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44 貴族の娘、再び

 大通りを歩いていると、見覚えのある顔が前から近づいてきた。

 背中に大荷物を背負ったテオだ。

 

「あ?! あなた達、探したのよ。なんで宿にいないのよ!」

「引越ししたの。テオの家の隣だよ」

「嘘……あの屋敷を購入したの?」

「そういえば、なんでボク達あそこに住めるの?」

「知り合いに貸しがあってな。その関係で融通してもらっている」

「そういうことは早く言ってよぉ。重いの我慢して宿屋に行ってギルドに行って、大変だったんだから」


 テオはその場にへたり込んでしまう。


「そんなにいっぱい荷物を持って、旅にでも出るの?」

「魔法の教科書と、お鍋にランプに非常食。あとは服とか下着でしょ。それに……と・に・か・く、冒険するのに必要最低限の物を詰め込んだらこうなっちゃったのよ」

「目的地に着く前に、力尽きるぞ……」

「……ん」

「あなた達が身軽すぎるのよ……あら、あなたは初めて見るわね。まさか、他家の?」


 ライバル心を燃やし始めるテオ。

 リブはひらひらと手を横に振った。


「考えすぎだ。シュナは貴族ではない」

「ほんと? いえ、妾の子ということもあるわ。一応実家に調べさせるけど、悪く思わないでね」

「テオは疑り深いね」

「文句はこう育てたお母様に言ってちょうだい。なんにせよ、自己紹介させてもらうわね。私はテオ・フロワ。フロワ家の3女よ」


 テオはよろよろと立ち上がると、スカートの端を摘まんでお辞儀をした。

 シュナも真似をしてお辞儀をする。


「……私は、シュナ。回復と防御の魔法をちょっと学んでる。よろしくね」

「参考までに、第何階位か教えて貰えないかしら。ちなみに、私は3階位よ」

「……確か、回復は3。防御は5」


 テオは訝しげにシュナを見る。


「あなた、せいぜい12、3歳でしょ? ちょっと高すぎじゃない?」


 シュナは指をペチ、と鳴らす。

 手袋は篭手に、靴は騎士の具足に、ワンピースは鎧に変化する。


「……がんばれば、全身鎧も出来る」

「ふ、ふふ。な、中々やるじゃない」

「わぁ~、カチカチだね」

「大したものだな。ちんたら呪文を唱えるのは3流のすることだ」

「うぐっ」

「全身鎧の時は走れるか? 体力が無いと宝の持ち腐れだぞ」

「うぐっ」

「……ロキナに、1時間は走れるように、しごかれた」

「あの老人、分かっているじゃないか。戦場では足の止まった奴から死んでいくものだ」

「うぐっ」

「テオ、大丈夫? さっきから変なしゃっくりしてるけど」

「ごめんなさい。ちょっと痛いところを突かれまくっただけだから」

「先が思いやられるな。まあいい。立ち話もなんだ。屋敷に戻ろう」

「ちょ、ちょっと休ませて。私が奢るから、喫茶店にでも入りましょう」


 近くの喫茶店に入る。

 奥のテーブルに座り、シロノはアプリルパイを、リブは果物のコンポートを、シュナはパンケーキを頼む。


「私はコンヒーを」

「テオはデザート頼まないの?」

「お昼を食べたばかりだし、これ以上食べたら太っちゃうわ」


『ねぇリブ、シュナの加護のこと教えてあげない?』

『奴は貴族だ。シュナのことを知れば利用しようとするだろう。シュナもみだりに力を使うんじゃないぞ』

『……ん』


「それじゃあ、皆で何ができるか教え合おっか。これからは一緒に狩りに行ったりするんだし」

「私は『遠見』、『罠探知』、『防聴』、『洗浄』、『鑑定』に、本を見ながらになるけど初級から中級の攻撃魔法が使えるわ」

「ボクは狙撃手だよ。『氷の矢』と『塩の矢』っていう魔銃を使うの。マナをすごく吸うから、触らないでね。それで、この子はナナ。使い魔、なのかな?」

「……回復は、任せて」

「私は武闘家だ。もう1人、ミラルダという剣士がいる。そいつは腕は立つが、基本的にはシロノの護衛だ」

「あら、どうしてなの?」

「殺さない代わりだね。最初、ミラルダは妹の敵討ちに来たんだ。生かしておくと、また襲ってくるかもしれないから、殺しておきたかったんだけどね」

「え?」

「そう言うな。『契約』で心臓は握ってある。私は頑丈だから良いが、シロノはそうもいかん。ミラルダは腕も良いし、護衛にした方がお前のためなんだ」

