09 魔神?
「今日はもうゆっくり寝ること。寝る子は育つ、よ」
マリンの忠告もあり、シロノは寄り道せずに止まり木亭に戻った。
まだ昼前だが、服を脱いでベッドに横になる。
(マリンがくれた薬、おいしかったなぁ。そういえば、結局レムはどうなったんだろ)
マリンは怒らせると怖そうだったが、そんなに酷いことをするようにも見えなかった。
(まあ、大丈夫だよね)
しばらく目を瞑っていると、シロノは眠りに落ちていった。
コン、コン。
「シロノさ~ん。あっしっす。開けてください~」
「んん・・・・・・」
テッタの声で目が覚める。
ベッドから起き上がると、体が羽のように軽かった。
「わ。こんなに違うんだ。マリンの薬のおかげかな」
「シロノさ~ん」
「あ、は~い! ちょっと待って~!」
シロノは急いで着替えた。
「兄貴から伝言っす。あれ? もしかして寝てたっすか? もう昼っすよ」
「うん。ちょっと疲れちゃって」
「そうだったんすか。あ、これ昨日のオークっす。良かったら食べてくださいっす」
テッタは布の包みを開いた。
葉のものの野菜と肉がたっぷり入ったパンだった。
「わ~。おいしそう! ありがとう」
「いえいえ。オークって美味いんすね。ダッグの旦那が好きなのも納得っす。あ、それと『かなり稼いでるから2、3日は休みにする』だそうっす」
「ボク、狩りに行きたいよ」
「シロノさんは働き者っすね~。あっしらは休日を満喫するっす。ギルドに行けば何人かすぐ捕まるんじゃないすかね?」
「テッタ達ともうパーティ組んでるのに、他の人と組めるの? 抜けなきゃだめ?」
「抜けなくても組めるっすよ。というか、その辺はかなり適当っす。ひと仕事終えたら解散ていう感覚の人もいやすし、他のメンバーが動けない時に別の人と組んで稼ぐとか普通っす」
「そうなんだ。じゃあ、ギルドに行ってみるよ」
「了解っす。あ、パーティを組んだら職員の人にちゃんと申請した方がいいっすよ。やらない人の方が多いんすけど、兄貴は絶対やれって言うんすよね」
「ふうん。なんでだろ?」
「今度兄貴に聞いてほしいっす」
テッタは帰っていった。
シロノはまだお腹が空いてなかったのでオークサンドを鞄に入れ、ギルドに向かった。
今日は混雑していて、カウンターには何人も冒険者が並んでいる。
シロノはローブを着た若い女性に声をかけられた。
顔はローブのせいで口元しか見えない。
「ねえ、あなた暇? 遺跡に行くんだけど、どうかしら?」
「ボク、狩りに行きたいんだ」
「ならちょうどいいわね。遺跡は森のほうだから。途中でいくらでもできるわよ」
「そうなの? ボクは狙撃手」
「こっちは戦士の子と僧侶の私。あなたと3人ならバランスがいいわね」
「じゃあ、お願いしようかな。ボクはシロノ。よろしくね」
「私はソウラ。あそこに座ってる赤い髪の子がレッダよ」
ソウラが指さす方を見ると、赤い髪の女性が大きな剣をじっと見つめていた。
ソウラが呼ぶと、レッダがやってくる。
「レッダ、この子は狙撃手のシロノ。いいかしら?」
レッダはシロノをよく観察した後、静かに頷いた。
「それじゃ、さっそく行きましょうか」
「申請はしないの?」
「狩りくらいでいちいちしないわよ。それに今日は混んでるし。つまらないことで職員の人の手を煩わせないのも、冒険者の務めよ」
ソウラとレッダはさっさとギルドから出ていった。
シロノはテッタの言葉もあり少し迷ったが、ソウラ達の後を追いかける。
ソウラの案内で3人は森を歩く。
特に獲物は見つからないまま、開けた場所に出た。
石の台とそれを囲むように柱が5本立っている。
「ここが遺跡よ。その昔、悪しき魔神が封印された場所と伝えられているわ」
ソウラは石の台の上に腰をかけた。
「ところでシロノ。あなたよく狩りをするの?」
「うん。昨日はオークを狩ったよ」
「へえ」
ソウラの唇が吊り上る。
「レッダ、予定変更よ。この子は使えるわ」
「・・・・・・ああ」
「なんの話?」
「シロノ、ゆっくり振り向いてごらんなさい」
とっさにシロノは前に跳び、振り向き様に魔銃を抜いた。
目に映ったのは、剣を上段に構えたレッダ。
ヒュ、という風切り音が辺りに響く。
「え?」
ソウラは何が起きたのか理解できなかった。
倒れるレッダ。
妙な物を自分に向けながら近づいてくる、明らかに駆け出しの少女。
レッダから血が吹き出るの見て、ようやくソウラは事態を把握する。
「待って! 私はあいつに脅されていたの!」
「ふうん」
「ほんと! ほんとなの! 言うこと聞かなきゃ殺すって! 契約もさせられて逆らえなくて!」
「動いたら撃つから。あとちょっと黙って」
「!」
足を組んだ優雅なポーズのままソウラは硬直する。
現実は圧倒的にソウラの不利であるが。
(とは言ったものの、どうしようかな)
レッダは即座に撃てた。
きっと命の危険を感じたせいだとシロノは思う。
しかしソウラは判断に困る。
2人がグルなのは確実に思えるし、脅された云々はかなり怪しい。
ここで殺してもソウラの自業自得だと思うが、マシブや女騎士に突き出す方が正しい気もする。
(さっさと撃って、考えるのは後にしようかな?)
