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48 魔物大発生3

 そろそろ夕方になろうとしている。

 街の外には兵士達が陣を敷き、魔法使いらしき者もちらほら集まり始めた。

 商人達はとっくの昔に姿を消している。


「リブ、そろそろ起きた方がいいよ」


 シロノは抱っこしているリブに声をかける。


「んぅ……もうゴブリンが来たのか?」

「まだだけど、夕方になりそう」

「んん~。仕方ない。名残惜しいが、下ろしてくれ」


 ぐーっと伸びをするリブ。

 シロノは優しく地面に下ろしてあげた。

 山賊達が集まってくる。


「姐さん! 指示を下せえ!」

「私は前に出るタイプだ。指揮官役はシロノに任せる」

「え? ボク?」

「分かりやした! お前ら! シロノ嬢の言葉、一言たりとも聞き逃すんじゃねえぞ!」

「「押忍」」

「うーん。どうしよう。もう時間もないし、名前覚えきれるかなぁ」


 いつも山賊に命令している男が前に進み出る。


「お嬢! 2人1組の5組に別れやす。お嬢は左から1、2、3、4、5と呼んでくだせい。俺らで合わせやす」

「そうしてもらおうかな。リブは前に出るみたいだから、少し離れて後ろに横1列に並んでみて」

「「押忍」」


 山賊達は素早く横に並ぶ。

 シロノはミハエルとテオを山賊達の後ろ、やや外側に配置する。


「先輩は1と2の援護。テオは4、5の援護。基本的には『棒の一族』を超えてきたゴブリンに魔法を撃って。先輩は余裕があるならもっと頑張ってください」

「あいよー」

「分かったわ」

「シュナは3と4の間で、テオの後ろにいて。誰か怪我したら回復をお願い。ゲスール達はゴブリンの死体の移動ね」

「……ん」

「近くに行く時は声をかけるからよー。間違えて攻撃しないでくれよー」


 シュナとゲスール達も配置につく。


「ミラルダは1の左、ラグネルさんは5の右に。2人は外側は良いから、絶対に1、5の間をゴブリンが越えないように頑張って」

「責任重大だねぇ。元第2騎士団長として、久しぶりに頑張っちゃうよぉ」

「シロノさん、絶対に無理はしないでくださいね。絶対ですよ」


 それぞれが配置につくと、逆三角形のような形になった。

 リブはグルグルと腕を回し、体を解していく。


「私は一番前に行くとして、シロノはどこにいるんだ? あと、外側を抜かれたらどうするつもりだ」

「ボクは3の後ろでシュナの近くだね。外側は捨てるよ。何万もいるんでしょ? 外側は他の冒険者に任せよう。あんまり酷くて、横から先輩とテオが攻められそうなら、ミラルダとラグネルさんに下がってもらうつもり」

「撤退のタイミングは?」

「うーん……3組……2組がゴブリンと戦えなくなったら合図するよ。無いと思うけど、リブが危なくなった時も逃げようかな?」

「分かった。私は1から5の幅で動くとしよう。ダッグのような真似はできんが、瞬間移動じみたことはできる」


 歩き出すリブの手を、シロノは掴む。


「なんだ?」

「上手くいったら、ご褒美あげる」

「む……それは、何でもいいのか?」

「いいよ。でも無理はしないでね」

「ふん、任せろ。私が伊達に魔神などと言われていないことを証明してやる」


 リブは山賊達の前へ移動する。

 空が赤く染まり始めた。


 ――学院より連絡します。魔物大発生スタンビートの発生を確認。繰り返します……


 数百メートル先の森を、兵士、騎士、魔法使い、冒険者の全員がじっと見つめる。


「……」

「……」

「……」

「……」


 ……。


「来るぞ! 気合を入れろ!」


 リブが叫んだ。

 段々と大勢の足音が聞こえ始める。


 ――観測結果をご報告します。ゴブリンの群れは大きく分けて2つ。第一波、来ます。


 ォォオオ!


