37 嘆き
騎士団は街の外で野営を張り、昼食を作り始める。
シロノとリブも招待され、食事代が浮くならと素直に付き合うことにした。
薪に火が付けられ、次々と肉が焼かれる。
「これはケンシブタとかいう奴か? 豚肉っぽいが」
「こっちは鳥肉みたい。焼きたてでおいしいね」
「そっちは鳥か。ちょっとくれないか」
「いいよ。あーん」
「あーん」
シロノとリブのやりとりにご満悦の第2騎士団。
ロッセもうんうんと頷く。
そして、隣で肉を頬張っているカマデールに疑問をぶつけた。
「お前、戻らなくていいのか?」
「今の僕って女の子に見えるー?」
「……どっちかっつーと、少年みてぇだな」
「でしょー。今の僕は羊。第1騎士団は狼の群れなんだよー」
「……男色が多いって噂、マジなのか?」
カマデールは虚ろな瞳でフッと笑った。
「水浴びをすると、皆が見てくるんだ……それで、背中を流しますよって言いながら、あんな所を触ってきて……」
ブルブル震えだすのを、ロッセは背中をさすってやる。
「それ以上思い出すな。トラウマ抱えた兵士と同じ感じになってんぞ」
「ご、ごめん。久しぶりに素に戻ったから、封印した記憶が蘇ったみたい」
「ふ、封印?」
「軍医に対処法は教えてもらってるから心配しないで。ちょっと時間かかるのが難点だけど」
カマデールは「僕は女の子、僕は女の子」と繰り返し始めた。
しばらくすると、座り方がガニ股から内股に変わる。
「お待たせー」
「おう。今日はうちでゆっくりしてけ。副団長のバラーには連絡しといてやるからよ」
「わーい。ロッセだいすきー」
シロノの横に、アイリが腰掛けてきた。
小さな声でリブとシロノだけに聞こえるように話しかけてくる。
「ここだけの話、ロッセ団長はカマデール団長のことが好きなのよ」
「へぇ~。そうなんだ」
「まぁ、お似合いなんじゃないか? 騎士団長同士だしな」
「ライバルは多いみたいだけどね。相手が男ばかりってのがアレだけど」
「お前達、第2騎士団は女同士が好きとか言わないだろうな」
「まさか。私達は可愛いのが好きなだけで、恋愛対象は男性よ。私はパン屋のイストと付き合ってるし」
「パン屋か。アプリルパイは作っているか? 生地はサクッとしたのが良いんだが」
「リブちゃんはまだ色気より食い気みたいね。確か売ってたと思うわ。イフリィっていうお店でね」
アイリからパン屋の場所を教えてもらう。
他にもお勧めの店を何軒か聞いたり、お喋りをして過ごす。
お腹もいっぱいになってきた頃、ミラルダがやってきた。
「ここにいたんですか」
「そっちはどうだった? こっちは少し大変だったけど」
「騎士団の方々はとても気の良い人達でした。副団長さんにも是非うちに来ないかって誘われてしまいました」
「凄いね。きっとミラルダなら騎士になっても活躍できるよ」
アイリはリブに耳打ちする。
(ちょっと、シロノちゃんてあの男に恨みでもあるの?)
(少しそっち方面に疎いだけだ。初恋もまだだしな)
(うふふ。これからが楽しみね)
(ふん。私が認めた奴以外にシロノはやらんがな)
(あらあら)
シロノ達は騎士達に昼食の礼を言い、街へ戻る。
少し時間を逆のぼる。
リブに負傷させられた黒い騎士は、主の部屋を訪れていた。
壁に手をかざすと、壁がふっと幻のように消え去る。
部屋の中は本が積み重なり、薬の瓶や調合器具が散乱している。
黒い騎士は部屋の隅で机に向かっている魔女に声をかけた。
「マスター。2号、ただ今戻りました」
「はいはーい。魔王の核の採取ごくろーさま」
振り返った魔女の耳は長く、先が尖っていた。
黒いローブを引きずりながら、魔女はよたよたと黒い騎士に近寄っていく。
魔女は手を差し出した。
黒い騎士は首を振る。
「え? 意地悪なんて教えたかしら」
「意地悪は入力されていません。残念ながら、任務は遂行できませんでした」
「はぁ!? あんな奴らあんたの相手じゃないでしょーが! 剣のみだけど、過去200年分のデータが入ってるあんたに適う程、あの固体は育っていなかったはずだわ!」
黒い騎士はひび割れた鎧の腹を指差す。
「リブっちによる打撃により損傷率20%を超えたため、帰還しました」
「リブっちって誰よ! うわぁ、穴開いてるじゃない。とんだ馬鹿力がいたもんね……」
「リブっちとは白き豊穣の杖を二つ名に持つ魔女です」
「嘘! リブにゃん生きてたの!?」
目を輝かせる魔女。
