41 開放された女神
ベシャ、と倒れる女神の元に、一同は慌てて駆け寄った。
仰向けにすると、うっすらと目を開いた。
じんわりと涙を浮かべる。
「……いたい」
「女神様、これ飲んで。すぐ痛くなくなるから」
「……うん」
手を上げようとするが、震えるだけで、上手く力が入らないようだ。
シロノは薬を直接口に流しこんでやった。
女神はコク、コクと小さく喉を鳴らす。
水晶の欠片が体から吐き出されていき、傷が塞がっていく。
肩まで伸びたサラサラの銀髪は、土と血で汚れたままだ。
「テッタ、『洗浄』してあげて。あれ? テッタ?」
テッタは遠くで目を瞑ったまま立ち尽くしていた。
「……大丈夫。自分で、できる」
女神から汚れが消え去った。
シロノは鞄から水色のパンツを取り出す。
「立てる? 良かったら履いて」
「……ありがと。パンツの人」
「ボクの名前はシロノだよ」
「……うん。シロノ。私は、シュナ。『砂糖』を司る女神。よろしくね」
女神、シュナはパンツを履き、指を鳴らした。
パチンとは鳴らず、ペチ、と渇いた音がする。
足が白い砂で覆われていき、靴になる。
手は白い手袋に。
体は白いワンピース。
頭は白いカチューシャになった。
「……じゃーん」
シュナはくるりと回った。
「……ここはどこ? あ、マイアだ」
「女神よ。さっきは申し訳ない。わざとではないのです」
「……?」
シュナはこてんと首を傾げた。
水の玉を作り出し、マイアの口に放り込む。
「……久しぶりの砂糖水。おいしい?」
「相変わらず、甘露でございます」
「……あなた達も、あげるね」
リブ、シロノに水の玉を放り込むシュナ。
口に入れると、濃厚な甘さが広がる。
リブは思わず感嘆する。
「おお……これはなかなか上手いな。甘すぎず、それでいてしっかりとした味わいがある」
「……よかった……あなたは?」
「私はリブ。シロノのマスターだ。」
「……そう。私は、シュナ。『砂糖』を司る女神。よろしくね」
「待て待て。それはさっき聞いたぞ。寝ぼけているのか?」
「……?」
「母上、女神はなんというか、独特の雰囲気を持っているのです」
「世間知らずの姫のようなものか……シュナよ、マイア達にかけた『契約』を解除してやってくれ。あれのせいでこの洞窟から出られなくなっている」
「……ん」
ペチ、と指を鳴らす。
「何やら、胸の辺りがスッキリしました」
「解除できたようだな。これで問題は全て片付いたか?」
「はい。女神も復活し、我らも自由になりました……女神よ、我は旅に出て己を鍛えなおそうと思います。お許し頂けるでしょうか」
シュナはマイアの鼻先をそっと撫でる。
「……戻ってきてね」
「必ずや。では、一度施設へ戻りましょう」
視界が白く塗りつぶされ、あっという間に遺跡の広間に移動する。
続いて、老人とゲスールとシイフも転移してきた。
ゲスールとシイフは腕立て伏せをしている。
「あと10回、ゆっくり時間をかけてやるのじゃ!」
「ぐぁああ……」
「き、きつぃい……」
「主に挨拶をしてくるが、手を抜くでないぞ!」
老人は嬉しそうに走ってきた。
「シュナ様、復活おめでとうございまする」
「……ん。今までご苦労様。ロキナも行っちゃうの?」
「聞いておりましたか。時代も進み、ワシも魔法の研鑽をやり直さねばなりませぬ。今ではただの時代遅れの老いぼれですからな」
「……戻ってきてね」
シュナは水の玉を老人に飛ばす。
老人は目を細め、ゆっくりと味わってから飲み込んだ。
「懐かしいですな。この味が恋しくなったら、時折会いに参りまする。それでは、しばしの別れとなりますが、シュナ様もお元気で」
「……ん」
老人はマイアの背中に飛び乗り、フッと姿を消した。
「女神様はこの後どうするの?」
「……お腹すいた」
「ご飯を食べた後は?」
「……あったかいベッドで寝たい」
「つまり、特に予定はないのだな?」
「……ん」
「それなら、しばらくうちに滞在しないか? 神々について聞いてみたい」
シュナは小さく頷いた。
「よし。ならば、これからは女神ではなく冒険者と名乗る方がいいな。わざわざ正体を吹聴して回る必要はないだろう」
「……私は土地を追われたから、それでいい」
「テッタ、お前も他言するんじゃないぞ」
「大丈夫っす。言っても誰も信じないっす」
その後、シロノ達は遺跡の近くで魔石を拾い、ゲスール達と別れた。
ミハエルの店に行き、魔石を渡す。
「先輩、これ買い取って貰えませんか」
シロノは一抱えもある赤い魔石を机に置いた。
「拾ったのか?」
「遺跡でモンスターに勝った報酬です」
「なるほど。これだけ大きいと……そうだな、250万ジーってところだな」
「安く買い叩こうとしてないか?」
「相場通りでございますよ、お嬢様。シロノならともかく、あなたは上客になりそうですし」
ミハエルは赤い魔石を抱きかかえ、店の奥へ持っていく。
羊皮紙を持って戻ってきた。
「実を言うと、あんな大きなな物は滅多に出回りません。分割払いで、なんとか買い取らせてもらえませんか?」
「先輩、そんなことして大丈夫なんですか? お店、あんまり儲かってなさそうだけど」
「店の方は赤字気味だな。仕方ないからしばらく休業にして、魔物の討伐で稼ぐよ。こう見えても学院時代はそれで学費を稼いでいたし」
「へぇ~」
「1月いくらにするつもりだ?」
「勘を取り戻すのと、パーティを見つけるのに時間がかかりそうですね……今月は5万、次から50万ずつでどうでしょう」
「自信はあるのか?」
「まぁ、それなりには」
「ではそれで契約しよう」
リブは羊皮紙に署名する。
ミハエルも署名し、契約は成立した。
さっそく出かけると言うので、シロノはゲスールとダッグを紹介した。
「ああ、まだいたんだその人達。俺が学生の頃もいたよ。ダッグって人は知らないけど」
「ダッグは犬だよ。喋る犬」
「は? 犬が喋る? ……まぁいいや。まずはその人達に会ってみるよ」
ミハエルは去っていった。
シュナはくいくいとシロノの服の裾を引っ張る。
「……お腹すいた」
「これからお屋敷に帰るから、もうちょっと待ってね」
「……ん」
シロノはリブと手を繋ぐ。
冗談のつもりで、シュナにも手を繋ぐか聞いてみる。
シュナは首を横に振った。
「……おんぶ」
両手を広げるシュナ。
シロノはシュナを背負いつつ、念話でリブに尋ねた。
『シュナってリブの親戚だったりしない?』
『他人だ。魔神とは単なる称号にすぎない』
『封印されると甘えっ子になるのかなぁ』
『ご飯のときのあーんは、私に最初にしてくれないと拗ねるぞ』
『はいはい』




