39 女神の寝所
ミハエルが魔石を拾うという遺跡に足を運ぶシロノとリブ。
大昔に建造された神殿のような建物を見つける。
「ここかな?」
「たぶんな。魔石が転がってるか探してみよう」
遺跡に近づくと「兄貴ぃぃい」と聞き覚えのある声が中から聞こえてきた。
不思議に思って神殿の中を覗くと、広間でゲスール、シイフ、テッタが剣と盾を持った骸骨と戦っていた。
斬りつけるゲスールの剣を難なく受け止める骸骨。
すかさずシイフが飛び蹴りをするが、盾でしっかり受け止められる。
テッタは「兄貴ぃいい!」と叫ぶ。
骸骨の首がポーンと飛んだ。
首を拾いに行く体。
ゲスールはこれ幸いと後ろから袈裟懸けに斬った。
――ォォオオ。
断末魔を上げ、光の塵になっていく骸骨。
「うぉっしゃあ!」
「やったなゲスール!」
「さすが兄貴っす!」
肩を抱き合う3人。
ゲスールはテッタの頭をグシャグシャと撫で回す。
「骸骨野郎の首を吹っ飛ばすなんて、いつの間にあんなすげえ魔法を覚えたんだよ」
「へ? あっしは何もしてないっす。兄貴じゃないんすか」
「あん? じゃあシイフか?」
「俺は蹴った足が痛くてそれどころじゃなかったぜ」
首を捻る3人。
シロノは3人に近づいていった。
「おはよう。ごめんね、つい撃っちゃった」
「あ、シロノさん。おはようっす」
「シロノだったのか。お前がいるとやっぱ違うな」
ゲスールは隣にいるリブを見ると渋い顔になった。
「おめえのおかげでえらい目に合ったぜ」
「……幼女趣味の変態なのか?」
「ちげえ!」
「変態は皆そう言うんだ」
「兵士と同じこと言うんじゃねえ! 俺はやってねえ!」
2人の間にシイフが割って入る。
「ゲスールは年上好きだぜ」
「ふん、一応信じてやろう。シロノ、こいつの好みの範囲外だからといって油断するなよ。男なんぞ本能の固まりなんだからな」
「大丈夫。ナナが守ってくれるから……たぶん」
ナナはジャランと震えると、近くに転がっていた盾を縛り上げた。
盾は粉々に砕けてしまう。
「シロノさんは夜、酒場に絶対行っちゃダメっす。酔っ払いが哀れっす」
「ところで、お前達は何故戦っていたんだ? この遺跡は迷宮の類なのか?」
「ここは冒険者の間じゃ『試練の間』って呼ばれてんな。モンスターが現れて、それを倒すとそいつの装備だったり、上等な魔石が手に入る」
「え……ごめん。盾壊しちゃった」
「誰も使わねぇから別にいいぜ。お前らも混ざってくか? だんだん出てくるモンスターは強くなるがよ、報酬も上がってくからな」
「どうするリブ?」
「これも冒険の醍醐味の1つか。試しにやってみよう」
「次がくるっすよ」
オレンジ色の魔法陣が床に現れ、明滅を繰り返す。
ズズ……と巨大な芋虫の頭が魔法陣から浮かび上がってきた。
「えい」
ブシュ、と芋虫の脳天に「氷の矢」が突き刺さる。
――キシャァァア!
召喚の最中で身動きが出来ず、バタバタと頭を振る芋虫。
頭が出て、首が出てきたところで骸骨の剣を絡み付けたナナに首をはねられた。
ビクン、ビクンと震えるだけの胴体が魔法陣から吐き出されると、芋虫は光の塵になって消えた。
「楽勝だね」
シロノは床に転がっている拳大の魔石を拾う。
「……召喚の途中で攻撃してもいいんすね」
「言うな。毎回待ってたのが馬鹿らしくなるじゃねえか」
その後も巨大な蛇、蜘蛛、1つ目の巨人など出てきたが、魔法陣の周りで待機していたゲスール達によって、召喚の始めで好き勝手に攻撃されてなす術もなく果てていった。
リブは欠伸をする。
「そろそろ飽きてきたな」
「ちょっと寝る? 終わったら起こしてあげるよ」
「そうするか。一応戦闘中だからだっこじゃなくて、おんぶにしておくか」
「あんまり変わらない気がするけどね」
リブはシロノに背負われると、すぐに眠ってしまう。
「おいゲスール。魔法陣の色が変わったぜ」
「青白いっすねー」
「やることは一緒だ。出てきたらとにかく叩くぞ!」
――久しぶりの強者どもよ。ワシは一味違うぞ?
