49 魔物大発生4
第二波に備えて休憩していると、再び学院から念話が飛んできた。
――学院よりご連絡します。北北西に約1万。南西に約2万の群が接近中。防衛線の維持は困難と判断します。
「負ける時は、あっという間だったね」
「……ん」
シュナは全身鎧を解除して、ワンピース姿になる。
誰もが浮き足立つ中、念話は続く。
――緊急事態のため、学院の異端児、花屋の看板娘ことフラウさんの魔法兵器を使用したいと思います。
空に温和そうな女性が映し出された。
手にはボタンのような物を持っている。
――すいっち、おん。皆さん初めまして。黒いあいつを根絶やしにようの会、会長フラウです。今回は長年研究してきた……。
女性、フラウは装置を作るきっかけや、魔法理論を語り始めた。
シロノはミハエルに知り合いか尋ねた。
「学年は俺より上で、話したことはないんだけど、とにかく派手な人だったよ。魔力は歴代の卒業生の中でも指折りなんじゃないかって言われてた。学院の頃は魔力を暴発させて、研究所とかよく吹き飛ばしてたっけ」
「なんか凄いですね。なら魔法を使うんですかね。魔法兵器って言ってましたけど」
「魔力を分散させて、千の魔法具を同時に使用するんじゃないかな? 『同調』と『拡散』をどうたらって言ってるし」
――このように、ゴブリンの核に私の魔力を同調させ、一気に暴走させます。すると、あら不思議。体内のマナが荒れ狂い、森一帯のゴブリンは木っ端微塵になるわけです。
「……この女、大人しそうな顔して、やることがエゲツないな」
「わ。のんびり話をしてていいのかな。ゴブリンの死体、爆発しない?」
「さすがに味方まで吹き飛ばさないだろう」
「フラウ先輩も卒業してからは爆発騒ぎを起こしてないからなぁ。さすがに大丈夫だと思うんだけど」
――それでは、論より証拠とも言いますし、装置も温まってきたので始めたいと思います。あ、念のためゴブリンには近よらないでくださいね……はぁ!
フラウは水晶玉に手を置いた。
掛け声とともに、水晶玉が眩しく光る。
土塁代わりにしていたゴブリンの死体が、バリッと音を立てた。
前線の方からはあちこちから悲鳴が聞こえてくる。
「リブ……バリって、嫌な音が聞こえたよ?」
「あの女、見境なしか。恐らく死んで時間が経っていたおかげで体内のマナが薄れていたんだろう。前線の方は……惨いな。破裂したんだろう。血と内臓を頭から被ったようなのが何人もいる」
「うわぁ」
――以上、フラウでした。あ! 花屋サフラン、よろしくお願いしまーす。
笑顔で両手を振るフラウ。
空の映像はそこで途切れた。
「これで終わったのかな。森一帯のゴブリンが破裂したんでしょ?」
「森全体を『遠見』で確認でもしない限り、断言はできないな。オーガも残っているし、他にも街にやってくるかもしれん」
「そっか……シュナ、念のためにもう1度鎧を着たほうがいいよ」
「……ん」
とある洞窟の中、オーク達が身を小さくし、息を潜めていた。
仔オークは母親にしがみつき、鼻をすすり上げる。
「ピィィ(お母ちゃん、怖いよぉ)」
「ピギ~(よしよし、大丈夫だよ。守り神様もいらっしゃるからね)」
母オークは洞窟の入り口を見る。
自分達をゴブリンの群から救い出し、ここまで導いてくれた古い言い伝えそっくりの姿をした獣……クリーム色の大型犬が寝そべっている。
村長の老オークが大型犬に話しかけているようだ。
「ピギィ(聖獣様……我等はこれからどうすれば良いのでしょう)」
「ワウ(希望を捨てず、協力しあい、村を再建するのだ。仔を増やし、栄養のある食事を摂り、適度に運動をする。体は清潔にしなくてはならない。目に見えない病魔から身を守る、確実な手段なのだから)」
「ピギィ(聖獣様、お名前をお聞きしても?)」
「ワウ(我が名はダッグ。オークを愛する者)」
「ピギィ(なんと……戦士を天に導く神の御使い様でございましたか。オークが危機に瀕した時、現れるという言い伝えは真でしたか……)」
感動に震える老オーク。
ダッグはそんな老オークを見ず、丸々とした仔オークをじっと見つめている。
ぽたりとよだれが垂れた。
(おっと、いかんいかん。さて、外の様子は……ふむ?)
