父と息子1
プロローグです。
3000字程度が読みやすいという記事を目にしましたので何回かに分割しようと思います。
次回から主人公が実際に働き始めますが本題は息子の視点を通して描かれる、母の仕事や私生活などです。
今話では描かれていませんが、完結までの過程で主人公が生まれるまでの過程など一部に倫理的な問題がある可能性をはらんだ描写をする予定であるため、R15をつけさせてもらいました。直接的な性的描写を書くつもりはありませんが、予めご了承ください。
生前母さんが良く言っていた。
「お前はお父さんによく似ているから、努力すれば頭の良い人になれますよ。」
と。
おれの父さんはおれが2歳の時に母さんと離婚してしまったので、おれは父さんがどういう人だか知らない。
その後父さんは早死にしてしまい、母さんと二人でお通夜に出席したのは覚えている。その時おれは中学生だったが、遺影の写真や再婚後のご家族からは、失礼だがあまり頭が良いようには感じられなかった。
おれは高校生になり、大学生になり、母さんが亡くなった。片親なのに、生活に何ら不自由した記憶がなかった。あと、驚くことに母さんの言う通りおれは学業の成績が良かった。人は見てくれじゃないんだなと思っている。
母さんはおれが大学1年の冬、体調を崩した。それからも騙し騙し働いてくれたが、大学2年の夏倒れて入院した。癌だった。おれはそれからアルバイトをして、生活してきた。幸い母さんはきちんとした保険に入っていたので、入院費や生活費に困窮することはなかった。だから、アルバイトもしんどいほど働いたわけじゃない。基本的には入院中の母さんの面会に行く時間を大事にして、それ以外の時間で少しコンビニで働いた。母さんの癌は進行していて、手術をしたがそれでもみるみるやせ細っていった。
おれが大学3年の夏の酷く暑い日、いつものように面会に行くと病室がかなりバタついていた。
「あぁ!遼輔くん!良かった連絡をしようと思っていたんだ。」
先生にそう言われておれは察した。慌てて病室に駆け込むと母さんのベッドに駆け寄った。
「母さん!!」
夢中で呼びかけた。すると母さんが目を開けて手を伸ばした。後ろで看護士さんやお医者さんの感嘆の声が聞こえた。おれは母さんの手を握り、もう一度母さんに呼び掛けた。
「あんたね、病室で声が大きいわよ、はしたない。」
母さんはぼそぼそとそう言った。そう言われておれがうつむくと、もう片方の手を伸ばしおれの頬に触れ、なでるようにやさしく、おれの顔を上げた。
「前を向きなさい。」
そう言うとぼんやりとおれの顔を眺めた。
「お前はほんとに父さんに似ているね。でも、遼輔は遼輔だ。自分の道をしっかりと行きなさい。お前は努力すれば必ず成功できる。私と、父さんの子だからね。」
そう言うと、母さんの手は力なくおれの頬から滑り落ち、その後のお医者さんの懸命の処置も空しく息を引き取った。
母さんが亡くなっておれは天涯孤独になった。母さんの両親、おれのばあちゃんじいちゃんはもう亡くなっていて、父方の親戚なんて全く知らなかった。途方に暮れていた中で、おれに手を差し伸べてくれたのが、母さんが働いていた頃の上司の齊藤さんだった。病院の人の勧めで、とりあえず保険会社の人と会い、死亡保険を受け取り、その一部で葬式をあげた。何も分からないおれは、とりあえず今あるお金とプランの中から、質素だが、ちゃんとしたものだと業者の人が教えてくれたお葬式プランを選び、母さんを弔った。お葬式をあげるにあたり、業者の人が教えてくれた連絡すべき先リストの中に、母さんが務めていた会社があったので連絡をした。そうして、お通夜の席で声をかけてくれたのが齊藤さんだった。
おれは子供の頃に、母さんが働く会社のバーベキューに行ったことがあった。みんな優しくしてくれて、楽しかったことだけは覚えている。齊藤さんはその時も母さんの上司で、一緒にバーベキューしていたとのことだった。
