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父と息子  作者: 社聖都子
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父と息子3

早期出社の一年の間に、本当に何度も母さんの話を聞いた。

営業の上田さんは、新人で入ったときは母さんの部だったそうで、最初の営業は母さんがついて来てくれたという。営業っていうのはこうやってプレゼンの機会を取ってくるんだというノウハウはすべて母さんから習ったと言っていた。

企画の田中さんも母さんの部にいた時があるそうだ。田中さんは自分が作った企画の3社合同プレゼンの話をしてくれた。田中さんが今までに担当した仕事では一番大きな仕事で、前日まで母さんと一緒に練りに練った企画だった。でも、当日先にプレゼンした他社の企画ががあまりに素晴らしく、自分のプレゼンをする前の段階で「これは勝てない。」と思ってしまった。ただ結果的に、勝ったのはうちの会社だった。先方の取締役が言ったそうだ。

「萩野さん、あなたのプレゼンを聞いていたら、あなたはうちのゲームのユーザーの心理をよく理解していた。しかもまるであなた自身がうちのゲームをとても楽しんで遊んでいる人のように聞こえた。それが全てでした。」

と。萩野さんは、その日のプレゼンの後、

「うちが勝ったかは分からないけどね、プレゼンする前から下向くんじゃないよ。全力を尽くしてダメなら仕方ないけど、全力尽くさないのは失礼だよ。自分の努力とこの仕事のすべての関係者にね。」

と教えてくれた。今でも心のバイブルだ!と臭いことを言っていた。

おれの教育係をしてくれている加納さん。加納さんは女性なので母さんにあこがれているとのことだった。

「私が入社したときは萩野さんが退職された直後でね。もう何かあると萩野さんがいればなー。ってみんな言ってたよ。そんなすごい方がいらっしゃったんですね。なんて言おうもんなら説教でね。伝説を聞かされるわけ。いつの間にか憧れてたよね。今、うちの会社って、部長1人に部下10人制じゃない。萩野さんが部長されてた後半ってうちの部署は今と同じ30人くらいだったらしいんだけど、萩野さんの下に20人いたらしいよ。しかももう1人の部長も萩野さんの教え子。つまり30人全員が萩野イズムの下で働いでいたらしい。すごいよねー。私もそんなオフィスレディーになりたぁい!というわけで今日の企画も頑張るよ。」

おれの教育はメインが加納さんだったが上田さんも営業に連れて行ってくれた。1年間週に3日会社に通った。チームのサイクルとして、営業は毎日定量の仕事があり、企画は忙しい時期とそうじゃない時期の差が激しい。

毎日必ず営業に行って大会やりませんか?という話をするのが営業職。時には過去に当たった会社からやろうと思っているんだが、という話があり、そこに伺うこともある。

一方企画職は普段はアイディアを膨らませるためにいろんなイベント会場を見に行ったり、アイディアをまとめて企画書のテンプレを作ったりしている。良いテンプレができたときは課長や部長にお見せする。ひとたび営業がプレゼンの話を持ってくると豹変する。プレゼンまで1か月とかそんなのんびりしていると売り上げが足りなくなるので、大体プレゼンまでの猶予は1週間とかそういう期日感になる。短い時は2,3日。その期間の中でため込んだアイディアの中から今回使えそうなものを洗い出し、組み合わせて、面白そうに見えるプレゼン資料を作り本番を迎える。

本番のプレゼンでは主に営業職が全体の流れを話し、企画職の人が重要なポイントを細かく説明する。そして課長もしくは部長が最後に総括する。

プレゼンは月3~4回。月に運用2回。そういうサイクルで仕事ができれば、6課でイベントが12回行われ、1個でも1000万円クラスのイベントがあれば、まず間違いなくノルマ達成だ。ただ、そう簡単じゃなく、実際には月に運用1回が現実目標で、毎月の実績はノルマをやや下回る。その分3か月に1回くらいは大きなイベントを運用しその売り上げで四半期ノルマは達成する。そういうサイクルで仕事が回っていることを学んだ。

ちなみにその1年間で、おれのアイディアは3個企画書になった。でもプレゼンで使われたものはまだない。非常に難しい仕事なんだなと、母さんの凄さが身に染みる1年だった。