「遠見」で外をじっくりと観察したダッグは立ち上がり、洞窟の入り口に前足をかける。
「ピギィ? (聖獣様、まだ外には子鬼どもがひしめいております。今開けるのは不味いのでは?)」
「ワウ! (皆、安心して欲しい。子鬼の危機は去った。我等は生き残ったのだ!)」
入り口を塞いでいた岩を退かす。
満天の星空と、満月に照らされた森。
溢れかえっていたはずのゴブリンの姿はなく、そこにはいつもの森が待っていた。
オーク達から歓声の声が沸き上がる。
「ワウ(老人よ、私は行かねばならない)」
「ピギィ(聖獣様……どうか我らの村にずっといてくださりませんか?)」
「ワウ(それは無理だ。私と君達は決して相容れない者。次に会う時があれば、それは天に連れていく時だろう)」
ぽたぽたと、よだれが流れ落ちる。
ダッグは老オークの制止を振り切って走り出した。
「ふむ。オークに囲まれて過ごすとは、久しぶりに貴重な時間を過ごすことができた」
オークの集落があった場所に辿りついた。
村は滅茶苦茶に荒らされており、ゴブリンの死体が幾つも転がっている。
「しかし、妙ではある。あれだけのゴブリンが忽然と姿を消すとは……それに、森に蔓延する血の匂い。奴らの仕業にしては、おかしな点が……仲間割れでもしているのか?」
ダッグは村を見回す。
ふと、ゴブリンの死体が減っていることに気付いた。
首を傾げる。
周りに自分以外の気配はない。
ゴブリンの死体を調べようと近づくと、ぼろぼろと、死体が崩れ始めた。
死体は地面に溶けていき、消えてしまった。
「何が、起きている?」
死体があった地面を掘ってみるが、何も出てこない。
「今宵は良い夜だな」
「?!」
振りえると、ローブを纏い、赤い宝石がはめ込まれた杖を持ったミノタウロスが立っていた。
「我が名はミーノス。迷宮の主だ」
「我が名はダッグ。オークを愛する者」
「ダッグか。そなた、その身に宿す過剰な魔力、ただの犬ではあるまい?」
「それはお互い様だろう。私に何か用か、迷宮の主よ」
「我らの神に手を伸ばす不埒者が、ようやく尻尾を出したのでな。少し掃除をしにきたのだよ。そなたも来るか? 飼い犬に噛み付く絶好の機会になるぞ」
「……ふむ」
ダッグはじっとミーノスを見つめる。
肌に感じる威圧感は、オーク・キングのそれより強く、リブに前足を折られた時よりは弱い。
つまり、相手は臨戦態勢。
返答次第では即座に魔法で撃ち滅ぼされる。
「……邪魔はしないから放っておいて欲しい、と言ったら?」
「久しぶりに出会った同類だ。出来るなら、友になりたい。しかし、あちらの側の可能性があるのなら、ここで……」
杖が禍々しく輝き始める。
ダッグはさっと地面に伏せ、じーっとミーノスを見上げてみた。
「なんの真似だ?」
「やはり人間にしか効果はないか……仕方あるまい。手伝おう……言っておくが、私は最初こそ恨んだが、アンヌヴンの悪餓鬼達には今は感謝している。永い間、美味い物を食べることができるようになったのでね」
「自由の身というやつか。迷宮の主などやっていると、羨ましく感じる」
ミーノスは杖を掲げる。
足元に赤い魔法陣が浮かび上がる。
「ちと飛ぶぞ。何やら善からぬモノを呼ぼうとしている」
「何を召喚しようとしているのかね?」
「さてな。万の命と引き換えだ。ろくなモノではあるまい」
ダッグはミーノスから杖をひったくった。
「何をする!」
「おっおお……ぺっ。こっちの台詞なのだが。そんな化物がいる死地に、さらっと連れて行こうとしないで欲しい」
ミーノスはすぐに杖を拾う。
「洗浄」と唱えてよだれを消す。
「迷宮の主なら、部下が大勢いるのではないかね? 何故連れて来ない」
「そうは言うがな、我らの因縁に他のものを巻き込むわけにはいくまい」
「だが……しかし……」
「このままでは犬死、か?」
「私が言うと微妙だから黙っていたのに……ふむ。気は進まないが、魔神に助けを求めるのはどうか」
「この地に封じられた魔神のことか? 封印を解いている暇などないが」
ダッグはミーノスに魔神は解き放たれていることと、外見について説明した。
「む? それは、リブという冒険者のことか?」
「そうだ」
「なるほど。通りでやたら貫禄のある子供だと思った……封印された年代からして、悪餓鬼どもとは縁はなさそうだが……あの者ならば信用できるか」
「彼女は恐らく、街の外にいるはず」
ミーノスは懐から護符を取り出す。
手をかざし、呪文を唱える。
「……以前会った時に渡した護符の位置が分かった。すぐに転移する。ダッグよ、説得に力を貸して欲しい」
「難しく考える必要はない。要は、一緒にいる白い少女を説得すればいい」
ダッグとミーノスはシロノ達の元へ転移した。




