第2話 逢着
「ハク」
シャルは猛スピードで駆けているハクに呼びかける。彼女が呼びかければ必ずハクはその場に止まる
ハクはピタリとその場に止まり返事をする。
「なんだ?」
「ノド……乾いた」
「水であればシャルが持っているであろう? 」
シャルであればこのスピードの中バランスを保ってまずを飲むなど造作もない事だと言うことをハクは理解している。
シャルの事だ。ハクを止めてまで何があるに違いない。
彼女の言葉には意味の……理由のある事が多い。それがどのような理由かは分からないが
「コーヒーが、、、飲みたいの。淹れたての」
そういう事かとハクは納得する。
コーヒーを飲むにはポットを出し、豆を引き、湯を注ぎ、菓子を食べながらゆっくりと味わいたい物だ。
つまるところ、シャルは休憩をしたいのだ。
と言っても家を出てまだ1時間ほどしか経っていない。ハクのスピードのおかげで距離で言えば徒歩の数百倍は進んでいるであろうが。だが、シャルはハクに乗って読書をしていただけだ。
このバランスの悪いハクの上で読書をできる器用さには感服するが……
「シャル、まだ1時間程しか立っていない。もう少し進まぬか?」
「急ぐ旅じゃない……気ままに、、、ゆっくりと……ね?」
少し眉を垂らしこ首を傾げるこのシャルの顔にハクは弱い
シャルがなにかお願いをする時「ね?」と首を傾げる。それを見るとそのお願いが軽いものであれば「いいよ」と言ってしまう
今回も例外ではなかった
「ふむ……そうだな。急ぐものでは無い、ここらで休憩をするか」
そう言いながらも、ハクは移動スピードを上げることを決めたのであった
ハクがそんな決心をしている間に既にポットや、火を起こすための薪を準備していた。
シャルの魔法の腕は確かだ。精密なコントロールに至っては彼女の右に出るものは居ないだろう。
そんな彼女であれば、ポットの水を適当な温度に調整するくらい容易い。では何故しないのか……
これはあくまで「休憩」であるのだ。それに急ぐ必要も無い。
だから、魔法は使わない
「ハクは……何飲む?」
「では、果実水を戴こう」
シャルは空中に手を伸ばす。すると、そこに黒い亀裂が入りシャルの手はその中に入る
引き抜いた手には1リットル程はいるであろう瓶が握られていた
「氷よ……」
シャルがそう言うと、半径10センチ深さ3センチほどの大きな器がでてきた
シャルはそこには取り出した果実水を注ぐ
「冷たい方が、、、良いでしょ?」
「あぁ、有難う」
ゴロゴロと喉を鳴らしシャルの首筋に顔を疼くめる。その大きなハクの顔を、抱き締めるように撫でる
コトコトコト
お湯が沸いたようで、ポットの蓋がコトコトと音を立て小刻みに揺れている
「お湯沸いた……」
ハクはシャルから離れ冷たくなった果実水を飲む
シャルは沸いたお湯を注ぎコーヒーを入れる
辺りにはコーヒーのいい香りが漂う
その香りを流すように心地よい風が吹く
シャルは先程の亜空間からチョコのクッキーを取り出しそれを頬張る。
ハクには、燻製にしておいた猪の肉を5キレほど差し出す
ハクは嬉しそうにそれにかじりつく。
◇
それから暫く経ち、シャルのコーヒーが2杯目に差し掛かる頃今まで座っていたハクがいきなり立ち、シャルも腰に下げた2本の剣に手をかける
ざっ、ざっ、と森の落ちた草木を踏見ながら歩く音が複数。だんだんとこちらに近ずいてくる
その音は次第に大きくなり、シャルとハクは警戒心を強める
草木を掻き分ける音がなり、現れたのは一人の男であった。
男は両手を上にあげている。それは敵意の無いことを表す行動であり、かき分けてでてきたが、そこからこちらに近ずいて来ないのは不用意に刺激しないための物だろう。
