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辺獄の空中庭園  作者: くりふぉと
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第10話 依存の脱出

 目が醒める。

 昨日は15階からスタートし21階を終えた後、螺旋階段への扉を開いた。

 今日のスタートは22階から。28階を目指すわけだ。


「おはようございます」

 月白が声をかける。


「おはよう」


「今日は起きるの早かったですね」

 寝起きの自分の視界に、月白が映る。

 銀髪が包む彼女の秀麗さは相変わらずだ。


 窓の外には砂漠と雲と青空。

 日常に疲れた人がこの光景を見たら、この自然美に癒しを感じるのかもしれない。


 この世界で、初めて朝を迎えた時よりは疲労がたまっていなかったようで、早起きできたらしい。


 お陰様で、扉からけたたましいノック音はまだ鳴らされていない。

 優しい静寂がこの空間を包んでいる。


 この時間に酔ってしまうのもいいが、あくまでそれは取り繕われたものなのだ。

 ここは自分の心象世界。平静を偽装していた自分そのもの。そう考えるとやはり受け入れてはいけない。


「行こう、か」


「……!!」


 また来た。デジャヴ。

 これを感じるのは、この世界に於いて変更が起きた時。


 自称天使のヘリオンの登場時や、影が出現した時に感じるもの。

 いわばレーダーになるわけだ。


「影です! 構えて」


「あ、ああ」


 月白に促され警戒体勢に入る。


 右の手に棒状の獲物を持った影。

 下の階で起きたような精神的な揺さぶりよりも、物理的にこちらを壊そうとする意図なのだろうか。

 いずれにせよ、悪意のみ感じ取れる。


 鉄の棒を振り回すだけの存在なら問題はないはずだ。

 今までの影通り、こちらに向かってくる木偶であれば振りを躱して斬ればいい。


 間合いに入り、その剣持ちの影を洞察する。


「──くっ」


 その影はスキを作らない。

 一階で遭遇したような、思考放棄して近づいてくる1階にいたゾンビじみた影とは違う。こちらの獲物を捌き、獲りにこようとする殺人者のよう。


 月白から借りた西洋剣(ロングソード)は、日本刀とは違い力押しで圧倒するものだ。


 深呼吸をする。

 力負けしてしまう恐怖のビジョンは排除して、相手の剣を弾き吹き飛ばすイメージをインストールする感覚。


「はああああああッ」


 直線的な剣の軌跡を描き、正面から敵を叩く。

 結果、ガキィンと音を鳴らして膠着する。


 目の前の障害を力で押さえつけようとしたら、その対象は倍になって帰ってくる。それを象徴するかのように剣状の剣が重さを持って襲ってくる。


「ぐぐぐぐぐ」


 弱いままのイメージの自分だったら、自分の剣は吹き飛ばされていただろう。でも今は違う。なんとか押しとどめようとする。


「すみません……後ろからも敵が来ました。私はこっちを! なんとか持ちこたえてください!」


「ああ! 任せて」


 正直、怖い。でもいつまでも月白に依存してはいけない。


 ただ、膠着状態は続く。

 影に疲労とかスタミナという概念があるのかは分からない。が少なくとも言えることは、この力勝負を長引かせてもこちらの有利にはならないことだ。


「──っ」


 後退する。

 それは一時凌ぎに逃げたことに他ならない。


 息を荒くし一瞬影から視界を外す。

 それは一度距離を取ったから大丈夫だろう、という安堵からだ。

 次の策を講じなければ。


「────あ?」


 ふと、熱い感覚を覚えた箇所に目をやる。


 血だ。

 ……この世界に来てから打撲はしたものの、流血したのは初めてだ。


 黒い短刀、いや細長い粒のようなものが床に刺さっている。

 影から出現したのだろうか。右脇腹に掠ったようだ。


 ……直撃していたら命は無かったかもしれない。


 床に刺さった黒い粒は霧のように消えていく。


 なるほど。視界から外れたところでゴミを投げつけるような悪質さを感じた。

 影の手から伸びる槍のようなものが筆記用具。黒い粒が消しゴムのカスを連想するなんて、俺は病的なのだろうか。


 あれに立ち向かうのは無理、なんてイメージで臨んだら勝てない。

 月白の言葉を思い出す。


 あの黒い弾が剣と接触したらどうなってしまうのか。

 そんな不安はあったが、吹っ切ろう。


 剣を素早く動かし弾を弾く。

 影の懐に入り胸部を横一線に両断する。


「……やった」


 槍状の棒を捌く。

 体勢を後ろに崩れかけたとこでとどめの刃を突き刺し倒す。


 彼女もちょうど敵を倒したようだった。

「1人で倒したのですね……!」


「そんなことないよ。月白のがいたからこそだ」


 こんなセリフは自分に合わない。照れ臭い。

 月白は何か言いかけたが、それを遮るようにして言う。


「走り抜けるぞ!」


 一匹倒したからといって満足してはいけない。

 いつ敵が湧いてもおかしくない。


 時間が経てば経つほど敵が出現するのだとしたら、なるべく早く駆け抜けた方がいい。戦闘次第では走ることに体力を使うよりも歩きながらの移動で温存した方が賢い選択といえるだろう。


 そのバランスを掴むのは難しいが、今はまだ走るぐらいの力は十分ある。


 ◇ 


 回廊をひたすら走る。


 いちいち感傷に浸っている暇はない。

 塔の180度反対に回り、上に登るための階段へと向かう。


 剣を振るうことは躊躇しなくなった。多少見てくれが粗暴に見えても、自分を守るためには立ち向かうことは必要だ。


 自分を、狭いところで押し殺すことが得意だった自分はこういった状況でなければ、変わらないままだっただろう。

 生きるには、これは必然──だったのか?


 気づけば、五体満足のまま────28階に辿り着いている。

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