表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
45/54

45 星読みの巫女

 夜。

 喫茶ガーウェンの店仕舞いをした老婆は、空を見上げた。

 夜空には満天の星が瞬いている。

 北を見て、西を見る。

 東を見ようとして、ふと違和感を感じた。

 西の夜空をじっと眺めるが、答えは出ない。


「この年になると、見え辛くってしょうがないねぇ」


 老婆は真っ暗で、人気のない通りを歩く。

 老婆には星の明かりだけで十分のようだ。

 3つ目の角を曲がり、行き止まりの路地を進んで行く。

 老婆はそのまま、壁に吸い込まれていった。


「あら、あなたが来るなんて珍しいわね、ラグネル」

「久しぶりにお願いしようかと思いまして。マリン先輩」

「はいはい。若返りの目薬ね。対価はあなたが視たことでいいわ」


 老婆、ラグネルの頭に小瓶が降ってきた。

 ラグネルはさっと掴み、自分の目に使う。


「あぁ……沁みるねぇ」


 視界が昔のようにはっきりしていく。

 ふわりと体が浮くような感触を味わったかと思うと、屋根の上に立っていた。

 さっきよりも多い星々と、鮮やかな輝きに、ラグネルは胸にこみ上げるものを感じる。

 西の空を見上げると、すらすらと星の輝きの意味が理解できた。


「それで、何が視えたのかしら……星読みの巫女さん」

「年寄りをからわかないで下さいよぉ。巫女なんてとっくの昔に引退しちゃいました」

「あなたが年寄りなら、私はなんなのかしらね?」


 マリンの髪がふわりと浮き上がる。


「よく聞こえませんでしたぁ。最近、耳も遠くなっちゃいましてぇ」

「……はぁ。別にいいわ。他でもないあなただしね……でも、他人の前で先輩なんて呼んだらお仕置きよ?」

「えぇ、えぇ。もちろんですとも」


 2人は居間に転移する。

 ラグネルは机に剣を置き、椅子に腰掛けた。


「簡単に言いますと……明日の夕方、魔物大発生スタンビートが起きますねぇ」

「冗談、ではないのよね」

「外れて欲しいと何度も願いましたがぁ……今のところ、外れたことは1度もありませんねぇ」

「詳しく聞かせてちょうだい。街は、耐えられそうなの?」

「軍を退いて長いですからねぇ。今の若い子達がどこまで粘れるかは分からないですねぇ」

「お孫さんは、確か1軍にいるんじゃなかったかしら。その子に聞いてないの?」

「最近は忙しいみたいでしてぇ。なかなか顔も見れないんですよぉ。あの子は本当に才能の溢れた子なんですが、惜しいことに男に生まれちまいましてねぇ。女の子みたいな顔してるんですがねぇ。可愛いから良いんですがぁ」

「孫自慢は後で聞くわ。それより、魔物の種類とか強さとか、忘れないうちに教えてちょうだい。明日、ギルドと学院に知らせないといけないんだから」


 マリンは羽ペンと羊皮紙を手元に転移させる。

 ラグネルの言葉を素早く書き記していくうちに、段々と難しい表情になっていく。


「視えたのはこれで全部ですねぇ」

「……これは、40年前の倍はあるわ」

「40年前ですかぁ。懐かしいですねぇ。あの人と肩を並べて駆け抜けた魔物の群れ……あの剣捌き、今でも目に焼き付いていますよぉ」

「……惚気も後で聞くわ。明日なんて言ってられないわ。さっそく写しを取って、学院とギルドには飛ばしておかないと」


 別の羊皮紙にサラサラと羽ペンを走らせる。

 マリンは魔物の情報を記した2枚の羊皮紙を転移させた。


「これで一先ず安心かしら。魔物が押し寄せてくるのが夕方なら、夜は寝た方がいいわよね?」

「そうですねぇ。今更ジタバタしてもたかが知れてますからねぇ。今夜はゆっくり寝て、英気を養って最善を尽くす。数日がかりになると思いますし、良いんじゃないですかねぇ」