敵意がないと判断したシャルは手をかけていた剣の柄から手を離す。ハクはその場に座り燻製の猪肉をかじり始めた
「森の中で煙が上がって居たものでな、人が居ると思って来た次第だ。後ろに3人の仲間がいる。ここに連れてきてもいいか?」
男が何故わざわざシャルのいる場所へと来たか。それはこの場所が安全だからである。そもそも森の中で開けた場所はあたりを見渡しやすく、襲撃等は対処しやすい。
それに、あらかじめ人がいるのだ。そこの安全性は高いと判断したのだろう。
男はコーヒーを飲む綺麗な女性と、その隣にいる大きな狼に驚き、暫く言葉を発さなかったが敵意がないことがわかるとすぐに話し始めた。
それができる辺り彼は手馴れである
相手の敵意の有無、実力の差など……
恐らく彼は察したのだろう。自らでは勝てないと
「嬢ちゃん?」
「ん……いい、、、よ」
「助かる」
そう言うと、直ぐに戻っていき3名の仲間を連れてきた。
2人は女性、先程の彼を含む2人が男性のバランスの良いパーティーであろう。
だが、そのうちの一人の男が怪我押している。それもかなり重症のようだ。見れば右の脇腹あたりを手で抑え、その傷からは今も尚ドクドクト血が流れている
「怪我……してる」
「あ、あぁさっき一角狼にやられたんだ。倒しはしたが俺を庇ってこいつがな……」
申し訳なさそうに怪我をしている男を見る。男は手を挙げ気にすんなと言わんばかりのポーズをするが顔は痛みで歪んでいる。
その傷は置いておけば間違いなく死ぬ致命傷だ。本来ならばそれが分かっていても生きる希望を持たせる為に励ましたり大丈夫などの言葉をかけるがシャルは違った。
「その傷……死ぬよ?」
ストレートに「死」という言葉を投げかけた。
「わ、分かって……いるさ、、、自分の身体何だからな」
怪我の男は口から血を垂らしながらも言う。恐らく熟練の者達であろう彼等は自分の身体の容態くらい把握出来るのだろう。
「それ、、、私なら……癒せるよ?」
「えっ……!」
「それ……治せる」
「本当か!」
怪我をしていない、仲間が毛顔する原因となった男が声を少し荒らげる。
森の中で大声を出すことは魔物を刺激する事としてするべきでない事であり、彼らはそれを知っている。だが、仲間を助けることが出来る''希望の光''に興奮したのだろう。
「対価はなんでしょう?」
少し冷静ではない男の代わりにしっかりと冷静さを保っている怪我をしている男を右側から支えている女性が尋ねた
「対価……そうね、、、案内」
「案内?」
「私……まちどこかわからない。だから、、、案内して?」
別に急ぐ旅ではないがシャルはそれを提案した。別に金銭でも良かったのだがこの状態のチームから金を取れば壊れた装備等の出費で蓄えが消えるだろう。
それに、シャルは180年分の素材などの蓄えが亜空間に入っている。その為、お金が特別欲しいという訳でもないのだ。
それならば案内して貰った方が有難い
「そ、そんな事でいいのなら是非! 彼を治してあげて」
「わかった……」
ハクは漸く話が終わった、「退屈だったぞ」と言わんばかりにシャルに甘える
シャルもそれに応え頭を撫でたりしている
「その人……そこに、、、寝かせて」
「分かった。よろしく頼む」
ゆっくりと男を寝かし、3人は少し離れる。作業の邪魔になるとでも思ったのだろう
かぁさんには魔法を使う時……魔法陣を展開しなさいって言われた。
神族とバレると面倒になるって……
「癒せ」
シャルは右手を彼の怪我をしている部分にかざす。
白銀色に輝く魔法陣が展開され、男の腹部を照らす
複雑に描かれた魔法陣は、その輝きと相まって芸術的だ
そして、男の傷はみるみると消え、完治した。
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