35 王級1
「冷静になってー。物量が違うよー」
アイリに抱えられてやってきたカマデールは、話を聞くと呆れ混じりにそう言った。
「このまま放っておけっていうのかよ!」
「ロッセー、怒ると女の子が怖がるよー」
「ぬぐ……」
「王級は森にいるんでしょー。魔法で見つけた後に、聖女様に頼めば一撃だよー」
その場にいた全員が「あー」と相槌を打つ。
「あら?」
アイリは首を傾げつつ、腰の鞄から手帳を取り出した。
「残念ですが、聖女様は先日から東にある温泉の国、ヤーバンへ旅立っています」
「ちっ、そういやそうだったな。故郷の習慣だかなんかで、体の毒を抜く秘術……ダックス、だっけか。それをしに行くんだとよ」
「なにそれー」
「オレが知るか。というか、聖女様に頼るなって宰相に釘刺されたばっかじゃねえか!」
「あの人の話は長いからイヤー」
「騎士団長ならちゃんと聞いておけよ!」
喧嘩を始める2人に、リブが割って入った。
「おい。引くしかないならさっさと戻るぞ。ここで話ていても埒があかん」
「ごめーん、なんか嫌な予感がするー」
「おいおい……勘弁してくれよ」
ロッセは手を顔に当てて空を見上げる。
他の騎士達も不安そうに辺りを見回し始めた。
騎士団に妙な雰囲気が流れ始める。
「みんなどうしたの?」
「勘がやたら良いってのは説明したよな。んで、こいつがこう言う時は大抵ろくなことが起きねえ」
「例えば?」
「最初は集団食中毒だったな。カマデール以外、全員病院送りだ。あ、一応軍事機密だからしゃべんなよ」
「う、うん」
「他にも5日連続で夜盗に襲われたこともあった。眠れなかったから、最後の方なんて記憶がねえぜ」
「あれはひどかったねー。夜盗の掃討が終わった後も1時間くらい味方同士で斬りあってたもんねー」
「あとはなんだ。なんかあったんだが」
「団長。蛮族が砦に大挙してきたことがあります。あれもカマデール団長が駄々をこねて普段の3倍の兵を送っていたからなんとか持ちこたえられたと聞いております」
「……そういう訳で、オレらはこいつの勘を粗末にできねえんだ。カマデール、急いで街に戻れば大丈夫そうか?」
カマデールは顎に指を当てて小首を傾げる。
やっぱり女の子みたいだな、とシロノは思った。
「魔物大発生が起きて、全部王級の配下になりそー。街に来たら守りきれるかなー」
「……なら王級を今から探せば?」
「ここは彼らの陣地だからねー。囲まれて全滅かなー」
「ちっ、最悪じゃねえか」
毒づくロッセ。
カマデールはシロノをじっと見つめる。
「なあに?」
「君ならどうするー?」
「……そうだね。王級の魔物って軍隊なんだっけ。なら、さっきのクマと猪は見回りかな?」
「たぶんねー」
「仲間の帰りが遅いなら誰かを探しにいかせるよね。それを叩こう。で、あえて1匹逃がす。後を追けて、敵の本拠地が分かったら」
「オレらが全員で攻めこむわけだな」
「ううん。火攻め。根城ごと配下も王級も全部燃やしちゃおう。騎士団の人達は逃げ出してきた魔物を1匹残らず倒してね」
「楽そうだねー。それでいこー」
「カマデールが乗り気なら、オレも文句はねえぜ。薪なら大量に手に入ったことだしな」
「話もまとまったのなら、私達は先に帰らせてもらうか」
リブはシロノの手を握って帰ろうとする。
2人の肩をロッセとカマデールが掴んだ。
「士気が下がる。付き合ってくれ」
「うちは脳筋ばっかで参謀がいないんだよー。その辺のところ、もっとお話しよー」
騎士団は一度散開して魔物が来るのを待つことになった。
シロノ、リブ、カマデールは1番隊と待機する。
カマデールは丸太に座り、その横にハンカチを敷いた。
「シロのん。おしゃべりしよー」
「団長さんは休んでいていいの?」
