43 小さな決意
マシブは依頼が書かれた羊皮紙の束を広げた。
「パーティ申請も済んだし、さっそく依頼を受けてくか? 素材集めとかも割と来てるぞ!」
リブは羊皮紙の束を押し返す。
「前衛後衛も揃ってきた。ここら辺で一度、連携の確認をするのもいいが、シュナは病み上がりだ。今日は大事を取って休もうと思う」
「なんだ。登録をしに来ただけだったのか」
「すまんな。明日か明後日になったらまた来る」
リブはシロノとシュナの手を引いてギルドから出る。
シュナは首を傾げた。
「……私、元気」
「シロノの様子が気になってな。あまり喋らなくなったが、何か気になることでもあったのか?」
指摘されてようやく、シロノは自分が疲労していることに気付いた。
体が重く、動くのすら億劫だ。
「疲れちゃったみたい。ごめん、今日は狩りに行けそうにないよ」
「マイアの牙のせいだろうな。まだ馴染んでいないのか、ナナほど相性が良くないのかもしれん。当分はあまり多用しないで様子を見た方がいいな」
「使いたい技とかまだあるんだけどな……」
「薬の補充もしたい。マリンの家に寄って疲労回復の薬をもらおう」
裏路地を歩き、民家の間を縫うように歩く。
相変わらず人通りはなく、まるで時間が止まってしまったかのような道だ。
3つ目の角を曲がり、行き止まりを突き進む。
壁を抜けると、台所だった。
エプロン姿のマリンが立っている。
「こんにちは。ちょうどお昼時に来るなんて、少しマナーがなってないんじゃないかしら?」
「む、すまんな。私達はさっき食べたから気が回らなかった。昼飯をたかりに来た訳じゃないから安心しろ」
「そう。ならいいわ。今日は1晩寝かせたシチューで、楽しみにしてたのよね。ところで、そちらの銀髪の子はどなたかしら。『看破』がまるで手応えないんだけど、ちゃんと説明してくれるんでしょうね」
マリンはにこりと微笑んだ。
抗い難い気迫を感じる。
「誰にも言わないと約束してほしいな。あまり大っぴらにしたくない」
「聞かない方が身のためかしら?」
「いや、後でバレた時が怖い。むしろ聞いて欲しいな」
「一体なんなのかしら……シロノはまた疲労ね。居間に用意しておくから、先に行って待っていて。私はシチューを食べたら行くから」
「急に押しかけてごめんね」
「次から気をつけてくれればいいわ」
マリンの家にまだ不慣れなシロノは、特に迷う様子のないリブの後ろをついて行く。
リブがドアを開けると、テーブルの上に薬の小瓶が置いてあった。
椅子に座り、薬を飲む。
お腹の中から温かくなった。
裾を引かれるので、見てみると、シュナが水の玉を浮かべていた。
「……甘い物も、元気出る」
「ふふ。ありがと」
シャナの頭を撫でる。
そわそわし出したので、リブも撫でてやる。
今後の予定について話していると、マリンがお茶とお菓子を持ってやって来た。
「お待たせ。そういえば剣士の子がいないけれど、後から来るの?」
「今日は屋敷の護衛を任せている」
「カップの追加はしなくて良さそうね」
マリンはお茶を配膳していく。
「さて、それでは紹介しよう。砂糖の女神、シャナだ」
「……菓子職人ってことかしら」
「やはり信じられんか」
「そりゃね。いくらリブの言うことだからって、女神は無理よ。特殊な魔法具で造られたゴーレムとかの方が信憑性がわるわ」
「ゴーレムか。まぁ、正体の方は実はあまり興味がない。シャナが授ける加護には虫歯予防と肥満防止の効果があるらしい。これだけは伝えておかないと、後で殺されかねんと思ってな」
「その話が本当でも遠慮しておくわね。私は若返りの薬を自分用に調整してるから、その加護のせいで薬の配分を変える必要が出たら困るもの」
「お菓子食べ放題になるよ」
「こういうのはね、シロノ。たまに食べるからおいしいのよ。少し足りないくらいが丁度良いんじゃないかしら」
「そうなの?」
「……ん」
シュナがこくこくと頷く。
おいしいのに、とシロノはお茶菓子に手を伸ばした。
「シャナは冒険者の間で『試練の間』と呼ばれる遺跡に封印されていた。私が気になるのは封印したらしき魔法使いだ。禁忌を禁忌と思わない輩は稀にいるが、こいつはどうも1人の仕業では無い気がする。見たことのない特殊な水晶や遺跡。組織ぐるみの仕業ではないだろうか。そういう組織があるかどうか、マリンは知らないか?」
「『試練の間』ね。知り合いから話だけは聞いているわ。魔物が現れ、倒すと報酬が得られる初心者向けの場所だったかしら。ああいう施設は個人では中々作れないから、リブの予想は当たっているかも知れないわね。私が知っている範囲だと、まず教会ね。でも、お金にうるさいから、そんな儲けの出なさそうな物作るとは考えづらいわね。後はそうね、何人もの高名な魔法使いを輩出してきた傭兵団は、妙な物を作っては戦争に投入していたと聞いたことがあるわ。かなり昔からあるし、大抵の国に首を突っ込んでるらしいから、可能性はあるかしら?」
「へぇ~。なんていう名前なの?」
「なんだったかしら。アングルブ……アンヌブー? ……はぁ、ここまで出掛かってるんだけど、年は取りたくないわね」
シャナが首を傾げるので、シロノは「後で教えてあげるね」とそっと耳打ちした。
うんうん唸るマリンに、リブは問いかけた。
「それは、アンヌヴンではないか?」
「あっ! それよ、それ! 良かった、安心したわ。こういうのって気になりだすと止まらないのよね」
「礼を言う。おかげでシャナを封印した奴の手がかりが掴めた」
「お役に立てたのなら良かったわ」
その後しばらく、他愛ないおしゃべりを楽しみ、シロノ達はマリンの家を出た。
人気のない裏通りで、リブはシャナに向き直る。
「シャナ。お前の仇はこう名乗ったんじゃないか? ギャラミッド・アナヴィレア」
「……かも?」
リブはガクリと頭を垂れる。
「なんとか思い出せ。お前がそんなでは分かる物も分からなくなる」
「……分からなくても、いい」
シャナはシロノの手を握り、次にリブの手を握った。
「……あんな髭より、2人といたい」
「お前がそれでいいなら、もう何も言うまい」
「ふふ。それじゃあ、復讐よりも冒険優先ってことで良いんだね」
「……ん」
シャナは小さく、力強く頷いた。




