40 水晶漬けの女神
シロノはリブの前にしゃがんだ。
「大丈夫?」
「ん? ……ああ、心配するな。あれは分身みたいなものだからな。本体は別の場所にいる」
「そうなんだ。いきなり死んじゃったのかと思ったよ」
「女神がどうとか小難しいことを言ってたけどよぉ。結局何が言いたかったんだ、あいつは」
「ドラゴンの生態はよく分からん。大方、難しい言葉を使いたい年頃なんだろう」
「思春期にありがちな奴っすね」
「ここは聞かなかったことにするのが男ってもんだぜ。なぁ、ゲスール」
「ああ、そうだな……」
男3人とリブはうんうんと頷きあう。
シロノだけは不思議そうにその光景を眺めていた。
――子供扱いは止めてもらいたい。
「あ、本当に生きてた」
「マイア。思わせぶりな台詞を残して消えるな。とっとと説明しろ」
――母上がそう仰るならば。
白い光に視界が塗りつぶされていく。
足元の床が消え、浮遊感に包まれたかと思うと、別の場所に立っていた。
剥き出しの岩肌、赤茶色の地面。
周りに掲げられた数本の松明。
少し離れた所にマイアと髭を生やした老人が立っていた。
老人は魔法使いなのだろう。
ゆったりとしたローブを着ている。
「げ、爺もいんのかよ!」
「ワシに止めを刺した剣士か。マイアよ、お前も卑怯な手でやられた口か? 腹が立つのも分かるが、何もここに呼び寄せてまでやり返そうとしなくても良いのではないかのう」
「いや、母上……我の育ての親に事情を説明するためだ」
「なるほどのう。久しぶりの再開に水を差すのも無粋というもの。ワシは席を外そうかのう」
老人はゲスール達に近づいてくると、ゲスールとシイフの肩に手を置いた。
「な、なんだよ」
「その曲がった根性、鍛え直してくれるわ!」
3人はフッと姿を消した。
「それでは、女神の元に案内いたしましょう」
「宗教被れとやりあった時にも似たような台詞を聞いたな。あの時はあの世に送ってやる、という意味だったが」
「ま、まだ死にたくないっすぅう!」
「ご安心を。今は封印されています故」
「なに?」
マイアは答えず、トコトコと歩き始めた。
シロノはリブの手を取って後をついていく。
テッタは少し迷った後、後をついてきた。
「これは……」
一本の巨大な水晶が地面から生えていた。
その中に、まるで氷漬けにされたかのように裸の少女が入っている。
シロノはテッタの目を軽く叩いた。
「テッタは見ちゃダメだよ」
「わ、分かりやしたっす」
「その者に何か問題が?」
「男の人は、女の人の裸を見ちゃダメなんだよ」
「そうでしたか。種族の差を感じますな……さて、何からお話すれば良いやら」
「なんて名前の女神様なんすか?」
「封印される前はシュナ様と崇められていたが、今の人間が覚えているかどうか……」
「か、帰ったら調べてみるっす」
水晶をじっと見つめていたリブは、舌打ちをした。
「ダメだ。何も見えん」
「致し方ないかと。あれは神すら封印する物質らしいですから」
「まるで神話だな。神だ女神だといっても、所詮力の強い魔法使いか何かだと思っていたが、こういう訳の分からん物が目の前にあると、神の存在とやらも認めない訳にはいかないか? ……ところで、何故封印されたんだ? 何か悪さでもしたのか?」
「特に何も。ある日、妙な男がやって来て『これからは我々の時代だ』などと言い、襲って来ました。抵抗するも、次々と仲間は水晶漬けにされ、女神が降伏。気がついたら我らはこの場所におり、女神は封印されておりました。始めは戸惑いましたが、男の書置きがあり、苦々しく思いつつも今日まで従っておりました」
マイアは地面をトントンと踏んだ。
魔法陣から石版が吐き出される。
リブは石版を読み上げた。
「1つ、女神は施設の動力源である。1つ、施設は民のために作られている。1つ、眷属らは施設の運営に尽力せよ、民が育ったと判断された時、女神は解き放たれる……か。なるほど、それでお前達は遺跡の魔物として生きてきたのだな。いつか女神が開放されると信じて」
「その通りです、母上」