「伝言を預かっています」
「ほんと? 何なに?」
「私は怒っている、です」
「えー! なんでよー! 私何もしてないじゃないー!」
魔女はうがー、と髪の毛をかきむしる。
「マスター、ついに痴呆が」
「うっさい! 何百年も前のこと覚えてるわけないじゃない! 1号呼ぶからあんたはさっさと修理してもらってきなさい!」
「分かりました。失礼します」
黒い騎士は部屋を出て行った。
程なくして、モップを持った侍女がやってきた。
侍女は部屋の惨状を眺めた後、魔女をモップで殴る。
「痛い!」
「嫌がらせですか。半日でよくここまで散らかせますね」
「今はそれどころじゃないのよ! リブにゃんが生きてたの!」
侍女、1号は首を傾げる。
そのポーズで数秒固まり、再び動き出す。
「再生のリブ様でしょうか。消息を絶って百年以上経っています。本人である確立は低いかと」
「2号が会ってきたらしいから間違いないと思うわ。あの子の装甲をぶち破ってたし」
「間違いなくリブ様ですね。では1号はリブ様の好物を作ってくるとしましょう。あのお方は甘い物がお好きでしたから、久しぶりに苺と生クリームを使ったケーキにでもしましょうか」
いそいそと部屋から出て行こうとする1号を魔女、シダは抱きついて引き止める。
「待って待って。そのリブにゃんが怒ってるみたいなのよ! 私何もしてないのに! ぐほっ」
シダは腹をモップの柄で打たれた。
1号は半眼になってシダを睨む。
「そのおポンチな頭はスポンジで出来ているんですか? かつて、リブ様の秘密の二つ名を勝手に使っていたことをお忘れになったのですか?」
「あ」
シダはダラダラと汗を流し始めた。
その場で土下座をする。
「タスケテ!」
「……リブ様は現在どのような状況なんでしょうか?」
「え? さぁ……いたっ」
1号の瞳が青く光り始める。
目玉が左右別々に、忙しく動き回る。
右目が左下を、左目がシダを捉えた。
「リブ様を発見しました。楽しそうにお食事をしています。隣にいるのは……異世界人? いえ、他人の空似……にしては瞳が同じ……しかし、魔力波に決定的な不一致が……」
「ん~? ちょっと私にも見せて」
シダは1号の手を握り、同調の魔法を使う。
「あー、あれはホムンクルスね。魂が薄い」
「なるほど……マスターもたまには役に立ちますね」
「うっさいわよ。それより1号、録画して。食べさせっこしてるお子ちゃまっぷりをからかわなきゃ……あいた!」
「程々にしないと怒られるだけじゃ済みませんよ」
「あー! それそれ! リブにゃんのご機嫌取らなきゃ!」
シダと1号はしばらくリブを観察した。
街を練り歩き、店をいくつか見て回った後、宿屋に入っていくのを見届ける。
「1号、『千里眼』で建物の中まで見ようとしないで。これ以上出力を上げるとさすがに気付かれ……」
宿屋からリブが出てきた。
顔が上を向き、シダ達と視線が合う。
「っ! 今すぐ止めて! バレてたんだわ!」
シダは1号との同調を急いで切った。
視界が自分の部屋に戻る。
それと同時にパン、と渇いた音が聞こえた。
見ると1号の顔の右側に亀裂が走っていた。
「1号!」
「……右目の損傷と表皮が一部破れたようです。マスターはご無事のようですね」
「そ、それだけなのね?」
「はい。ほんの一瞬、右目の魔力を暴走させられました。亀裂はその余波です。核は無傷ですのでご安心を」
シダはほー、と息を吐いた。
「リブ様は旅の途中か、冒険者なのでしょう。お住まいと身の回りのお世話をする者を用意するのはどうでしょうか。宿代も馬鹿にはならないはず。リブ様は健啖家ですので、料理に覚えのある者が側に仕えればお喜びになられるかと」
「う、うん」
「では、そのように計らいます」
「あなたも指示を出したら、すぐに直してもらってね?」
「分かりました。では、代わりに部屋の掃除をお願いします」
モップを渡される。
1号は去り際に「ちゃんとやらないとデザート抜きです」と言い残していった。
シダは1号が廊下を曲がりきるのを見送ると、念話を飛ばして3号を呼ぶ。
『3号、ちょっと部屋に来てちょうだい。掃除を手伝って欲しいのよ』
『拒否します』
『え? な、なんで?』
『11秒前に1号から断るように連絡されました』
『権限的に私の方を優先するもんじゃない?』
『実質的には1号の方がマスターです。いいからサボらずやりやがれ、です』
念話は一方的に切られた。




