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50 アンヌヴンの魔法使い1

 森の中心にあたる場所で、魔法陣を囲んで呪文を唱える者達がいた。


「来たれ、旧き神ゴベローンよ」


 黒いフードに身を包んだ長髪の青年。


「万の血肉と魂をもって、汝を称えん」


 目深に三角帽子を被った痩せた男。


「ったくよー、まだ呼び出せねぇのかよー」


 切り株に座り込んでいる、短髪の戦士風の青年。


「仕方がないよ。名指しで呼びかけても、滅んでいたりするからね。他にも供物が気に入らなければ、呼びかけに応じてくれないんだ」


 短髪の青年に淡々と説明する、金髪の美少年。

 青年は立ち上がって尻を揉む。


「神が斬れるっつうから来たんだぜ? 予定変更だとか言って1時間も森の中走らされるわ、邪魔な木を切り倒させられるわ。これで何も出なかったらどうしてくれんだよ」

「言い出したのはエリトだからね。彼に文句を言ってほしいかな」


 青年は少年のことをジロジロと舐めるように見る。

 短パンから伸びた、程よく引き締まった細い脚。

 小ぶりな尻、背中へと視線は上がり、うなじへ移る。

 ふわふわと柔らかそうな金の髪。

 睫毛が長く、少女のような顔。

 青年はぺろりと唇を舐める。


「よく見りゃ良い体つきしてんじゃねぇか、マステマ。どうだ。あんな奴ら放っておいて、ちょっとあっちで楽しまねぇか」

「そうはいかないよ、ブレイド。僕は彼らのお目付け役として来ているんだ。相手なら後でしてあげるから、今は儀式が終わるのを待ってくれないかい」

「……一応、確認しとくが、夜の相手のことだぞ」

「ああ……そっちかい。悪いけど、僕は男に抱かれる趣味はないよ。戦闘狂バトルジャンキーって聞いてたけど、そういうことなら離れてくれないかな」

「見るぐらいいいだろ? 減るもんじゃねえし」

「穢された気分になるから止めてくれないかい」


 カッ。


 魔法陣が光った。

 中央に、眼鏡をかけた身なりの良い男が立っている。

 長髪の青年、エリトが語りかける。


「私はエリト。私の呼びかけに応えて現れたお前は何者だ?」

「私はゴベローン様に使える眷属が1人。魔法使いよ。主に何の用だ」

「主を出せ。直接話をしたい」

「知り合いでもないのに、いきなり会わせろとは笑止。礼儀も知らぬ下賤の者を、主に会わせる訳にはいかぬ」


 背を向ける男に、エリトは慌てる。


「待ってくれ。こっちは何万というゴブリンを用意したんだ。せめて顔くらい見せてくれてもいいだろう」


 エリトの言葉に、男は辺りを見回した。

 そして肩をすくめ、懐から羊皮紙と先が尖った黒檀を取り出す。


「確かに、ゴブリンの魂が数えるのも嫌になるほど転がっている。その努力に免じて、主にお会いになるか聞いてみよう」

「おお! 頼む!」


 男は黒檀の先をちょんちょんと舌に付け、羊皮紙に字を書き始めた。


 カリ、カリ、カリ……。


 顔を上げ、遠くを見つめ、また書き始める。


 カリ、カリ、カリ……。


「……何をやってるんだ?」

「召喚の文言に万の魂とあった。誤魔化していないか、数えているところだ」

「誤魔化してなどいない!」

「昔そう言って、8千しかなかったことがあった。以来、数えるようにしている。なんなら、手伝うか?」


 男は眼鏡と黒檀をもう1式取り出した。

 怒鳴りつけようとするエリトの首に、冷たい感触がした。

 首筋に剣が当てられていた。


「もちろん手伝うよなぁ? エリトさんよぉ。俺は気が短いんだ。これ以上待たせるとか言わないよなぁ?」

「傭兵風情がこの私に偉そうに命令をするな!」

「まぁまぁエリト。僕も手伝うからさっさと済ませよう。おじさん、僕らの分もあるかい」

「おじさん……予備はあるが、剣士は手伝えんぞ。マナを消費しながらの作業になる」