 森の奥から緑色の肌の子供が何百と姿を現した。

 炎の玉が、氷の柱が、竜巻が、ゴブリンに向かって放たれる。

 爆発が起こり、あちこちで土煙が立ち上る。

 しかし、土煙の中から、わっとゴブリンの群が押し寄せてきた。


「魔法を途切らすな! 放てー!」


 雨のように放たれる魔法。

 兵士達で前は見えないが、地面を伝わってくる低い振動は、それでも徐々に大きくなっていく。

 とうとう兵士達との戦闘も始まる。

 たまに兵士の間から飛び出すゴブリンもいるが、他の冒険者のところばかりで、シロノ達のところには中々やってこない。


『……シロノ、暇』

『我慢だよ、シュナ。終わったら髪を梳いてあげるから』

『……がんばる』


 台車を押しながら、テッタが近づいてきた。


「なんか、思ったより大丈夫そうっすね」

「前の方にいる兵士の人達は大変そうだけどね。ほら、なんかザワザワしてるし」


 指をさすと、森からズボ、と3メートルはあるかという巨人が飛び出した。


「な、なんすかアレは!」


『シロノ! オーガだ! 力だけのウスノロだが、絶対に避けろ! 全身の骨が砕けるぞ!」

『はーい』


 オーガが1体、兵士を薙ぎ倒しながら防衛線を抜けてきた。

 前転、ジャンプ、横っ飛び、飛んできた火の玉を棍棒で打ち返し、氷の柱は手掴みにして投げ返す。


『ちょっとリブ! すっごく素早いよ?』

『知るか! 腹にもちゃんとオーガと書いてある!』

『お、お腹にそんなこと書いてあるの?』


 目を凝らすと、確かに「オーガ23」という文字がある。

 オーガ23は真っ直ぐシロノ達の方に走ってきた。

 リブがオーガに向かって突進する。


「ウスノロが! ウスノロはウスノロらしく、ちゃんとウスノロしてろ!」

「リブちゃん、なんか滅茶苦茶言ってるっす」

「予想が外れたから、ちょっと照れてるみたい」

「あ、蹴りで首が吹っ飛んだっす。照れ隠しでアレっすか……」


 テッタは印を切ってオーガの冥福を祈った。

 オーガの開けた道を通り、ゴブリンも数体やってきた。

 ミラルダと、2と5の山賊が、危なげなく首を斬り、折っていく。


「皆、ゴブリンの死体が後ろに来るまで前進して。ゲスール達は死体の回収ー」

「おうよ!」

「「押忍」」


 少し前進。

 死体を回収し終えたら、少し下がって元の位置に戻る。

 オーガが森から出る度に、似たような展開になった。

 6回目になると、さすがに飽きたのかシュナが念話を飛ばしてくる。


『……シロノ、しりとり、しよ?』

『だーめ。なんならゲスール達の手伝いを……あ、そろそろオーガの死体も邪魔になってきたかも……リブ、オーガをこっちに投げられる?』

『死体はグニャグニャして投げづらい。今日は調子が良いから、森の方に蹴り飛ばす方が楽そうだ』

『うーん。後ろは暇だから、こっちでオーガを運ぶよ』

『頼む。オーガを避けてゴブリンが2手に別れたりする。今のうちになんとかしたい』


 シロノ達は前進し、オーガの死体の片付けに取り掛かる。

 数人がかりで死体を引きずって、両脇に並べていった。

 作業をしているとミハエルが文句を言ってくる。


「シロノ。オーガの死体なんて引っ張ってどうするんだよ」

「土塁の代わり、ですかね。ゴブリンがいっぱい来たら、横から先輩たちに襲い掛かるかもですよ。上手く壁みたいにできれば、ゴブリンは他の冒険者の方にいくかもしれません」

「そいつは勘弁してほしいな。分かった。そういうことならゴブリンの死体も使っていいか? 隙間に並べれば少しはマシになるだろ」

「テッタになら手伝って貰ってもいいですよ。あと、1、2、ミラルダに説明してからにしてください。ゴブリンが来たら作業は中断して、援護を優先で」

「ああ、分かったよ」


 それからはオーガはあまり現れず、出てきても魔法部隊に殲滅されていった。

 その分ゴブリンが多いのか、それとも多少倒しそびれても冒険者達でフォローできると兵士達が判断したのか、ゲスール達が休む暇がなくなる程度にはゴブリンがシロノ達のところまで辿りつくようになる。


 ――第一波、山を越えました。第二波の到着まで、およそ1時間。繰り返します……。 


 学院からの通知に、兵士、冒険者達から歓声が上がる。

 ただラグネルだけは、剣を構えたまま森を静かに見据えるのだった。

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