「ちょ、ちょっと待って。シロノ、あなた人殺しなの?」

「森で襲われたからね。法律も調べたけど、あれは違法じゃないんだって」

「そ、そうなの……」


 テオはそれなら仕方がないと納得する。

 だが、カップに伸ばした指は震えていた。


「テオは当分、体力作りをした方が良さそうだな。あと、荷物の整理か」

「ボクも体力作りしたいな。シュナみたいに1時間も走れない気がするし」

「……ロキナの鬼の修行、する?」

「の、臨むところよ……!」

「ボクはお手柔らかにお願いするね。頑張ってね、テオ」

「ずるいわよシロノ!」

「テオはシュナに任せるとして、シロノは私が鍛えよう。ついでにミラルダも誘うか。私も練習相手が欲しかった所だしな」


 シロノ達の注文が運ばれてきた。

 シロノはアプリルパイを切り分け、リブに食べさせる。

 2人の世界を作り始めたので、テオはシュナに話しかけることにした。


「あなたの魔法も、そのロキナって人から教わったの?」

「……ん」

「その鎧は服を変化させたみたいだけど、私にも使えるかしら」

「……お勧めは、しない」

「どうして?」

「……失敗すると、裸になる」

「素直に皮鎧でも着たほうが安全みたいね……」

「……ん」

「あなたは荷物とかどれくらい持っているの?」

「……パンツ、だけ」

「さすがに身軽すぎでしょう?! 服は? 胸当ては? 化粧道具は?」

「……ない」

「ちょっとあなた達!」


 果物のコンポートをあーんさせていたシロノは振り返った。

 狙いから逸れていくコンポート、それを追いかけるリブ。

 椅子から落ちる。


「どうしたの?」

「シュナがパンツしか持ってないって言うじゃない!」

「あ、そういえばそうだったね。その鎧とか服とかのせいで忘れてたよ」

「もぐもぐ……ごくん。屋敷に戻ったら買いに行くか」

「屋敷と言えば、うちにもお風呂あるのかな?」

「あら、うちで入っていけばいいじゃない」

「うーん。さすがに申し訳ないような」

「確か、トイレの横に浴槽だけ置いてあったな」

「いいなぁ。ボクの部屋にはなかったよ。今夜入らせてもらっていい?」

「仕事を増やすのも悪いと思って使ってなかったが、そういうことならニャウ達にお湯の用意を頼むか」

「……私が、お湯を張る。花の蜜の入った、自慢の一品」


 一同はテオの荷物を少しずつ分担しながら、屋敷に戻った。

 庭でミラルダが草むしりをしていた。


「ただいま。何してるのミラルダ」

「ああ、シロノさん達ですか。お帰りなさい。ミャウさんに頼まれて庭の草むしりをしていたんです」

「ボク達この後買い物に行くけど、ミラルダはどうする?」

「え、買い物、ですか……女性の買い物は長いと相場が決まっているので、俺は遠慮しておきます」

「はじめまして。ミラルダさん。殿方なら荷物持ちを買って出るくらいの甲斐性がないとモテませんよ」

「手厳しい。ところで、あなたは?」

「隣の家の者です。テオ・フロワといいます。今日から皆さんのパーティに厄介になるので、よろしくお願いしますね」

「はぁ……」


 お盆にコップを乗せて、長女のミャウがやって来た。


「ミラルダさん、お疲れ様です。オレンシのジュースを持ってきたので、そろそろ休憩など……あら、リブ様、シロノ様、お帰りなさいませ」

「ミャウさん! わざわざありがとうございます!」


 ミラルダはニコニコと満面の笑顔でコップを受け取る。


「ふん、ミラルダを連れて行くのは野暮のようだな」

「なんですか、あの胸は……」


 親の仇でも見るような顔をするテオ。

 3人は思わずテオのを見た。


『壁みたい』

『確かに』


「……何か?」


 キッと睨んでくるテオ。

 慌てて視線を逸らすが、テオは怒りながらフロワ家の屋敷へ戻ってしまった。


「……貴族って、怖いね」

「……ん」

「いや、あれは貴族というより、持たざる者の嫉妬だろう。肩は凝るわ、走るときに邪魔になるわで大変だと聞くがな」

「そうなの? なんとなく羨ましかったけど、それならいいや」

「……ん」

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