「よっしゃ! マステマ、待ってる間はお前の体で目の保養をさせてもらうぜ」


 マステマの額に青筋が浮く。


「水よ。集いて来たれ。氷となりて彼の者を縛れ……いや、邪悪なる者に永遠を。氷の棺!」


 ブレイドは全身氷漬けにされた。

 マステマは氷の塊をごりごり動かして、明後日の方に向ける。


「君も手伝うよね、収集家」

「ハッハッハ。もちろんだとも」


 4人は東西南北に分かれて作業を始めた。

 しばらく森には、カリカリという音が響き続けることになる。




 一方その頃、街の外では一部の冒険者達がひそひそ話をしていた。


「おい、牛が服着てるぞ」

「寝ぼけてんじゃねぇか? ……うわ、本当だ」

「ばっか、よく見ろ。仲間と普通に喋ってるじゃねえか。被り物かなんかだろ、きっと」

「杖持ってるな……魔法使いか?」

「あいつら変な奴多いしな……あっ、どさくさに紛れて肉取ってんじゃねえよ!」

「へへーん」


 冒険者達はすぐに興味を失って食事に戻っていった。

 この牛、もちろん転移してきた迷宮の主、ミーノスである。


「リブ殿。そういう訳で、ぜひ力を貸してはくれまいか」

「相手は何人いるんだ?」

「魔法使いが3人、剣士が1人」

「意外と少ないな。交渉に失敗したら、最悪戦いになるんだが……余程自信があるのか、召喚だけして、街にけしかけるつもりか?」

「リブ、お肉焼けたよ」


 シロノが焼肉の串を渡してくる。


「すまんな……はむ……もぐ……お前も食べるか?」


 ミーノスは首を横に振る。


「食い意地の張った侍女がいてな。私だけ食べて帰ると匂いを嗅ぎ付けて、拗ねるのだ」

「じゃあ、何本か包むっすか? 肉はまだまだたくさんあるっす。ミーノスさんも食べていってくださいっす」

「ふむ……そういうことなら、せっかくなので頂こう」


 テッタは木箱に焼けた肉を串から外して詰め始めた。

 その横には、シイフに撫でられてひっくり返っているダッグがいる。

 ミーノスは白い目で見るが、ダッグはピクピク悶えるだけだ。


「それで、どうだろうか」

「高位の悪魔でも召喚されたら面倒だ。呼び出す前に絞め上げて、目的を吐かせよう」

「助かる。では、さっそく転移しよう」

「あ、もうお帰りっすか? はい、これお土産っす」

「う、うむ。すまんな」


 ミーノスは布に包まれた木箱を受け取る。

 リブは一緒についてこようとするシロノを止めた。


「そろそろ寝る時間だろう。屋敷に戻って先に寝ていろ」

「大丈夫。ぜんぜん眠くないから」


 リブはシロノの手を握ってみる。

 普段よりもかなり温かかい。


「……眠いんだろう。体が寝る体制になっているぞ」

「えー。まだ起きていたいよ」

「はぁ……焚き火で興奮してしまったか。シュナ、何か気を静める魔法は使えないか?」

「……今は、忙しい」


 ジュッ。


 シュナは焚き火から赤くなった小石を引っ張り出しては、水をかけて遊んでいた。


「お前もか……仕方ない。シュナも来い。夜風にあたって少し落ち着け。今夜漏らしても知らんぞ」

「…………ん」


 名残惜しそうに、シュナも焚き火から離れる。

 ミーノスの周りに、ミラルダとラグネルもやって来た。


「婆さんも行くのか? 戦力になるから、ありがたいけど」

「久しぶりに手がうずいちゃってねぇ。あれっぽっちじゃ足りない、足りない」

「婆さん、結構危ない性格だったんだな……」

「他にはいないな? では転移する。私から離れないように……ダッグよ、いつまでそうしているつもりだ。行くぞ」

「ふむ。バレたか」


 すっと起き上がり、ミーノスの元に駆け寄ってくる。

 赤い魔法陣が浮き上がり、シロノ達は転移した。

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