奈央の過去
「っっ!京弥の馬鹿ーー!!最低だ!美術オタクー!!」
自宅の自分のベッドの上で布団に包まり、みの虫状態で何度となく思い出す
自分の失態・・・
「馬鹿は自分だよ・・・本当にバカ・・・馬鹿過ぎ・・・」
佐々木くんはどう思って聞いてたのかな
あの後、2人はどうしたのかな・・・
考えてもきりのない事ばかり頭の中で駆け巡る
僕が怒らなければ、鞄さえ投げつけなければ
こんなに悩まずに済んだはず
でも!
京弥も京弥だ
僕が佐々木くんの事を好きなのを知ってる癖に!
何度目になるか分からないため息を吐く
明日からもう絶対野球部の練習見れないし
佐々木くんだって僕の事変な奴だって思ってるに違いない
ぎゅっと布団にしがみつき一層体を丸め
お腹にいる胎児の様な体勢になる
確か・・・
大抵の人は自然とこの胎児姿勢になるってどこかで読んだ事がある
不安や心配事がある人はよくこの姿勢になるらしい
もう何も考えず寝よう
鞄はきっと京弥が届けてくれるだろうし…
そう思いながら瞼を閉じる
今日は日頃使わない神経を使ったせいか
自然と睡魔が襲って来て
そのまま僕は本当に眠りについてしまった
『奈央・・・』
あれ・・・この声は
『あ!先輩!!』
喜んで声のする方を向けば、中学校の頃の僕が1学年上の先輩と一緒に何か楽しそうに話しているのが見えた
あぁ・・・夢
懐かしい中学校の頃の僕
今はその先輩の顔さえボヤけているのは夢の中だからだろうか…
一緒に楽しそうに話しているかと思ったら
場面が変わり
2人で帰っている姿が見えた
僕は笑顔で先輩をみて先輩も僕のほうをみて笑っている様子だ
また場面が変わり放課後の誰も居ない所で
先輩がまた奈央と優しく僕の名前を呼ぶ
呼ばれた僕は嬉しそうに先輩を見ると
『好きだよ・・・奈央』
『先輩・・・僕も・・・です』
そう言うと先輩が僕の方に顔を近付けてきて
初めてキスをした
その時の幸福感が見ている僕にまで伝わってきて
嬉しくて泣きそうになる
すると急にまた場面が変わり
僕は嬉しそうにローカを走っている
あぁ・・・先輩の教室まで走ってるんだ
そうだ・・・思い出した
あのキスの後付き合う事になって
僕は本当に幸せだったんだ
でも、何か嫌な感じがする・・・
教室には行って欲しく無いような
ザワザワした気持ちになる
先輩の教室が見えた瞬間
息を切らせた僕は深呼吸を何度もして教室に入ろうとドアに手をかけた瞬間
『アイツ!オカマじゃね?』
『え?マジで!?』
先輩の他に誰か数名の先輩達が居るみたいだ
オカマ?
何の話だろ・・・
『西野・・・だっけ?1年の』
『そうそう!』
ゲラゲラ下品な笑い声と一緒に僕の名前が聞こえた
夢の中の僕は必死に
やめて!
聞いちゃダメだよ!
って叫ぶのに声にならない
声が出ない!
その内に
『アイツ、マジでお前の事好きなのな!ヤバくね?』
『あ・・・あぁそうだな…ヤバいな・・・』
その時、先輩達の中に知ってる声が聞こえ
僕は固まる
やめて!
それ以上言わないで!
僕は、あの時の僕は本当に信じてたんだよ!
先輩を!
『マジキモ~!』
『って事でオレらの勝ちね~
西野を落とせたらの賭け』
はい!お金払って払って~
酷い・・・
全部、全部、全部!!!
あのキスだって!
あの告白だって嘘だったんだ!
最低だ!先輩!
そして、それを信じた僕もバカだ!
僕は流れてくる涙を流し、嗚咽を我慢して
その場を、走って逃げた
抱きしめてあげたい
あの時の僕を大丈夫?って
そう思う僕も泣いていた
『奈央!どうしたんだ!?』
走っている途中、京弥が現れた
ただただ泣く僕は嗚咽混じりに
教室で聞こえた会話を話すと
京弥は怒り狂った形相をして
『ぶっ殺してやる!!』
と言うと
3年の教室まで走り
遠くで怒声と机や椅子の倒れる音が聞こえる
やめて!
やめて!京弥!
京弥!
先輩っ!!
