02:召喚2
「「「わあっ!!」」」
周囲からどよめきが聞こえた。
目を開き、眩んだ視界に慣れてくると、目の前に大勢の鎧を着た人達と、先程の初老の男性よりは簡素なローブを着た人たちが左右に並んでいるのが分かった。
大半が男だが、少ないながらも女が混じっている。皆一様に驚きや好奇を含んだ視線を向けている。
私が立つ場所には赤い絨毯が真っ直ぐに敷かれ、先程の初老の男性が役目を終えたという風に歩いていく。
そして彼が向かう先には、ややふんぞり返ったような王様が玉座に座っていた。
いやいやいやいや。は? え? えっと、これって・・・
「すげ、これって召喚?」
男子の一人が呟いた。幾人かの男子がそれに反応し、盛り上がる。
そう、私だけではなくクラス全員がこの場にいたのだ。
「うぉー、キタコレ」「ファンタジーきたーっ!」「これ勇者的なやつだろ!?」
「ちょっと男子どういうこと!」「何?何が起こってるの?」「やだ、こわーい」「ここどこ!?」
状況が分かった何人かは盛り上がり、また頭を抱え、分からない面々は放心したような状態の人もいたり、分かっている者に説明を求めた。
私は、分かる方の後者だった。
―――どこか違う場所に行きたい―――
違う! そうじゃないよ! 別に異世界に来たかったわけじゃない! それにあいつも一緒にとか願ってないよ!?
「=×@☆! ▲◎%※☆!! 」
怒号のような大声で何かを叫ぶ、鎧を着た隊長格っぽい人物が私たちの喧騒を収める素振りで前に出て来た。
王の御前だぞ、静かにしろ! 的な感じのことを言ってそうだ。
「え、なんて言ってるの?」「勝手に喚んだんだから日本語話せよな」「えー、こわいんだけどー」「英語でもないし、聞いたことない言語だよな?」「もう何がどうしてなんなわけ!?」
隊長(仮)に何か言われたところで静かになれるはずもなく、逆に、より一層クラスメイトの声は大きくなった。
すると玉座にいた王様が近くに控えていた侍従に指示を出し、その侍従がすぐに水晶座布団に乗せられたクリスタルらしきものを持って私達の元へと小走りにやってきた。
侍従は2m程手前で止まり、恭しく差し出すように頭を下げた。
「え、何?」
「お、おい これ受け取れってことじゃないか?」
「一樹、お前いけよ」
「は? 知也お前が行けばいいだろ!?」
「瀧い~!」
「お! 瀧委員長お願いしゃす!」
「よっ! 委員長! かっくいー!」
呼ばれたのはクラスの人気者でもあり委員長も務めている剣道部所属の〈瀧良平〉だった。
「俺ぇ!? もー、お前らなあっ・・・」
最初に一樹に行かせようとしたのはバスケ部の〈藤知也〉、逆に知也に行かせようとしたのがサッカー部の〈井上一樹〉、そして間延びした喋りをしているのは弓道部の〈榎本太一〉だ。
この4人は部活は違うが趣味が合うのか仲良しな4人組で、クラスのムードメーカー的な存在だ。
一樹達はふざけながらも瀧に受け取らせることに成功していた。クラスの皆も瀧ならばと頷いている。
ちなみに私は中学の時女子部に入ったのだが、そこで牽制牽制な女子のグループ同士の関係が段々めんどくさくなった思いをしたので、高校では帰宅部になろうかと思っていたら、なぜか入学した年から全員部活に入らなきゃになりましたとかになりやがりまして、どうしようかと悩んでたところ、一樹に「うちのマネージャーになれば?」と言われてサッカー部に入った。
一樹とは家が近所の幼なじみ的な関係だ。
マネージャーになって運動する時間は減ったが、私は休みの日になると空手を習いに行っているので運動不足にはなっていない。今のご時世女性も鍛えねば。マネージャー業もなかなか忙しいものだったしね。