ニュッと、髭を生やした老人の頭が出てくる。
シイフは蹴りを、テッタはさっき拾った棍棒を振り下ろす。
「が!? ごふ!」
「お前ら下がれ。おらあ!」
首筋目がけて大きく振りかぶるゲスール。
その切っ先を、老人は噛んで受け止めた。
バキリと剣が砕ける。
「なにぃ!?」
「それはこっちの台詞じゃ! 討伐が速い速いと感心しておったら、なんという方法を使っておるんじゃ! 男なら正々堂々と勝負せい!」
「うるせえ! 勝ちゃあいいんだよ!」
ジャラジャラジャラジャラ。
「ぬおおお?!」
老人は体を鎖で縛られてしまう。
残った刃で、ゲスールは首をはねた。
老人は光になって消えた。
カランと音を立てて、大きな宝石を付けた杖が転がる。
拾おうとするテッタをゲスールは止めた。
「それは後にしろ。シロノの魔銃みたいに気絶するかもしれねえ」
「それもそうっすね」
「おい下がれ。なんかやべえ」
シイフは飛び退く。
見ると、ゆっくりだが魔法陣が徐々に大きくなり続けていた。
ゲスールとテッタも慌てて下がる。
「リブ、なんか面白そうになってきたよ」
「ううん……せっかくうとうとし出したというのに」
リブは渋々とシロノの背中から下りた。
魔法陣が赤く輝き出す。
――我が名は紅蓮。
赤い光の柱が迸る。
――女神の寝所を荒らす不埒者ども。
炎が吹き上がり、中からドラゴンが現れる。
「我が炎の前に灰となれ」
ドラゴンが口を大きく開けると、炎の玉がみるみる大きくなっていく。
シロノはすかさず魔銃を撃つが、鱗に弾かれてしまった。
「お前ら、逃げるぞ!」
「リブ! 皆をナナで外に!」
「ちぃ、間に合うか? 『ナナ』!」
鎖が全員の腰に絡まっていく。
「逃がさぬ」
ドン。
入り口の前に炎の玉が着弾した。
燃え盛る炎に入り口を阻まれてしまう。
リブは床を蹴ってドラゴンの前に躍り出た。
「おいトカゲ! 私が相手になってやろう! 一騎打ちだ!」
「仲間のために命を懸けるか。その意気や良し……名を名乗るがいい。戦い次第では覚えてやろう」
「我が名はリブ、かつて再生の魔法使いとうたわれた魔女だ。こちらも聞いておいてやろう。殺してしまってからでは聞けないからな」
リブの背後に黄金の魔法陣が浮かび上がる。
シロノはゲスール達の元に駆け寄った。
「ゲスール、剣を貸して」
「いいけどよ。どうするんだ?」
「あれがリブに火を吐く瞬間を狙って、ナナで刺す」
「一騎打ちって言ってやしたけど。邪魔していいんすか?」
「いいから」
「あ、すいやせん」
シロノは渡された剣に、白い鎖をしっかりと巻きつける。
戦いの方を見ると、ドラゴンがブルブルと震え出していた。
「どうした? 誇り高いドラゴンともあろう者が、まさか戦う前から臆したか?」
「……うえ」
「なに?」
「母上~!」
「うげっふ」
ドラゴンはリブに突っ込んでいき、一緒になって壁に激突した。
「はっ。すみませぬ。嬉しさのあまり、つい」
「殺す気か! それに私はドラゴンを産んだ覚えなどない!」
「我も成長しました故、分からないのもいたしかたありますまい……『お手ごろ』!」
ドラゴンは翼を広げて空に向かって吼えた。
みるみる小さくなっていき、子犬くらいの大きさになる。
「お久しぶりです母上。この姿ならお分かりになるのでは?」
「……お前、マイアか?」
「はい! マイアでございます!」
「あの小さかった仔ドラゴンがお前だったのか。封印されて動けなかったとはいえ、放り出してしまってすまなかったな」
「いえ、我も犯人を探し当てたのですが、怒りに任せて燃やしてしまいまして。母上の所在は分からず後悔しておりました。封印を解いたのはどなたでしょうか。是非お礼を言いたいのですが」
「うーむ。あえて言うならシロノだろうか……おーい。もう大丈夫だから来てくれー」
シロノ達は恐る恐る近づいてくる。
仔ドラゴン、マイアのクリクリした瞳に、まずシイフがやられた。
「だ、だっこしていいか?」
「止めておけ。ドラゴンは気高い。へそを曲げられるとあやすのが大変なんだ」
「母上、さすがにもうグズって泣いたりしませぬぞ……シロノというのはそなたか?」
「うん」
「母上を封印から解き放ってくれた礼をしたい。何か望みはないだろうか」
「え? 特にはないかな……あ、君の鱗を貫けるような武器は欲しいかも」
マイアはトントンと床を踏んだ。
小さな魔法陣が浮き上がり、ころんころんと白い物が吐き出されていく。
「ドラゴンの牙14本を贈ろう。鍛えれば魔法を切り裂き、オリハルコンすら貫く一品になるであろう」
「わ。こんなにいいの?」
「乳歯だからな。遠慮なく持っていくといい」
「ありがとう」
シロノは牙に手を伸ばした。
牙がふわりと浮き上がり、丸い光に変わる。
14の光の玉はシロノの指先に宿っていった。
そして、頭の中に使い方が刻み込まれていく。
「わぁ~。なんかすごいね。『穿つ7本』」
壁を指差す。
ドラゴンを模した紋章が浮かび、牙が7本発射された。
石造りの壁に深々と牙が突き刺さる。
「からの『爆え……」
「待て。仮初とはいえ女神の寝所を壊すな」
「え? あ、ごめんね。皆戻って」
牙は光になってシロノの手へ戻っていく。
「『一なる刃』ならいい?」
「少し落ち着くのだ。試し撃ちは外で好きなだけやって良いから、ここではするな……はぁ、母上の苦労が分かる気がいたします」
「お前もやんちゃだったからな……」
2人はしばし遠い目になる。
牙14本を頭上でグルグル回転させだすシロノ。
テッタがおずおずとマイアに質問をする。
「ここは何て女神様が祀られてるっすか? あっしは僧侶なんで、できれば御神体を拝んでみたいっす」
「我にとっては女神だが、そなたにとっては果たしてどうかな」
「どういうことっすか?」
「神々の下僕よ。そなたの魂、人の身において、人ならざる領域たる神秘に耐えうるか?」
「へ?」
「覚悟なき者よ。今は去るがよい。いつか真実をこそ求め、我らに尽くすと誓った時は、喜んで迎えよう」
仔ドラゴンはそれだけ言うと、光の塵になって消えていった。
床には仔ドラゴン程もある大きな赤い魔石が残っていた。