だんだん面倒くさくなってきたシロノだった。
(死にたくない、死にたくない、死にたくない!)
一方、ソウラは時間が経てば経つほど恐怖が強くなってく。
面倒だから、などという理由で殺されかかってるとまでは分かっていないが、シロノが自分に興味を失っていくのは本能的に感じ取っていた。
そんな時、ソウラの頭の中に少女の声が響く。
『助けてやろうか?』
(え? 助けて! 助けて! お願い助けて!)
『私がいる場所は安全だ。誰にも傷つけられない。その代わり自由に出られない。相手が交代すると承諾した時だけ出ることができる。それでもいいか?』
(交代する! するする! 今すぐ交代して!)
『感謝する』
ズン、と地面が大きく揺れる。
2人は耐えられず地面に倒れた。
石の台は、棺だった。
蓋が跳ね上がり、中から金髪の少女が現れる。
少女の体には何本もの鎖が巻かれている。
ジャラジャラジャラジャラ。
鎖は独りでに少女から離れていき、ソウラに絡まっていった。
ソウラは棺の中に引きずり込まれ、蓋が閉まる。
鎖が外れた少女は何も身に着けていなかった。
ほっそりとした体、整った顔立ち。
堂々と佇む様は気品さえ漂っている。
膝まで伸びた金髪が、風に吹かれてサラサラとなびいた。
「へっくち」
少女がくしゃみをした。
棺の蓋が開いて、ペッとローブが吐き出される。
「あ、すまん」
少女はいそいそとローブを着る。
「さすがに大きいか。まあいい。おい、そこのホムンクルス!」
「な、なに?」
「金か金目になる物を寄こせ。そうすれば見逃してやろう」
「えい」
シロノは撃った。
「いきなり撃つ奴があるか! ちょ、お、こら! 止めろ!」
「すごい。よく避けられるね」
「伊達に魔神なんて呼ばれてないわ! って、こら! しつこいぞ!」
「はーい」
シロノは魔銃を仕舞った。
「あ、食べ物とパンツならあるよ」
「食い物は分かるが、何故パンツなんだ?」
「はい」
オークサンド半分とパンツを渡した。
3枚あるうちで1番気に入っているものだ。
「おお! 美味そうだな」
「先にパンツ履いたほうがいいよ」
「そうか? ・・・・・・よし。いただきます」
「いただきまーす」
2人は棺の上に座ってオークサンドに舌鼓を打つ。
「おお、久しぶりなせいもあるが、かなり美味いな」
「ボクは初めて食べるけど、オークって美味しいね」
「これはオークか。噛んだ時に感じる浮遊感がたまらん」
「知り合いも同じこと言ってた気がする」
「ほう。そいつは美食家だな。この良さが分かるとは」
(犬なんだけど、言わない方がいいかな?)
「うむ。美味かった」
「ほっぺに付いてる」
シロノは少女の頬に付いたパン屑を取ってあげた。
「すまんな。それにしてもお前、妙に人間くさいホムンクルスだな」
「そうなの?」
「私の時代の奴らは『イエス、マスター』くらいしか言わなかったぞ。お前の主が天才なのか、技術が発展したのか知らんが」
「う~ん。たぶん技術が発展したんじゃない? あとボクの主人はボクだから」
「なに? お前野良か。よく生きてるな」
「まだ生まれて2日目だけどね」
「待て待て。それはありえんだろう」
シロノはマリンに説明したのと同じように、自分のことを話した。
「おい、名前はなんだ」
「シロノ」
「どこの馬鹿か知らんが、いらないと言うなら私が貰ってやる!」
「へ?」
少女は立ち上がり、手のひらを広げた。
青い魔法陣が浮かび上がり、シロノの額に押し付ける。
「我はリブ。シロノの主である」
「・・・・・・」
「いや、そこは『イエス、マスター』と言うところだろ」
「そうなの? えと、よろしくね、リブ」
「・・・・・・まあいいか」
少女、リブは両手を差し出す。
「ん」
シロノは首を傾げる。
「おんぶだ」
「リブ。魔神のイメージが崩れてくんだけど」
「シロノは私に裸足で歩けと言うのか?」
「あー。さっきまですっぽんぽんだっけ」
シロノはリブを背負ってやった。
思っていたよりずっと軽い。
これなら余裕だ。
「シロノ。そこに転がってる剣も持ってくぞ。売れば幾らか金になるだろう」
「お、重・・・・・・リブ、『浮遊』かけて」
「そんな器用なことはできん」
「えー」
剣と少女を背負いながら、シロノはえっちらおっちら街へ戻ったのだった。