瀧が少しばかりおずおずと、しかし姿勢は見栄を張っているのかピンとして、侍従の前へと出て、周りを表情を窺いながらクリスタルへと手を伸ばした。
ここまでに時間が掛かっているからだろうか、クリスタルを差し出している当人はそろそろ腕が限界のようにプルプルしている。気持ち腕が下がっているようにも見える。
……ちょっと限界が来るまで見てみたい気もする。
何か分からないもの出されてもそりゃこっちだって戸惑うものねー。罠か何かとも考えるよー。そうなってもしょうがないよー。
少しだけ、少しだけワクワクしながらそんなことを思っていたら、瀧がクリスタルに触れた。
残念。
触れた途端、クリスタルは淡い緑色に光り輝き、瀧の周囲を明るく包む。召喚された時よりも弱い光だったので、どうにか目を瞑るまではなかった。次第に光が集束すると、同時にポンッと軽い音を立てて小型の動物らしきものが出てきた。
「うわっ、と」
瀧が慌てて抱き止めたその生き物は顔はウサギのようで、耳や体は狐のようでしっぽは長くふさふさだった。毛色は、今の光と同じく淡い緑色をしていた。仔犬くらいの大きさだ。
そしてその生き物が犬や猫のような通常の生き物ではないことを、額に赤く輝く結晶が示していた。
「うぉ、なんか出てきたぞ」「いやー、かわいー」「瀧! お前なんだよそれ!」
驚きの声と黄色い悲鳴が混じり合う。
「@▲◇☆※×~?」
「だあから、何言ってるか分かんねぇって…」
また同じように分からない言葉で話し掛けてくる侍従へと一樹がそう言うと。
「………分かる」
と瀧が呟いた。
「へ?」
「いや、分かる、って。」
「「「はぁぁ?」」」
向こう側から「おぉー」と歓声めいた声が上がり、あちこちで安心したような声音で会話が始まる。
侍従も続けて瀧へと話し掛ける。
「これで言葉が分かるだろうか? って言ってる」
「え? こいつら未だに何言ってるか分かんねぇぞ?」
「まじで?」
「もしかしてこいつのおかげか?」
「ちょ、俺にも貸してー!」
「おい、太一」
太一が瀧の腕から動物をひったくり彼らの声に耳を傾けるが、期待外れという表情をした。
「……いや、やっぱ分かんねんだけど?」
「え! ほんとだって! …ほら、やっぱり分かるよ」
太一の腕の中には動物が抱えられたままだったが瀧はもう言葉が分かるようだった。瀧は納得がいかないという表情で太一を見た。
*
「今、俺が持っているのがカーバンクルって生き物で翻訳とかしてくれる生き物らしいんだけど、俺の魔力から生まれたから俺にしか分からないらしい」
「え!まじかよ」「こんなことなら俺がいけば」「魔力ってお前」「瀧くんかっこいいー」「いいなーかわいーなー」
自分達が瀧に押し付けたのに皆勝手な言い分ばかり口にしていた。
すると侍従の人がさらに瀧に話し掛け、瀧が私達に翻訳してくれる。
「今から全員にカーバンクルを与えるから一度別の部屋に案内させるって、それから話をさせてくれって言ってる」
「マジで! やりぃ!」
「一人に一匹か……」
「あの可愛いの私達も貰えるの!?」
「そんなのいらないから帰してくれよ!」
「一体ここはどこで、何がなんなんだ……」
色んな思いがクラスメイトの中で交錯するが、話が分からないままではどうしようもないと皆案内されるがまま付いていくことにした。
クリスタルを持ってきた侍従と先程怒っていた隊長(仮)の人、私達を連れてきた初老の男性が指名した別の豪華めなローブの人が一人ずつ出てきて謁見の間の入り口前に立った。扉は開かれ、侍従がそちらへと私達を案内した。
「付いてきてってさ」
瀧を先頭にクラス全員が侍従に付いていった。