓の外に誰かいるようだった。しばらく明かりのオレンジ色と人影が揺れるのを眺めていた。
『起きたらまずお祈りをするのよ』
だれかの声が聞こえた。あぁそうかお祈りをするのか、と不思議と納得して体をゆっくりと起こした。体がひどく重くて起き上がるのに難儀した。やっと起き上がってクッションに背を預けて座る。『お祈りをすること』と『床に跪くまでの動作』が繋がらず、頭がぼんやりする。
目の前の靄が濃くなって視界がもっと悪くなってきたけれど、お祈りをするのよ、と耳に声がこびりついたように誰かが主張した。辛うじて手を組む。
ヴノー様、リュネー様、今日も新しい朝を迎えられたことに感謝します
声はかすれて出なかった。祈った後はすぐ眠くなって、寝てしまったみたいだった。
◆
また、目が覚めた。またしても部屋は真っ暗だったけれど、格子窓から白やんだ朝の空が見えた。やはり戸口から明かりのオレンジ色が感じられて顔を向ける。あの鉛色の靄はすっかり消えてなくなっていた。よく見える視界に鉄格子とその奥の戸口の影が見えた。
お祈りをしなければ
なぜかまたしてもその想いに囚われた。そしてまた体を起こす動作をして、「おや」と思った。以前より体が軽いのだ。とは言え、苦心しながらベッドから足を下ろし、窓に向かってゆっくりと跪く。膝を折るときにバランスを崩しそうになって危うかったが、なんとか転ばずにすんだ。手を組んで
「ヴ、のーさ…リ………さ、ま」
声が出ない。
「今日…も、あた…あしい朝を…うかえ…あれたことを…感謝し…ます」
以前も声が出なかったことを思い出したが、ほのかに胸が温かくなったのを感じて、その違和感にぼんやりとした。そのまま疲れのせいかまぶたが落ちそうになったとき、ガタっと大きな音がしてはっとした。冷えた床で縮められた膝が固まっていて、思わずバランスを崩して肩から倒れこんでしまう。
「お、おい大丈夫か!?」
カシャンと鉄格子の錠が開いて誰かが入って来たと思った途端、大きな手で支えられて起こされたのが分かった。そのまま誰かは膝裏に手を入れ、体を持ち上げてベッドに横たえてくれた。突然持ち上げられてまた下ろされた感覚が心地悪く、シーツの感触に知らずホッと息を吐いた。
「どこか具合が悪いのか!?」
大きな声を出した人物は目線を合わせてきて焦っているようだった。打ちつけた肩がじんじんと軽く熱を持っているのが感じられたので、そっと手を当てた。それを見ると、慌てたように
「待ってろ、今医者を!」
と言いながらガシャッ、ガタ、ドンと大きな音を立てながら部屋を出て行った。足音が聞こえなくなるととても静かになった。誰もいなくなった後も肩に手を当てたまま、ぼんやりとしていると窓から明るい光が差し込んできたのに気づいた。格子窓の模様が部屋に影を作ったのをみて、
あぁ、明るい
と思っていると、
「メル!」
と誰かが私を呼んだ。エイダだ、と思ったらひどく眠たくなって目をつむってしまった。
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