「どうせ嘘だろう。何を馬鹿正直に従っている……まさか、『契約』でもさせられたか?」
「この洞窟から出ようとすると、他の仲間に強い殺意を抱くようになっております。正気を失う強力なもので、殺すしか止める方法はありませんでした」
マイアは悲しそうに俯く。
「見せてみろ。解けるかもしれん」
マイアは寝転がって腹を見せた。
リブは指先から緑色の光を飛ばしたり、色々調べるが、溜息をついて首を振った。
「これでは無理だ。『契約』の刻印が心臓以外にも広がっている。心臓だけなら裏技もあるが、魔法をかけたのは女神らしい。解除できるのは女神だけだが、本人があれではどうしようもない……すまんなマイア。力になれそうにない」
「お気になさらず。住めば都と言いましょう。もう百年以上ここで暮らしております。あと百年もすれば女神も開放されるやも知れませぬ」
「マイア……」
マイアはテッタを見上げる。
目を瞑っているのでテッタは分からないが。
「僧侶よ。このような仕打ちをしたのは、この辺りで祀られている神のはず。女神の地位を簒奪し、己がために振舞う悪しき者。それがそなたらの崇める神の裏の顔だ。どうだ、その信仰、揺らいだか?」
「大丈夫っす! あっしは信仰心とか、そんなに無いっす!」
「そなたは本当に僧侶なのか?」
良い笑顔で親指を立てるテッタに、マイアは呆然とする。
「ねえ、裏技ってなあに?」
「分の悪い賭けだ。1度『契約』の刻印ごと心臓を抜き取る」
「それ、確実に死なない?」
「ミラルダに使った薬があっただろう。あれの強力な奴を使う。体力とマナをかなり消耗するし、心臓が再生する前に死ぬ方が多いらしいがな」
「ふぅん……マイアは大丈夫そうだけど、あのお爺さんは無理そうだね」
マイアはビクッと震え、リブの後ろに隠れた。
「リブ、薬ってまだ持ってる?」
「あるぞ。もしものために余分に借りておいた。パンツの横あたりに入れておいたはずだ」
「いつの間に……」
シロノは腰の鞄をまさぐる。
確かに見覚えのある小瓶が入っていた。
「水晶を壊して、女神様をあそこから出そうよ。それで『契約』を解除してもらおう」
「言うのは簡単だがな、あれは相当硬いぞ。魔法も効くか怪しいし」
リブの背中から顔だけ出して、マイアも抗議する。
「万が一、砕くことが出来たとしても、中の女神も無事では済まないかと」
「大丈夫だよ、薬があるから……たぶん」
「たぶんでは困るのですが」
「いや、遺跡との接続だけでも切っておいた方が良いだろう。女神が魔石代わりにされているのは、放置すべきではない」
マイアは俯く。
体が輝き出し、徐々に元の大きさへと戻っていった。
「まさかとは思うが、こんな狭い洞窟でお前の炎を使うつもりじゃあるまいな。あっという間に息が出来なくなるんだが」
マイアは再び輝きだし、小さくなっていった。
「……物は試しだ。シロノ、火を使わない奴で何か試してみろ」
「うん。『穿つ7本』、2連続」
牙14本が、ドスドスとマイアに突き刺さった。
シロノは急いでマイアに駆け寄り、口に小瓶を突っ込む。
牙がポロポロと抜けていき、傷はみるみると癒えていった。
「な、何故?」
「この子達って、成長するんでしょ? ドラゴンを倒せば、すごく強くなるかと思って」
「り、理由は理解した。だが、やる前に教えて欲しかった……」
「おかげで1周り大きくなったよ。今度こそ水晶に撃つね……『穿つ7本』2連続!」
牙が飛び、水晶のあちこちに突き刺さる。
「ん? 案外脆いのか?」
「あの……まずは根元からにしてもらえぬだろうか」
「ナナ! 縛り上げて!」
「聞いておるか?」
「ドラゴンさん、諦めるっす。シロノさんは割りととんでもないっす」
白い鎖が幾重にも絡まっていき、牙を水晶に押し込みながら、きつく締め上げていく。
ピシリ、ピシリとヒビが入っていく。
「あと一押しといった所か。マイア、主を救って来い!」
「はい、母上!」
元の姿に戻り、水晶へ走った。
腰を捻り、大きく尻尾を振りかぶる。
その時、水晶が砕け散った。
「「あ」」
女神は壁に叩きつけられた。