入社して6年が過ぎた今、おれはいっぱしの企画マンになった。言ってみれば、課のエースだ。新卒の年には同期が2人入社し、3年目には教育係になった。小さな成功と挫折を繰り返した3年だったがその話はまた機会があれば。翌年、大きな仕事を成功させ、部署内でも表彰された。この仕事を一緒にやった後輩と社内恋愛の関係になり、今年結婚を決めた。これからその報告を齊藤さんにしようと思っているところだ。おれは齊藤さんに憧れてこの会社に入って本当に良かった。齊藤さんは母さんのおかげで取締役になれたみたいな言い回しをしていたが、絶対そんなことはない。いや、もちろん母さんはすごく仕事ができたんだということは身に染みたし尊敬しているが、齊藤さんもすごく仕事ができる人だということは本当によくわかった6年間だった。きっと母さんもこの人の下にいたから仕事ができる人になったんだろう。

「やべぇ。おれ緊張してきたよ。」

今こうして彼女と二人齊藤さんを待っているわけだが、心臓の高鳴りが止まらない。

「お待たせ!」

後ろから齊藤さんに声を掛けられおれは意味もなく立ち上がった。

「お疲れ様です。」

おれにつられて彼女も立ち上がった。

「お疲れ様です。萩野さんと一緒にお仕事をしております三好と申します。」

齊藤さんは彼女に一瞥するとまたおれの方を向いた。

「副社長、済みません。お忙しい中プライベートにお時間取っていただきまして。」

齊藤さんは取締役から副社長に出世した。俺からすればこのくらいできる人だから当然の話だと思う。出征とともに白髪が増えたが、完全なイケメンナイスミドルだ。

「はっはっは。副社長はよしてくれよ遼輔君。齊藤さんで良いよ。それこそプライベートの時間だ。それに、副社長なんて言ったら三好さんがより緊張するだろう。私とは面識がないんだから。副社長という肩書とセットではあの部署の取締役だったころのように和気あいあいとはいかんよ。」

気遣いが憎い。

「ありがとうございます。早速なんですが、齊藤さん。私、こちらの三好さんと結婚しようと思い、ご報告をさせていただければとお時間頂戴しました。」

「お!?やっぱりそういう話か。おめでとう!」

「やっぱり?」

「いや、だってさ。うちの社員ってことだけど私が見ず知らずの女性を同席させるってことはまぁそういう話なんじゃないかな、とね。で、私は式で挨拶をすればいいのかな?」

さすがの回転の速さだ。

「お話が早くて助かります。ただ、お願いしたいのは挨拶ではなく、私の父親役をお願いしたいのです。私は本当に幼少のときに両親が離婚し、父親とは離婚後一度も会わないままお通夜に行っただけの間柄です。なので父親というものを知りません。この会社に入り、齊藤さんとお会いし、幾度か上司と部下という関係を超えたプライベートな形でもお食事などさせていただき、父親というものがいたらこういうものなのではないかと、勝手ながら考えて参りました。不躾な、また常識はずれなお願いだとは存じておりますが、宜しければご検討いただけないでしょうか?」

おれがそう言うと、齊藤さんは目を閉じて上を向いた。さすがに無理なお願いか。少なくとも即答はないか、と思ったその時、齊藤さんは顔を降ろすとおれの方を向き

「分かった。良いよ。」

ときっぱりと言った。

「え?引き受けていただけるんですか?」

あまりの驚きに思わずそう言うと、

「引き受けていただけないと思ったのにお願いしたのか??」

とものすごく怪訝そうな顔をされた。確かに変な反応をしてしまったと思いながら、

「いや、そういうわけじゃないんですが。あははは。」

と笑ってごまかすと、

「まぁでも、そういうことならあれだ。息子を支えてくれる御嬢さんの事をちゃんと知らねばならんから、自己紹介してもらおう。副社長が自分の社員の紹介をさせるのも変な話だがね。」

と齊藤さんも一度怖い顔を作ったが、すぐに笑った。

1時間くらい、和気あいあいと話をしていたが、齊藤さんは時計を見ると、「さて。」と言って立ち上がった。忙しい人だからな、と思いおれも

「今日はありがとうございました。また改めてご案内を差し上げようと…。」

と言いながら立ち上がったが齊藤さんは手のひらを開いておれの方に向け制止した。

「いや、勘違いさせてしまったね。どうだね、2件目に行かないか、息子よ。」

といたずらな笑顔を向けた。

「はい!是非!」

そう答えると、三好さんを促そうとした。しかし、

「三好さん、申し訳ないが、今日のところは親子水入らずでお話しさせてもらえないかな?」

と齊藤さんが言った。三好さんは困ったような顔でおれの方を見たが、おれにも断ることはできない。そしておれは、三好さん以上に困惑していた。そして一気に緊張感が高まっていた。


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