52 アンヌヴンの魔法使い3 それぞれの闘い
金髪の少年、マステマは突然眼鏡が飛んでいったせいで、茂みから飛び出してきたラグネルに反応することができなかった。
脇腹を強かに剣で打たれる。
「何者だい。僕は急いでいるんだ。用なら後にしてほしいね」
脇腹をさすりながら、不機嫌そうに言うマステマにラグネルは眉を寄せる。
「今ので顔色ひとつ変えないかい。可愛いからって手加減してると、こっちが危ないかもねぇ」
「水よ。集いて来たれ。我を高みへ。氷柱」
マステマの足元に青白い魔法陣が浮かぶと、氷の柱がマステマを乗せながら空へ伸びていった。
5m程の高さから、マステマはラグネルを見下ろす。
「最後の警告だよ。引かないなら『氷の矢』100本のつるべ撃ち……」
キン。
ラグネルは斜めに氷の柱を切断した。
マステマは体が傾き、浮遊感に包まれる。
「やれやれだよ」
剣を振りかぶって待ち構えるラグネル。
詠唱を始めるマステマ。
「水よ。集いて来たれ。凍てつく刃となりて敵を貫け。『氷の矢』、20本!」
氷でできた矢が次々と発射される。
ラグネルは気だるげに歩いて矢を避ける。
最後の1本は手で掴み取り、マステマに投げた。
首に飛んできたそれを、体を捻ってなんとか避ける。
無理な体勢になったせいで、マステマは背中から地面に叩きつけられた。
全身を走る衝撃に息が詰まる。
耳鳴りがして、音が聞こえない。
起き上がろうにも、体がうまく動かない。
視界に映るラグネルが、胸に剣を振り下ろす。
「がふっ」
「……はぁ、気が滅入るねぇ。戦場に子供は来ないで欲しいよぉ」
ラグネルは剣を抜いて鞘に収める。
そして、マステマをそっと抱き上げた。
「ここじゃ動物に食い荒らされちゃうから、せめて見晴らしのいい、綺麗な場所に葬ってあげるよぉ」
森を走りながら、ダッグはミラルダに話しかける。
「あと10メートルだ。準備はいいかね?」
「もちろんだ。あんたはいいのか?」
「私かね? ふむ。言われてみれば武器がないな」
「おいおい」
「仕方ない。君の鞘を貸してもらえるだろうか。棒の代わりくらいにはなるだろう」
「その手で持てるのか? まあ、いいけど」
ミラルダは走りながら腰の鞘を外そうとして、木にぶつかった。
「何を遊んでいるんだ」
「いてて……ほら」
ミラルダはぶっきら棒に鞘をダッグの顔の前に突き出す。
ダッグは鞘の先にかぶりついた。
「あうあう」
「なるほどな。咥えるのか」
ガサガサと音がした。
ミラルダとダッグは息を潜めて、音のする方を見る。
「まったく! せっかく千まで数えたというのに。あの眷属め、不良品を渡しおって!」
長髪の男、エリトがズカズカと大股で歩いてくる。
お互いに目配せをし、一斉に飛び出した。
「な?!」
エリトが驚いている間に、ダッグが股間に必殺の一撃をお見舞いする。
「わうっ(股間・粉砕打!)」
「!!」
エリトは目を見開き、ビクッと跳ねた。
ミラルダは背後に回り、首を絞める。
「が……あ……」
股間を押さえたり、首に手をやったりと忙しいエリト。
しばらくすると、エリトは白目を剥いて気絶した。
ミラルダはダッグから鞘を受け取り、剣を収める。
「何故斬らなかったのかね?」
「あんたも雄なら分かるだろ? 可哀相すぎるから、せめて痛みだけでも感じなくしただけさ」
「手応えはあった。運が良ければ、片方くらい残っているだろう」
「止めてくれ。想像しちまうだろ」
「ふむ。すこし悪ふざけが過ぎたか。ミラルダ君。今のうちにこの者を縛ってしまおう」
「分かった。ところで、魔法使いは口も縛っておけばいいのか?」
「この男の力量しだいだ。無詠唱という技術がある。急いで運んで、シロノ君の魔銃でマナを吸い取ってしまうのがいいだろう」
エリトが無残な目にあっている頃、ミーノスは目深に三角帽子を被った男と対峙していた。
「アンヌヴンの魔法使いだな?」
「はっはっは。これは珍しい。資料にあった、合成獣の生き残りかな? おっと、知性も高そうだ。せっかくだからお互い自己紹介といこうじゃあないか。私は収集家。珍しい物が大好きなのさ」
「我らの神を狙って、何度か侵入した者だな。我はミーノス。迷宮の主にして、女神イオの眷属。悪いがここで死んでもらう」
収集家は古びた分厚い本を取り出すと、パラパラとページを捲る。
「あー、炎の女神か。火は3柱も所蔵しているよ。はっはっは!」
「何……?」
「出自が不明だったので興味があったが、火はもういらないな。まだまだ欲しい物はあるんで、他に行かさせてもらうよ」
帽子のつばを指で弾く収集家。
ミーノスは杖を掲げて呪文を唱える。
収集家は地面を踏む。
2人の間に紫色の魔法陣が浮かび、一体のオークが召喚された。
ミーノスはオークに魔法を放つが、オークに当たると、パンと弾けてしまう。
「はっは! どうだい、素晴らしいだろう! これは最近手に入れた逸品でね、世にも珍しい『マナ喰らい』だ!」
「くっ」
ミーノスは火、氷、風と魔法を繰り出すが、オークに傷ひとつ付けられない。
「無駄無駄。『マナ喰らい』は魔法使いの天敵。触れただけで相手のマナを吸い尽くす化物さ」
オークは拳を構える。
「マスター。ご命令を」
「待機でいいぞ、『マナ喰らい』。さてミーノス君。君の魔法は封じられたわけだが、まだ続けるかい? 尻尾を巻いて逃げるなら、見逃してあげてもいいよ? はっはっは!」
「……」
ミーノスは竜巻を起こした。
土が巻き上げられ、辺り一面土煙に覆われる。
煙が晴れると、そこにミーノスの姿はなかった。
「うんうん。頭の切れる相手は楽でいいね! さて、次は何を手に入れようか。神の類は被ることが多いから、遺物にでもしようかな?」
「イエス、マスター」
「お! ノリがいいね! じゃあ遺物にしよう!」
収集家とオークは、ズブズブと魔法陣の中に吸い込まれていった。




