51 アンヌヴンの魔法使い2
転移した先は森の中だった。
儀式のための魔法陣と、氷漬けの青年がいるだけで、他には誰もいない。
「ミーノスさん、ここで合ってるの?」
「うーむ。そのはずなのだが……」
「好都合だ。さっそく召喚陣は消してしまおう」
魔法陣を踏みつけようとするリブを、ミーノスがひょいと抱き上げる。
「ただ消すだけでは、奴らはどこかでもう1度魔法陣を描けばいい。ここはこの魔法陣を利用して、魂を使い切ってしまおう」
ミーノスは焼肉の小箱をシュナに渡す。
「すまんが持っていてほしい」
「……ん」
ミーノスは杖の先で魔法陣に手を加え始める。
「けっこう良い匂いがするね」
「……ん」
シュナは切り株に腰を下ろし、足をパタパタさせる。
シロノはその横に氷の柱を倒し、腰を下ろす。
「……シロノ、冷たくないのか?」
「大丈夫だよ。リブも座ってみなよ」
「ふーむ……『氷柱』かと思ったが、別の魔法のようだな。まぁ、座れるならいいか」
そう言って、リブはシロノの膝に座る。
「婆さんも座ったらどうだい」
「馬鹿言っちゃいけないよぉ。すぐに敵さんが来るかもしれないんだ。問答無用。敵・即・斬、だよぉ」
ラグネルが剣を抜く。
すらりと流れるように鞘から抜かれた剣は、舞い落ちてきた木の葉を真っ二つに切り裂いた。
「ほい」
2つに別れた木の葉を、ラグネルはさらに斬って4つに分ける。
ミラルダは呆気に取られた。
「……婆さん、昔より強くなってないか?」
「魔物と戦うだけが強くなる道じゃないんだよ。剣に語りかけて、1つになる。力だとか技だとかの先の領域に、あんたも早く来るんだねぇ」
「剣に語りかける、ねぇ」
ミラルダは胡散臭そうに自分の剣を眺める。
「リブ、ちょっといい?」
「ん? あぁ、別にいいぞ」
リブは膝から下りた。
シロノは立ち上がり、空に手をかざす。
ドラゴンを象った紋章が浮かび上がる。
「『一なる刃』!」
14本の牙が紋章から飛び出し、光の玉になって1つになる。
光の玉は大きくなり、まず、握りらしき棒状の部分がずるりと出てきた。
続いて現れる刀身は、シロノの胴体ほどの幅があり、長さは1メートル弱。
長方形のような刀身は白く、刃にあたる部分はガラスのような素材になっている。
不思議と重さは感じない。
シロノは剣を両手で持ち、意識を集中した。
(えーと、話しかけるんだよね……なんて話しかけよう……おーい)
――なんとなく聞き覚えのあるような……どちら様でしょう?
(わ。ほんとに剣と話せた!)
――あ、母上と一緒にいた……シロノ、だったか。剣というと「一なる刃」を使っているのか? 悪いが、我は本体の方だ。
(そうなんだ)
――そなたに贈った牙は役に立っているか? 強さによるが魔物を千も倒せば、我が炎「紅蓮」の真似事もできるようになるだろう。我が側にいられない分、牙で女神を守って欲しい。
(魂でもいい? 魔物大発生で死んだゴブリンのなんだけど)
――問題ない。ゴブリン程度ではあまり足しにならんだろうが。
(ありがとう。ちょっと聞いてみるね)
――成功を祈る。
シロノは目を開けた。
ダッグがじっと見上げてくる。
「シロノ君、刃の透明な部分が赤く明滅していたが、それは魔剣の類なのかね」
「ドラゴンに譲ってもらった牙でできてるの。今、そのドラゴンと話してたところ」
「……マイア、元気だった?」
「うん。シュナのこと守ってほしいって言ってたよ」
「……そっか」
シロノは魔法陣を見下ろしているミーノスに、「一なる刃」に魂を使えないか尋ねた。
ミーノスは「一なる刃」を手に取ると、にやりと微笑んだ。
「ちょうど良い。ドラゴンの牙とはまさに打ってつけだ。すぐに取り掛かろう」
ミーノスは魔法陣の中央に剣を置く。
「万の血肉と魂よ、剣に宿りて糧となれ!」
カッ。
魔法陣が光った。
「一なる刃」は特に変化はないようだ。
しかし、シロノが剣を拾うと、頭の中に呪文が流れ込んできた。
(マイア、マイア)
――成功したか?
(『灼熱』って何? 『紅蓮』みたいなの?)
――ああ、それは便利だぞ。燃やすのではなく、熱することができる。冷めたお茶を沸かし直したり、鉄板などを熱して、肉を焼いたりもできる。
(そ、そうなんだ。ありがとう)
区切りの良いところで、シロノはマイアとの念話を切った。
ダッグが小さく吠える。
「ふむ。魔法使い3人とよく分からん男が大急ぎで近づいてくる。どうやらこちらに気付いたらしい。4方向から1人ずつだ」
「それなら私は南に行くとするよぉ」
ラグネルは言うや否や、走り出した。
「私は帽子の男をもらおう。ダッグは若造を頼む」
ミーノスは東へ向かう。
「リブ君、ミラルダ君を借りてもいいかな?」
「いいだろう。連れて行け」
「ありがたい」
ダッグとミラルダは西へ。
「ボク達は北だね」
「いや、ここで向かえ討とう。ここならそこそこ広い。木などの遮蔽物がない分、魔銃も効果的だ」
「相手の魔法も避けれないけど」
「そこに転がっている男を盾にすればいい」
「……重い。シロノ、手伝って」
全身鎧に身を包んだシュナが、氷の塊を持ち上げようとしては、ゴトリと落としている。
2人で協力して立たせたところで、身なりの良い男が茂みから飛び出してきた。
「そこで止まれ。妙な動きをすれば殺す」
男は両手を上げる。
「勘違いしているようだが、私は魔法使い達の仲間ではない。ゴベローン様に仕える眷属だ。供物の魂も消えた。魔法使いどもに貸した道具を回収したら、さっさと帰らせてもらう」
「嘘ではないという証拠は?」
「羊皮紙に『契約』をしよう。眼鏡と黒檀を3つずつ『取り寄せ』たい。それ以外はしないと誓おう」
「……良いだろう。見ての通り、こちらには狙撃手がいる。変な考えは起こさないことだ」
男は懐から羊皮紙を取り出し、さらさらと文字を書いていく。
指を切って血の母印を押すと、羊皮紙を投げて寄こした。
シロノはナナで羊皮紙を空中で巻き取り、引き寄せる。
羊皮紙には男の宣言通りのことが書いてあった。
「確認した」
「では……『取り寄せ』!」
しばらくすると、風を切りながら眼鏡と黒檀が男の手元に飛んできた。
「ひい、ふう、みい……確かにあるな。それでは失礼する」
煙と共に、男は姿を消した。