「ここはロッセの管轄だからねー。第1の方は副長に任せてきたし」
シロノはハンカチの上に腰掛けた。
「最近キナ臭いんだよねー。シロのんならどうやってうちを攻めるー?」
「といっても、ボクはこの国のことあまり知らないんだよね」
「ざっくり言うと、兵士2万、魔法使い2千てとこだよー。あと聖女様かなー」
「2万……想像できないなぁ。まず聖女サマはどうにかしたいね。ちょうど今みたいに国を離れてる時がいい」
「だよねー」
「後はどうしよっか。カマデールさんも手を打っておきたいな。なんとなくで作戦を潰されそうだし」
「買いかぶりすぎじゃないかなー」
「そもそも、何をすれば勝ちになるの?」
カマデールは顎に指を当てて首を傾げる。
「敵が白旗を上げたらかなー」
「うーん。よく分からないね。ボクは騎士じゃなくて狙撃手だから」
シロノは弱点、弱点と頭の中で呟く。
久しぶりに、刷り込まれた知識が呼び起こされる。
【王国の弱点】
食糧を他国からの輸入に頼る部分、大。
備蓄は篭城3か月分。
「ふうん。戦わなくて済みそうだね」
「えー?」
「これなら聖女サマもカマデールさんもどうこうする必要ないよ。ただ食糧を断てばいいみたい」
「へ?」
カマデールはポカンと口を開ける。
少し惚けた後、反論を試みた。
「でも、近くには森もあるし、食べ物に困るとは思えないんだけどー」
「2万2千の兵とそれ以上いる市民。森にある食べ物だけでもつかなぁ」
「う……」
シロノは想像してみる。
森の入り口あたりの食べ物は数日で狩り尽くされ、日が経つほど奥へ奥へ探しに行くことになるだろう。
当然モンスターとの交戦も増え、調達できる量も減っていくだろう。
さて、森の食べ物は人間だけの物だろうか。
モンスターも食べ物が減れば飢えるだろう。
そこへ兵士を見れば、襲うのではないだろうか。
兵士は日々損耗していくことになりそうだ。
敵側もただ指を咥えて待つ必要はない。
輸送隊を定期的に襲うだけでも王国には大打撃になるのではないか。
「ロッセー、助けてー」
リブを撫で回していたロッセが面倒くさそうにやって来る。
「んだよ。今いいとこだったのに」
「うちの兵糧って何ヶ月分? 他国に頼らなくても森でなんとかなるよね?」
「ああ? なに馬鹿なこと言ってんだよ」
「だよねー。大丈夫だよねー」
「半年ももたねえよ」
「うそーん」
カマデールは後ろに倒れた。
「嘘はオレが言いてえよ! なんでそんな基礎的なことを知らねえんだ! それに森だあ? 魔物に遭遇しないで済むのはテメエだけなんだよ! 普通の兵士は命がけだっつーの!」
「シロノ。今度はなんだ?」
いつの間にか三つ編みになったリブがやって来る。
シロノは食糧を断てば王国は戦わずに負けるという予想について話した。
「その心配は不要だろう。食い物を他国に頼る国などあるわけがない。あったとしたら、その国の軍とはその実、ただの略奪部隊だ。こいつらがそうとはとても思えん」
「リブ、庇ってくれるのは有難てえが、実際食糧の半分以上は他国から買い取ってる」
「なに? 正気か? 信じられん……」
「魔法具を中心に貿易でやり繰りしてるそうだ。足りない労働力も魔法でなんとかしてる部分がでかいって宰相が言っていたぜ」
「土は? 土の魔法使いは何をやっている」
「土?」
ロッセはカマデールを見る。
カマデールは首を振った。
「わりぃ。土の魔法使いなんて聞いたことがねえ」
ロッセの返答に、リブは頬を膨らませた。
シロノに両腕を伸ばす。
「シロノ、だっこ」
「よしよし」
リブを抱き上げ、背中をポンポンと叩いてやる。
騎士が数人、ロッセを取り囲んだ。
「団長、歯ぁ食いしばりましょうか」