「そうか。あの時の遼輔君がこんなに大きく。」
そう言うと齊藤さんは、深呼吸し、おれの方をしっかりと見据えて、
「遼輔君。うちの会社を受けてみないか?」
とそう言った。おれはぽかんとしてしまったが、すぐにリクルートだと気づいた。
「お通夜の席で言うことじゃないとは思ったが、少なくとも連絡先の交換をして君とまた会う機会を作らなければ話ができないとも思った。萩野さんには本当に良く助けてもらったんだ。できることなら恩返しをしたい。」
齊藤さんはそういうとおれに名刺を渡した。
「気が向いたら連絡してほしい。」
そう言ってその日は帰っていった。やたらと背筋が良く、歩く姿がカッコよかった。なんとなく、母さんが礼儀正しくしなさいとか前を向けとかうつむくなとか、そういうしつけをしてきてくれたのはこの上司の影響もあるんだろうな、という気持ちになった。
おれは告別式の3日後、齊藤さんに連絡した。
齊藤さんはうちの近くまで来てくれて、喫茶店でお話をしてくれた。
会社がどんなことをしているのか。母さんはどんな仕事をしていたのか。齊藤さん自身がどういう人なのか。そしておれがどういう待遇を受けるのか。
「遼輔君は萩野さん、お母さんのコネで入社するわけじゃない。だから書類選考からうちを受けてみないか?という誘いだし、他の新卒社員と同等の扱いしかできない。するつもりもない。汚い話じゃない。ちゃんと君を評価して、君の力でうちに入る挑戦をしてみないか?という話だ。だが、少なくともうちの部署を受ければ、社員のほとんどが君のお母さんのことを知っている。中にはお母さんの教えで仕事ができるようになってる人もいる。君への待遇も決して悪くないだろうし、居心地がいい環境で仕事ができるだろう。あとは、うちの会社は早期出社を認めている。君がうちに受かれば、大学の講義に差支えが出ない範囲で、会社で働き給与を受け取ることができる。それは今の君にとって、良い待遇になるはずだ。」
齊藤さんの話はとてもニュートラルで、分かりやすかった。パキパキとした話し方もいかにも仕事ができる人という感じだった。そして理路整然としていて共感できる話し方だった。少なくともこの会社を受けて、この人の下で仕事をしてみたい、と感じさせるには十分なインパクトだった。
「齊藤さんの下について仕事ができるのでしょうか?」
おれは思わずそう聞いていた。聞いてすぐにばつが悪くなった。いくらなんでもそんなわけがない。だってこの人は…。
「ははは。そう言ってもらえるのはありがたいが、そうなってもらうにはお母さんと同じ立場まで登ってもらわないと無理だな。」
齊藤さんは豪快に笑いながらそう言った。
「あの、母はどういう立場だったのでしょうか?先ほど質問してすぐに気づいたのですが、齊藤さんの名刺には取締役と…あの、齊藤さんは偉い方なんですよね?」
そう聞くと、齊藤さんはもう一度高笑いした。
「萩野さんは、家で仕事の話はしなかったのか。彼女は部長だよ。私のすぐ下の部下だった。君が「偉い人」と表現した取締役の一歩手前だ。ただ、一つ勘違いしてほしくないことがある。私が取締役だから、私の方が仕事ができるわけじゃない。私が課長だった時に、運よく萩野さんが私の下についてくれて、そのあと私がずっと萩野さんを下に置いていたから私が先に出世したんだ。仕事は萩野さんの方が、よくできた。分かるかな?君がお母さんと同じところまで、まぁそこまで行かなくとも近しいところまで来てくれないと、私のすぐ下について仕事をすることはできない。それには努力が必要だ。かなりのね。何せ私の定年退職まであと10年しかないのだから。」
その時初めておれは、母さんのことをちゃんと知った気がした。おれは母さんの半分しか知らずに生きてきたんだ。