「あら、聖女がいるんだから1日もあれば十分じゃないかしら」

「それがですねぇ、今はヤーパンにいるらしいんですよぉ」

「……ラグネル」


 マリンの冷たい声と共に、剣が消えた。

 髪が逆立ち、ゆらゆらと揺れる。


「おや、何か怒らせてしまいましたかねぇ」

「聖女の行方を何故あなたが知っているのかしら? 一般人には伏せられているはずよ?」

「星が教えてくれましてぇ」

「苦しいわね。まさかとは思うけど、あなた、教会の人間だったの?」


 キッと目を吊り上げるマリン。

 一方、ラグネルはそんなマリンの様子をとても嬉しそうに眺めている。


「若いってのは良いですねぇ。まるで学生時代に戻ったみたいです」

「誤魔化さないで」

「マリン先輩、誰かを守ろうとしてるんですねぇ。昔、いじめっ子から後輩を守っていた時と同じ顔をしてますよぉ」

「……否定はしないわ。それで、答えを聞かせてもらおうかしら」


 ラグネルはふぅと溜息をつく。


「あの人に誓って、私は教会の回し者じゃあないですよぉ」

「じゃあ、どうして聖女の行方を知っているの?」

「マリン先輩は、私の力をおかしいと思ったことはありませんかぁ?」

「星読みの力ね……たしかに、星の位置は変わらないのに、過去ならともかく未来が分かるのは不思議に思ってはいたわ」

「私のご先祖様達は、星なんて見なくても未来が視えたそうなんですよぉ。大抵は勘が鋭いくらいの大したものじゃなかったそうなんですがねぇ」

「なら、あなたの力はなんなの? 勘どころか、具体的で1度も外したことなんてないじゃない」

「……これは、言ってしまって良いんですかねぇ」


 ラグネルは腕を組んで天井を見上げる。


「悩みがあるなら、遠慮なく言えばいいわ。私はあなたの先輩なんだから。聞くだけ聞いてあげるから、すっきりしちゃいなさい」

「老い先短いですし、お言葉に甘えさせてもらいましょうかねぇ……」


 ラグネルは、私は魔法は門外漢なんで間違っているかもしれないと前置きをしてから話し始めた。


「星を見ると、視えるんですよ。まるで、授業中のメモのやりとりみたいな物が……」


 言葉遣いは若者から老人と多岐に渡り、何かの報告や、つまらない愚痴など、統一性はない。

 メモはどんどん追加されていき、さかのぼろうと思えばいくらでも前の記録を読むことができる。

 その中で、古い物では実際にあった戦争を手引きしたかのようなメモがあり、最近では聖女の召喚手順やその後の活動内容、今回の魔物大発生スタンビートを人為的に発生させようとしているようなメモもある。


「つまりあなたは、裏で暗躍している魔法使い達の念話を傍受しているってこと?」

「専門的なことは分かりませんがねぇ。だいたいそういうことかと」

「それはおかしいわ。魔法の鍛錬をしていない人間にそんなことができるはずが……」

「そこなんですがねぇ。なんでも『砂糖の女神は使用不能、他の女神から吸い上げられるか』なんてメモがありましてねぇ。神すら弄ぶような魔法使いがいるなら、私のご先祖も人体実験にあっていて、その時に与えられたのがこの力なんじゃないかって思ったんですよぉ。未来が視えるなんて、格好の餌食じゃないですかぁ。いつだったか、マリン先輩が教えてくれましたねぇ。新薬を人に試す前に、動物でまず実験する、と。ご先祖様はメモを読む技術のための実験にされた、犠牲者の1人だったんじゃないんですかねぇ」

「それは……」


 マリンは気にしすぎだと言ってやりたかったが、魔法使いならやりかねないという思いと、シロノ達が昼に連れてきた少女も「砂糖の女神」だったことを思い出し、言葉に詰まっていた。


「……ふぅ。なんだか話したら楽になりました。ありがとうございます、マリン先輩。そろそろ帰ったほうが良い気がするので、この辺で失礼しますぅ」

「いいえ。今日は、いえ、星が見えるうちは帰さないわ」

「おやぁ?」


 マリンは机の上に大量の羊皮紙を転移させる。

 ラグネルの前には小瓶と眼鏡。


「そんな怪しい奴らがいるなら、拾える情報は全部拾っておきたいの。協力してくれるわね、ラグネル。安心して、1週間徹夜しても大丈夫な薬と、大奮発で10年若返る薬をあげるから」

「ちっとも嬉しくないんですが……」


 急に帰りたくなった理由はこれだったか、とラグネルは後悔した。

 薬を飲んだ後、ラグネルが星を読み上げ、マリンが羊皮紙に書き続けるという作業は夜通し続いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