47 魔物大発生2
焼き肉の串とパンを買い、皆で輪になって食事をする。
まずシロノが口を開いた。
「ねぇリブ。街に来るのはゴブリンらしいけど、ゴブリンってなんなの?」
「堕ちた妖精とかオーガの親戚とか言われているな。レムくらいの大きさになったマシブを想像すればいい」
シロノは子供なのに頭がツルツルで、筋肉ムキムキのレムを想像した。
「可愛くないね」
「その分ためらいなく戦えるだろう。人型の魔物だが、心臓が右にあったり腹にあったり、適当な体になっているらしい。それほど頑丈な訳ではないから、首を折るなり頭を砕くなりすればいいだろう」
「お前ら! 姐さんの仰った通りだ。首を狙うぞ!」
「「押忍」」
テオが質問をする。
「リブさん。属性は何が効くのかしら」
「氷だと言われているな。射撃系の『氷の矢』、『氷の槍』を使う時は上から斜め下に撃つといいだろう。上手くいけば串刺しにできる。間違っても真っ直ぐ撃とうとするな。恐らく乱戦になるだろう。外すと最悪、仲間に当たる」
「き、聞いておいて良かったわ」
リブの話を聞いていたゲスール達は、ゴブリンと戦えるか自信が無くなってきていた。
シイフは道具袋を漁り始め、テッタは心配そうにゲスールを見る。
「兄貴ぃぃ」
「言うな。俺だって足手まといになる予感がビンビンするぜ」
「うーん……犬と猫の餌の他にはナイフが数本あるだけだ……今から何か買ってくるか?」
「あんたら、あまり腕に自信がねーのかい?」
棒を布で磨いているポーが声をかけてきた。
ゲスールは黙って頷く。
「俺はポー。この間まで山賊『棒の一族』だったんだが、リブの姐さんにぶっ飛ばされて改心したんだ」
「俺はゲスール。こっちはシイフで、テッタだ。冒険者歴だけは長いが、それだけだ。自慢できるような腕じゃねぇのは確かだな」
「長く続いてるだけ羨ましーぜ? んでな、相談なんだが、俺らは連携にかけてはちぃと自信がある。ぶっちゃけゴブリンとやり合うのは初めてだけどよ、オークより強いわけじゃねえなら負けねえ自信はあるぜ」
「そういうことなら、俺らはあんたらのサポートに回った方が良さそうだな」
「おっ、話が早くて助かる。倒すのは俺らがやるから、死体を邪魔にならんように片付けてくれねーかい? これはこれで結構な重労働なんだがよ、ゴブリンの死体がそこら中に転がってると躓きそうでな」
ゲスールは実際に戦った時を想像してみる。
「……俺とシイフがゴブリンを邪魔にならん程度まで後ろに運ぼう。テッタ、お前は下がって、俺らが運んできたゴブリンを台車で適当な所に運べ」
「了解っす」
「ん……まぁ、それでいいだろ。子供くらいの大きさっつっても、そこそこ重いだろうしな。テッタを前に出して襲われたらフォローできねぇかもしれねえ」
「シイフの兄貴……それじゃあ、あっしは食べ終わったら台車を探してくるっす」
ミラルダは、ラグネルの前で正座をしていた。
「シロノちゃんとリブちゃんは、うちの喫茶店によく来てくれるのよねぇ。おかしいわねぇ。可愛い弟子は見たことがないわぁ。年のせいで忘れちゃったのかしらねぇ」
「こ、これには深い訳が。なんというか、偶然用事が重なってしまって……あ、そうそう。ちょっと高い薬代を払うのに忙しかったんだよ」
「あらぁ。それはマリンせ……マリンちゃんのことかしらぁ」
「え? 婆さん、マリンさんと知り合いだったのか?」
「そりゃあもう。薬代のことも聞いているよぉ。けっこう前に払い終わってるらしいじゃない? 聞いた時は心配したけど、返し終わっていて安心したよぉ」
「あー……近いうちに寄らせてもらうよ」
「よしよし。素直でよろしい……さて、足が痺れないうちにお立ち。ちょいと稽古してあげるからねぇ」
「婆さん、まだ怒ってるのか? しごきは無事に街を守り抜いたらいくらでも受けるからさ、今は遠慮したいんだけど……」
「そうはいかないんだよ。レッダちゃんが道を踏み外した時、あんたはどこで何をしていたんだい? たった2人の兄妹だっていうのに……誰かを守るっていうのはね、殺すよりも難しいぃんだよ。その胸に刻んだの誓いとやら、どこまで本気なのか試させてもらうよぉ?」
ラグネルは剣を構える。
流れるような動き、全くブレない体。
ミラルダが真似しようとしても、体はどうしても揺れてしまうだろう。
眼差しは真剣。
普段のボケ具合と比べて、まるで別人のような顔つきになっている。
(最後に見た時より……強くなっている……!)
ミラルダは思わず唾を飲んだ。
気持ちを切り替え、今自分にできる精一杯の斬撃を思い浮かべる。
「ラグネルさーん」
「はぁい。なんだいシロノちゃん」
ラグネルは顔だけシロノの方に向けた。
(隙だらけだ! い、いやでも、さすがに卑怯……いや! シロノさんなら躊躇なく取りに行くはず! 相手は格上、贅沢は言ってられない!)
上段に構え、大きく踏み込む。
ラグネルの剣を叩き落すつもりで、全力で振り下ろした。
剣が横に流れる。
ぐるりと回るラグネル。
遠心力を乗せた斬撃が、ミラルダの腕を斬り裂いた。
「ぐあっ」
「なんだか見ないうちに手癖が悪くなったねぇ……戦場じゃあ勝者が正義だからねぇ。一皮剥けたってことにしてあげるよぉ」
「そ、それじゃあ?」
「悪くない一撃だったよぉ。今度こそ、守れるといいねぇ」
「婆さん……!」
ラグネルは小瓶を取り出し、ミラルダの腕に中身をかけた。
傷があっという間に癒えていく。
「ほれ」
「ああ。ありがとう」
差し出された手を握り、立ち上がる。
「違う違う。20万ジーだよぉ」
「へ?」
「もう独り立ちしてるんだから、当たり前だろぉ?」
「いや、でも、やったのは婆さんじゃないか」
「あんな手でくるとは思わなかったからねぇ。剣を弾き飛ばすだけのつもりだったんだけど、そんな余裕がなかったのよぉ。腕を上げたねぇ」
あまり釈然としないが、ミラルダはしぶしぶ薬代を払うことを承諾する。
渋い顔をしていると、ラグネルはさらに恐ろしいことを言い始める。
「シロノちゃんが怪我をしたら、50万の方を使うからねぇ。もちろんミラルダちゃんにツケておくからぁ」
「えっ?! 婆さん、シロノさんより俺の方が付き合い長いじゃないか。なんでそんなにシロノさんを贔屓するんだよ」
「第2騎士団の伝統かねぇ。可愛い子にはつい甘くなるんだよぉ」
ラグネルはウキウキとシロノの元に行ってしまった。
1人残されたミラルダは、拳を硬く握り締める。
「これ以上、借金を増やされないために、シロノさんは絶対に守りきる!」
動機は不純だが、ミラルダのやる気はかなり上がったのだった。




