07 オーク狩りの後 後編
「お客様、着心地の方はいかがですか?」
「すごくスースーします」
何も履いてないような錯覚を覚える。
「皆さん初めはそうおっしゃいますが、すぐ慣れますよ?」
「うーん」
シロノは試着室を出た。
店員が「足が細い」、「生足も有りですね」など言っている間、シロノは魔銃を構えたり、跳んだり走ったりして生まれて初めてのワンピースの感触を確かめていた。
「うん。気が散って仕方ない。ボクにはまだ早いかな」
モンスターの隙を作るためとはいえ、これでは自分の集中力が落ちてしまう。
一方、シロノの言葉に店員は慌てた。
「とてもお似合いですよ。ええ、もう本当に。これから暑くなりますから、涼しいくらいが丁度良いかと」
「店員さん。動きやすさを優先して上着は長袖、ズボンは短パン、森を歩くからケガをしないようなブーツとか無いですか?」
「もちろんあります! 少々お待ちください!」
今度の服は長袖の白いシャツに短パン、そして膝上まである黒い靴下だった。
細長い筒と小さい鞄が付いたベルトも渡される。
「綺麗な足のラインを維持しつつ、身軽な服を選びました。ベルトはサービスです」
試着して見ると、かなり具合が良い。
1通り動きを確認して、問題がないことを確かめる。
「これ3着ずつ買います。あと赤いパンツも3枚買おうかな」
「パンツだけ、ですか?」
「投げればいいかなって思って。それなら履いているのを見せる必要もないし」
「な、なるほど……」
罠にも使えるかもしれないしと思ったが、敢えて口にはしなかった。
さっそく買った鞄にパンツを仕舞い、鞘に魔銃を差す。
「お買い上げありがとうございました!」
服屋の次はギルドへ向かった。
今まで狩りしかしてないが、冒険者は他にどんなことをするのか気になったのだ。
ギルドの中は閑散としていて、カウンターに筋肉達磨ことマシブがいるだけだった。
「おはようございます、マシブさん」
「おう、おはよう! どうしたシロノ。何か相談か?」
「はい。冒険者について教えて欲しくって」
「そんじゃ、茶でも飲みながら話すとするか」
マシブはカウンターの奥に引っ込むと、ティーポットと木のコップを2つ持ってきた。
カウンターではなく、テーブル席に座る。
「ゲスールに聞いたが、さっそく活躍してるみたいだな! オークまで狩っちまうとは大したもんだ! さて、冒険者にも色々あるんだが、大きく分けると3種類に分かれる。狩りをする奴、お宝を集める奴、人助けする奴だ」
「人助け、ですか?」
「おう。商人の護衛とか悪さする山賊退治とかだな。護衛は移動のついでにやる奴が多い。だが気をつけろよ。モンスターならまだいいが、山賊が襲ってくる時はかなり危険だ。よっぽどじゃない限り、確実にやれると判断した上で襲ってくる」
「やっぱり殺されちゃうんですか?」
「普通は身ぐるみ剥いで終わりだ。皆殺しすれば誰にもバレないと思ってる奴がいるらしいが、殺された方の家族や友人が不審に思うわな。結局賞金がかけられて、そういう奴は長生きしない」
「なるほど……」
「あと、山賊の間では"月刊山賊"って本が出回ってるらしい」
「はい?」
「俺も現役だった頃一度だけ『先月号の今熱い男第1位のマシブさんですよね! サイン下さい!』って言われたことがある。すぐ仲間が飛んできて、引っ張り戻されてたけどな」
「へ~。そんな本があるんですか。ちょっと読んでみたいな」
「もし手に入ったら俺にも読ませてくれ。あ、山賊になるとかはナシだぞ? 次はお宝のことを話すか」
マシブはそこで一旦お茶を飲み、いたずらっ子のように微笑んだ。
口を開きかけたところで、ギルドのドアが開いて冒険者が入ってくる。
「すまん。また今度な」
「いえ、ありがとうございました」
マシブはカウンターに戻った。
残ったお茶をのんびり飲んだ後、シロノはギルドを出る。
(これからどうしよう)
シロノはしばらく街の地図が書かれた羊皮紙を眺めたり、道を行き交う人々を眺めた。
ギルドに来るまでは色々な物に興味を引かれていたのだが、何故か今は何も感じない。
なんとなく体が重くなったような気もする。
(なんだろうこの感じ。マナ切れとは違うんだけど……)
シロノは初めて感じる妙な感覚に首を傾げた。
「あっ、姉ちゃん!」
ゆるりと視線だけ向ける。
声の主は昨日道案内をしてくれた男の子、レムだった。
「服が違うから分からなかった。似合ってるじゃん」
「うん……」
「なんか元気ないなー。どうしたんだよ」
「分かんない……」
自分はマナの回復力が遅いのか?
もしくは十分な睡眠がとれなかったせいでマナが回復していないのか?
この感覚はマナ切れの前兆では? とシロノは考え始めていた。
「なんかあったんだろー。怒られたとかさ」
「うーん。仲間が張り切っちゃって、あんまり寝れなかったせいかなぁ」
近くの何人かが驚いた顔で振り返った。
シロノが不思議に思って見返すと、慌てて視線を逸らされる。
「……? それで、早朝からオークを狩って、服選んで、ギルドで話を聞いたんだ」
「眠いんじゃない? 朝早かったんなら」
「眠くはないよ?」
「じゃあ疲れてんじゃない? 狩りって大変って聞いたし」
「『つかれてる』……『つかれてる』って何だっけ。知ってるけど、すぐ出てこない」
「え?」
シロノは頭の中を探ってみた。
疲れ。
体力を消耗してその働きが衰えること。
ホムンクルスの体力は優れていない場合が多い。
(これが『疲れ』? 初めてだから分からないよ)
なんとなく、手のひらを開いたり閉じたりするのを繰り返してみた。
しばらくニギニギしてみるも、答えは出ない。
「姉ちゃん、大丈夫? なんか様子が変だよ?」
「うん……」
「ちょっと変わった知り合いが良い薬持ってたはずだから、案内するよ。今の姉ちゃん、なんか放っておけねー」
レムはシロノの手を取って歩き始めた。
人の多い道から人気のない裏路地に進み、民家の影になった薄暗い通りに入っていく。
通りはとても静かで、人がいなかった。
「ごめん、レム。もう少しゆっくり……足が重いよ」
「分かった。もうちょっとで休めるからさ」
「うん」
レムは慣れた様子で歩いていき、3つ目の角を曲がる。
しかし、その先はただの行き止まりだった。
「ここで休むの?」
「ぶー。はっずれー」
レムはにっと笑い、シロノを壁に押し始めた。
とっさに踏ん張るものの、意外に強い力に負けて押され続ける。
目の前まで迫ってきた壁に手をつこうとすると、あるはずの感触が無く、すり抜けてしまった。
「え?」
何が何だか分からないまま、シロノは壁の中に押し込まれた。