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辺獄の空中庭園  作者: くりふぉと
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第2話 白亜の塔での最期

回想部分が入りますが、すぐ少女との場面に戻ります。

 誤解を解いて助けを求めるべき相手に対し殺してくれなんて────と自分の口からとっさに出た言葉に対して疑問を持ったが、すぐに自分の中で納得する。

 その言葉が偽りのない本心なのだと。


 そうだ。


 自分は自分のことが、どうしようもなく嫌いなのだ。

 日常でふと、鏡に自分の姿が映った時、決まって激しい嫌悪感が生じ目をそらす。時には顔面の部分を殴りたくなるほど。


 自分、つまり水無(みずなし)カズトの過去の話。

 通常小学校から中学校に上がる時に、まずは元々仲の良いグループで集まり、徐々に交流の輪を広げていくものだろう。

 自分の場合は仲の良かった友達は私立中学に進学したり親の仕事の都合で引越ししたりと偶然が重なり、半ば孤立した状態でそのまま中学に進学する。


 日が過ぎていく中、一から友人関係を作る才能は低いのだと、そこで初めて認識する。

 悪い意味で偶然が重なった。イジメのターゲットになったのだった。


 消しゴムのカス、シャー芯を後ろから投げつけられる。振り向いたとしても誰が投げたのか分からないようにしらばっくれる。誰がこんなことをするのかおおよそ予想はつくが、かといって証拠も無しに押し寄ろうとしても何を言えばいいだろう。一度怒りに任せて殴りかかろうとしたが腹を思いっきりストレートで入れられ恐怖を味わう。


 味方はいない。傍観者も味方ではない。故に全員が敵。


 そういう行為によって自分の自尊心が傷つけられている現場を、第三者の目線に晒されていることも非常に苦痛。

 それでも。ただ何事も無かったかのように嫌な感情を押し殺すことだけが、自分の中での正義だった。


 こんな状態に身を置いていることを親に知られたりだとか、帰宅部に甘んじることは変なプライドが許さなかった。運動神経は悪いわけではなく身体を動かすことも好きだった。

 そういうこともあり「中学校になったら取り敢えず部活は入るもの」という認識のもと、運動系の部活に入った。


 日々のストレスを与える出来事を、まるで無かったかのように部活に打ち込む。もちろんクラス同級生と部活メンバーは被るので”自分への扱い”は伝播(でんぱ)してたみたいで息苦しさは薄れない。


 コンビニ弁当のゴミを自分のバッグに突っ込まれていたり、靴を隠されたり、少しでも何か過失があると過剰に責められたり。


 お陰様でストレスを過剰に抱えたせいか、耳が聞こえづらくなったり、腹が締め付けられるような症状に襲われ体調も崩すことが多くなった。


 辛いと思った日は毎日だったかもしれないが、日本の中で自分より学校生活を辛いと感じているヤツは間違いなくいるはずだ。自分は最悪の環境に置かれているわけではない、と言い聞かせてきた。


 自己憐憫(じこれんびん)の念に酔おうとして、でもその酔いに浸かり続けていたら戻れない気がした。自己の傷を更に自分で拡げることは愚かであり、その傷は無いものとして忘れようとした。そうでもしなければ、自分の存在していることに対し本気で疑問を感じてしまうからだ。


 それなのに。

 とある日の休み時間のこと。各々のグループが固まっている廊下を歩いている時だった。正直その声の主のことは記憶から抜け落ちている。


 こちらにわざと聞こえるかのような「まだ自殺しないの?」という囁きを耳にしたことだけは鮮烈に脳に刻まれている。


 「まだ」って。


 いつ「そう」するのかを期待しているような悪意に満ちた言葉。

 本来はさっさと自殺するべき低俗な存在なのに、自分の我儘(わがまま)でこの世界にしがみついているんだ? と非難されているとしか受け止めることができない。


 それに反応して声の主に振り向いたりでもすれば、それこそ俺がそんな言葉に翻弄(ほんろう)されている「愚かな自分」を演出することになる。それが彼らにとって蜜の味なのだろう。それをわざわざ与えてあげようなんて思えるほど人間が出来ているわけではない。


