第3話 うっかり
「あ、あんた今詠唱……それに杖を使っていない」
「詠唱……した、、、よ? あと、杖じゃなくて、、これ」
シャルは右手の中指につけている白の指輪を見せる
男はそれには納得したようだが詠唱には納得していないようだ
「あんたがしたのは詠唱じゃない。開文を唱えただけだ」
この世界における魔法の発動手順は主に
詠唱>魔法陣展開>術名>発動
の順で出来ている。
開文とは、詠唱の1部であり例えば今回シャルが使った「治癒」であれば
''世界に満ちたる命の鼓動よ 汝の傷を癒せ''
の癒せの部分に当たるものだ。つまり、開文とはその魔術の役割、治癒であれば癒すという事を示すものの事だ
そして、手順には例外が存在する。詠唱を省いた詠唱破棄や、詠唱を簡略化した還元詠唱、今回のように開文のみを唱えた開文詠唱の3つだ。
還元詠唱は二流の冒険者程度ならば1つくらいできて当たり前なものであるが、詠唱破棄と開文詠唱となれば一流の魔術師が1つ2つ使えれば良い方のレベルである。
だがシャルが使っているのは''魔法''であり、媒体を体内に持たない人間が使う''魔術''とは全く異なる為、そもそも詠唱、魔法陣展開が不要である。
それ故にシャルは開文と詠唱を間違ってしまったのだ
母がいる時は、シャル自身旅に出る等とは考えていなかったため、母の詠唱の教えを「意味があるのか」と思い、詠唱などのことを聞き漏らしていた。今回の事は日々の鍛錬、勉学を覚えていなかったシャルの責任である
正直この場所が、この人達が聖国、帝国の人間でなければ神族とバレてしまっても良いのではあるが、シャルにここがどの国かわかる程の土地勘はない
なんせ、山の中だけで生活してきたのだ
母は、魔法の事や国の事などは話してくれたが、場所などは聞いていない。
シャルは考える
ここで帝国と聖国の人間で無いことに賭けて、神族だと正体をばらして他の人への口止めをするか
腕の経つ世間知らずの魔術師として少しばかり目立つか
彼女は馬鹿では無い
答えはすぐに出た。聖国、又は帝国であった場合その国の王である帝国ならば皇帝、聖国ならば教皇にバレてしまって追われの身になるよりは、少し目立った方がマシである
「私……魔術、、、得意」
しっかりと''魔法''ではなく''魔術''と言う
「そんなに高位の魔術師だったのか。嬢ちゃんが近くにいて助かったよ」
ガッハッハッと笑いながらシャルの肩を叩く
ハンターと呼ばれる彼等の中で、深追いなどの行為はご法度とされている。ハンター歴の長い彼等は、素早く何かを察しそれ以上深追いせずに笑い飛ばし、気を利かせたのだろう。
「ところでさ嬢ちゃん、名前言ってなかったな。俺はマァシだよろしくな」
先程、シャルたちに交渉をしてきた男がそう言う。
「俺はハウェン。傷、治してくれてありがとうな。助かった」
先程まで傷ができていた腹を擦りながら微笑みながら言う彼は、恐らく三途の川でも見てきたのであろう。心の底から助かったと思っているようだ
「次は私ですね、私はロシャン。あなたと同じ魔術師です」
マァシが冷静さを失った時に報酬を聞いてきた女性だ。緑のローブを身にまとい、木でできた杖を持つ彼女は、その風貌から魔術師であることは一目瞭然だ
「私は……シノ」
先程から一言も話していなかった彼女の声は今にも消えそうなくらい小さかった。恐らく人見知りなのであろう。そして前衛の剣士だ。
それは腰に下げたレイピアと動きやすいように素早さを重視した部分鎧は、彼女が前衛であることを示している。
「で、嬢ちゃんの名前と、そこの狼であってるか? の名前も聞きたいんだが」
「私は……シャル。この子は、、友達の、、、ハク……よろ、、、しく」
ハクは「ぐるぅ」と喉を鳴らし、シャルの頬に自分の顔を擦り付ける。シャルは、ハクの頭を撫で返す
嬉しそうにするハクに、本当によく懐いているとマァシ達は良くわかった為、警戒心と恐怖が少し薄れた
「シャルにハクね。そろそろ移動したいんだが、どうだ?」
「私達、実を言うと食料がそこを尽きてるの。急げば日暮れまでには街につくわ、それまでに帰りたいの」
「わかった……」
手に持っていたコーヒーの残りを一気に口に入れると、そのままカバンの中にしまっていく。
「お、おい。それは魔術具か?」
「魔術具……そう、、、だよ」
シャルは魔術具と言われてピンと来なかったが、彼が言うのだ「流通しているものではあるのだろう」そう推測したシャルは、分からないながらも肯定した
そもそも魔術具とは、魔力適性の高い素材で作られたものに、用途の合う魔法陣を刻み魔力を流して作られているとても高価なものだ。
今回シャルが勘違いされているものは''多容量鞄''と呼ばれるものであり、鞄の中が魔術によって拡張されており、見た目より沢山入り、そして軽いという優れものだ。
ただし、そのための魔方陣は細かく、また素材も良質なものを使わなければ出来ない。それ故にとても高価なものである
「流石、実力のある魔術師は稼ぎもあるんだな。見習えよ、ロシャン」
ドカッ! とマァシを殴る鈍い音が響く
「うるさい、アンタに言われたくないわ!」
ロシャンがマァシを殴ったようだ
このチームはとても賑やかで、無口だったシノでさえも、同じチームのメンバーとは話している
シャルはそれを眺めながらハクのサラサラの毛を撫でるのであった