「ぉ!!な・・・!奈央!!」
僕はいつの間にか手を宙に伸ばし、うなされていたらしく
京弥が僕の手を掴んで揺り起こした
「奈央!大丈夫か?」
「あ・・・京弥・・・ぅぅ・・・」
京弥の焦った顔が夢の中の京弥と重なり
眠りながら涙を流していたらしい僕の目元を京弥はそっと拭う
「中学校・・・」
僕は涙声で言う
京弥は、ん?と尚も涙を、拭いながら聞いてくれる
その声はいつもの京弥ではなく労る様な声音だ
「中学校の・・・頃の夢見た・・・」
途端に京弥の顔が歪んでいく
僕はその顔を見ながら話を続ける
「先輩達のした事も、初めて好きになって、両思いになれた思い出も・・・凄く嬉しかった」
京弥は苛立ったよに下を向き
「奈央!もう思い出すな…あんなくそみたいな奴らの事!」
分かってるよ…
分かってる、僕も夢を見るまで忘れてたよ
でもね…
「でも・・・京ちゃん、僕は男なのに同性しか好きになれないんだよ?女の子を見ても好きになれないんだよ?」
「奈央・・・」
京弥は僕の顔を見て苦しそうな顔をする
僕は少しだけ笑い「おかしい事なんだよね」
と呟く
だから、中学校の昔の夢を見たんだと結論付ける
「僕はもう、自分が傷つくのも、京ちゃんが僕の為に傷つくのを見るのも嫌なんだよ」
中学校のあの時「ぶっ殺してやる!」
と言って相手の先輩も自分も怪我をして
先生に止められるまで殴るのを止めなかったと後で噂で聞いた
何故、1年が学年上の先輩のクラスで乱闘事件を起こしたのかは京弥とその場にいた先輩達が適当に話を合わせたとか・・・
「だから・・・もう僕の為に犠牲になり様な事しなくていいからね・・・」
すると、京弥は「お前は・・・」と言い
僕の髪をクシャと撫で
「本当にお前って勉強以外は馬鹿だな!」
ったく・・・と京弥は呆れ顔だ
「京ちゃん?」
「オレはお前の為に犠牲になったつもりも無いし、これからだってない」
ただ、と京弥はぶっきらぼうに
「お前はオレの幼なじみで、兄弟みたいに育ってきた大事な存在だ!だからこれからもお前が傷ついたりしたらオレは中学校の時みたいにお前を守る!」
京弥の言葉に今度は嬉しくて涙が溢れる
「京ちゃん・・・ぅぅ・・」
そんな僕を見て更に京弥は
「お前が男しか好きになれないってオレに言った時、オレがなんて言ったか覚えてるか?」
え?
そう言えば思い切って話をした時、京弥は驚いた顔をしたものの、引いた素振りも見せなかったし、ただ一言
「そっか・・・」
だけだった
「うん・・・覚えてる・・・そっか・・・って」
そう言うと京弥は僕の頬をぐにっと掴んで
「アホ!そっか、だけじゃないだろ?オレはちゃんと言ったぞ!お前が誰を好きになろうがお前はお前だ!ってな!」
今度は忘れんなよ?バカ奈央!と頬をぐにぐにされながら痛いけど、僕は幼なじみの優しい言葉にうんうんと頷く
「ありがとうっ・・・京ちゃん・・・でも、痛いよぅ」
京弥はふはっと笑い
そうかそうか痛いか~と楽しんでる
いつもの意地悪京弥だ
「つか!鞄投げつけて、オタク呼びは許せねぇな~」
え!?
今言う?
それを!
この感動の最中に!
「だって・・・それは京ちゃんが悪いよ」
佐々木くんがいる目の前でコンプレックスでもある唇ネタは僕には禁句ものなのに!
そう言うと
京弥は「あぁん?」とドスの効いた声で返事を返してきた
「佐々木くん・・・絶対変な奴だって思ってる・・・」
しかも、ずっと野球部の練習見てるのバレちゃったし
「どうしよう・・・」
でも、かと言って同じクラスでも無いのに
今更どうしようも何も無いのも事実なんだけど
僕の落ち込み具合を見ながら京弥は頬から手を話すと僕の腕を引っ張りベッドから起き上がらせると、ポスンと頭に手を乗せ
「お前が思ってるほど、佐々木は何も思って無いんじゃねえの?」
え?
と驚いて京弥を見ると
「ま。応援するつもりもねぇけど佐々木を好きな気持ちを否定するつもりも無ねぇから」
慰めてるのか分からない言葉の中に京弥の優しさを感じる
僕は小さく頷き「ありがとう」と言うと
頭に置かれた手が僕の髪を優しく撫でる
両親にも5歳離れた姉にも話す事の出来なかった自分の性癖をこの幼なじみは丸ごと受け入れてくれた
それだけでも凄い事なんだと分かっているけど、つい甘えてしまうのはこうして慰めてくれると分かってるからなんだと思う
僕は弱いし、ずるい…
京弥に彼女が居たらこんな事絶対無理なはず
・・・
そう言えば京弥に彼女が居るとか聞いたこと無かったな
今更ながら京弥の彼女の有無が気になる
「京ちゃんは?」
僕の髪を撫でていた手を止めずに「何が?」
と聞いてくる
「京ちゃんは彼女とか・・・好きな人とかいないの?」
と京弥の方を見た
すると、京弥は少しだけ驚いた顔をした後、くだらないとばかりに鼻を鳴らすと
「付き合っても直ぐにオレのイメージが違うとか何とか言って勝手に向こうから寄って来る癖にな」
初めて聞く京弥の過去の彼女達の話
確かに京弥は見た目と中身のギャップはあるかも・・・
見た目暴君に見えないし
「今は?彼女はいないの?」
続けざまに聞くと、京弥は呆れた様に僕の額にデコピンをしながら
「オレの事よりまず自分の事だろ!?」
地味に痛いよ・・・京ちゃん
額を擦りながら「うん・・・」と言うと
京弥は
「明日っから中間テストだろ?
部活停止だからしばらくは佐々木の姿見れねぇんだからな」
「あ!・・・」
そうだった!
部活停止期間と言うのがあるんだった
すっかり忘れてた
京弥は僕の顔を見て「ったく!バカ奈央」
と笑っていた
結局京弥の彼女の話は上手くはぐらかされてしまったけれど…