 だから、気にすることは何もなかった。「何も聞こえかったのだ」とそういうフリをする。


 具体的に誰からどのように教わったかは忘れたが、人生にて何かしら問題がある時に「他責にするな」と教わった。


 この状況は自分自身が招いたこと。

 自分には自分で状況を打開できる力がない。そもそも無力な自分にそんなことを期待するのがおこがましかったんだ。


 俺は俺が俺であることが憎い。


 何がきっかけだったか覚えていない。とにかく身を滅ぼしたいという気持ちに駆られ──何かの糸が切れかけた時に帰路を外れ、近くの線路の踏切に向かう。

 綺麗な夕焼けが印象的だ。ゴウと風を切り重い鉄の塊が線路を蹂躙(じゅうりん)する音が響く。それが通り過ぎ、踏切のゲートが解放された後も立ち尽くしていた俺の姿は周りの通行人からしてみたら奇妙に見えただろう。

 これに敷かれれば一瞬で意識を失い、この世界からおさらば出来るのだろう────という策は浅はかであることを思い知らされた。


 やはり死ぬのは恐い。


 正直、自殺出来る人を尊敬する。ニュースで同じ年ぐらいの奴が自殺したのを見た時、

 「ああ。苦しんでいるのは自分だけではないのだ」と安堵する。


 そして自分は、死にたいと思いつつ死ねない中途半端な奴で、臆病者なのだと自己嫌悪が最後に残る。

 どう転ぼうと、抜け出せない自己嫌悪のループ。



 ────たぶんこちらを見つめる少女は、そんな”先延ばし(ぐせ)”の俺に終止符を打ってくれるんだ。


 首元に刃を向けられてから、数秒のうちにそんな思考に支配されている。

 先刻の黒い影に追われている時は防衛本能が働いてつい逃げ出してしまったが、少女と出会い剣を突き立てられた後の静寂。

 それが逆に自分を冷静にさせた。


 惰性(だせい)でスマホゲーとかアニメとか現実逃避(とうひ)をして来たが、現実に意識を戻した時の絶望はどうしようもなく嫌だ。時間が経てば一瞬で消えてしまう処方薬でしかない。


 そしてこれからも、どうしようもないマイナス感情を抱いて生き永らえてしまうんだろう。この惰性(だせい)に楽にピリオドを打つことが出来るのなら────覚悟を決めた。


 首を動かさないまま、ふと目線を周囲に向けてみる。

 その空間は正方形の床を白の大理石が囲み四方、扉に囲まれている。天井からは吹き抜けの構造の奥から差し込むかすかな光が、薄暗い空間を弱く照らしている。

 こんな非日常的な空間で、目の前の女に自分の最期を与えらえるというのも悪くないな、と思えた。当の本人は沈黙を維持したままだ。


 無論、永遠にそうしている訳ではない。ついに少女は右手で突き立ていた刀を手前に引き、左手も添え両手で握る。脇を締め、後の動作はただ斬りつけるのみ。


 ぐっ、と力が入るのが分かる。そしてこちらに向かって刀が斜めに振り下ろされていく。


 ああ、終わりだ────そんな思いと共に目を(つむ)る。

 もちろん自分の中に死への、痛みへの怖さは残ったままだ。でももう覚悟したことだ。斬られるなら多分、首だろう。首に神経が集中しスゥと嫌な感じがする。でも痛みを受け入れる準備は出来ている。


 薄い斬撃音を耳で捉えた後、最期に知覚できたのは「ピッ」と発した微かな音と頰に飛んだ水滴の触覚。


 ────血か。


 これは新たな発見なのか。

 覚悟さえしてしまえば、激痛のはずの感覚をも克服してしまう────なんて発見は死を体験することでしか得られないだろう。


 ただ、いくら貴重な体験とはいえ、この新しい発見こそが自分の人生の対価だとしたら、やはり「自分」はとても安いものなのだと。


 そう思った。

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