34 予定変更
オークの中でも、人間の女を特に好むモンスターがいる。
他のオークと比べると体が大きく力も強いが、考えることは苦手なものが多い。
全裸に腰布を巻いただけの一匹のオークは、風にまぎれて香ってきた人間の女の匂いにいやらしい笑みを浮かべる。
「プヒッ(女だぁ……女のにおいがするぅぅ)」
茂みをかき分け匂いの元へ走る。
布は枝に引っかかり、既に無い。
完全な全裸だ。
オークはとうとう人間を見つけた。
鎧を着たのが6人いる。
「ブヒッ? (あれ?)」
なんか、思ったのと違う。
オークは鼻をスンスンと鳴らした。
匂いは間違いなく女だが、オークの知っている女はもっと細かった。
あんな筋骨隆々の戦士ではない。
「オーク1体を発見! セイエ、オクタ、ヌイヴェで当たれ! 他は警戒!」
「「は!」」
「ブヒッ(よく分からんが、裸にすれば一緒だろ! 全員俺のもんにしてやるぅぅ!)」
オークはあっという間に両腕、両足を斬られて地面に倒された。
ドクドクと流れていく血に、死を覚悟する。
「ブヒッ(くっ……殺せ!)」
「言葉は分からないけれど、今楽にしてあげるわ」
女は兜を脱いだ。
「ブヒッ! (騙したな! 男じゃないか!)」
ドシュ。
騎士はオークの頭を貫いた。
「セイエ。なに突き殺してるのよ」
「なんかイラッとして、つい」
「頭はダシにもならないんだから取っちゃうわよ。首を落とすから剣を抜いて」
騎士達は手馴れた手つきでオークを解体していく。
「あら、良い香草が生えているじゃない。肉に詰めて一緒に焼くと良い隠し味になるのよねー」
「よし出来た。今回の運搬係りはどこの部隊だっけ?」
「4班じゃかったかしら。たしか今シロノちゃんの護衛をしてるはずよ」
「急ぎましょう」
「そうね」
一方、シロノ達は次々とやってくる騎士達に呆気に取られていた。
大型の鳥のようなモンスターを狩ってきた騎士達が得意げに見せに来たかと思えば、鹿のようなモンスターを背負った騎士達がやってくる。
「どう? シロノちゃん。この魔物は脂も乗っていて美味しいのよ」
「わ、大きいですね。ボクも狩ってみたいな」
「ふふふ。今度の休みにでも一緒に行く?」
「ちょとー、抜け駆けはなしよ」
リブにも騎士達が群がっている。
「リブちゃん、この果物は市場でもなかなか手に入らないの。良かったら食べて」
「美味しいアプリルパイを焼くお店を知ってるの」
「リブちゃんは可愛い服に興味ない? 姉が働いている店が良いセンスしてるのよ」
頃合をみて、ロッセが持ち場に戻るように言う。
しかし、別の部隊が次から次へとやってくる。
「お前ら、普段からそれくらいやる気を出して欲しいな」
「団長だって今ならカマデール団長に勝てるんじゃないですか?」
「ははは! 違いない!」
ロッセは剣を手に、1メートルほどの太さの大木に近寄っていく。
気合の掛け声と共に斬りつけた。
両断された木は後ろへ倒れていく。
「今日のオレは絶好調だな!」
「ロッセ、それは魔剣ではないか?」
「おっ。リブは分かるのか。その通り。こいつはオレんちに代々伝わる家宝だ」
「ちょっと見せてもらってもいいか?」
「ん? いいぜ」
ロッセは剣を地面に置いた。
リブは剣を片手で持ち上げ、何か呟きながら2、3回振る。
剣が青い光を帯び始めた。
「おいおい。そいつが光るなんて聞いてないぜ」
「使い方は失伝しているのか。なら覚えておけ。こいつの銘は『カララーン』。呪文は『薪になれ』だ」
「は?」
「まあ見ていろ」
リブは魔剣カララーンを倒れた大木に突き刺した。
「薪になれ!」
眩い光が魔剣から迸る。
パキパキと渇いた音を立てながら、大木は端から順に手ごろなサイズに割れて薪へと変わっていく。
3分の1ほど薪になると、剣から光が失われていった。
「マナは大気中から勝手に吸い集めていくタイプだな。1日1度が限度だろう」
「便利だがよぉ……斧じゃねえんだから、薪になれはあんまりじゃねえか?」
「もっと詳しく知りたければ学院とやらの魔法使いか、作った種族の鍛冶師にでも聞くんだな。隠し機能なんてのもありそうだが、私には分からん」
「ははは! 名前が分かっただけでもマシってもんよ。ありがとなリブ!」
ロッセはリブの頭を撫でた。
「よし、第3部隊は薪を拾え! その後は第4部隊と同行、このままセレーネ湖へ向かう!」
シロノの周りにいた騎士達が薪へ向かおうとすると、茂みから騎士が飛び出してきた。
「団長! 魔物の群れです! 至急応援を!」
「ちっ、マジかよ。第4! 荷物は置いて付いて来い! 第3は3人で第2に連絡! 残りは私に続け!」
「「はは!」」
「シロノとリブも来い。森で2人きりになるよりマシだろ」
全員で森を進む。
すぐに5人の騎士が魔物と交戦している場所に辿りついた。
上半身に鎧を着たクマに、体中に白い模様のある巨大な牙を持つ猪が4頭いる。
既に倒したのか猪が2頭、横たわっていた。
「ヨロイグマにケンシブタか。お前ら! 日頃の訓練を見せる良い相手だ! 3対1で囲め!」
「「おう!」」
「えい」
ドシュ、ドシュ。
猪2頭は目を貫かれ、即死した。
仲間を倒された残りの猪が、他の騎士に脇目もふらずにシロノに突進してくる。
「総員退避!」
「いや、あれは私が止めよう」
リブはシロノの前に出る。
「リブ。クマが逃げようとしてるから3体ともナナで捕まえて」
「なに? 分かった……『ナナ』」
ジャラジャラジャラジャラ。
クマと猪は鎖で動きを封じられる。
即座に騎士の一太刀を浴びて絶命した。
「総員警戒態勢! 第1部隊は被害状況を報告しろ!」
「軽度の打撲はありますが、全員戦闘続行できます」
「分かった。第1部隊は休め。第2部隊は魔物の検分をしろ。シロノとリブには話がある」
「なあに?」
「シロノ、咄嗟に2頭のケンシブタを仕留めたのは良かったぜ。リブもあの魔法は素晴らしい」
ロッセは2人の頭を撫でる。
手を頬に下ろし、ムニっとつねる。
「だが、勝手な行動をしたのは不味かったな。今回は上手くいったが、軽率な行動だぜ。騎士団は連携を守らないといけねえんだ」
「……ボク、騎士じゃないんだけど」
「クー!」
魔物を調べていた騎士が1人近づいてきた。
「なんですかい団長」
「オレを殴れ!」
クーは遠慮なくロッセの頬を殴った。
盛大に吹き飛んで地面に倒れる。
近くにいた騎士が鞘で頭を殴った。
「これはリブちゃんの分ですわ」
「ぐぅ……甘んじて受けよう……さて、じゃれあうのも程ほどにして方針を話し合おう。ヨロイグマとケンシブタは本来群れねえ。アイリ、状況を教えてくれ」
「了解しました。森を進行中、まずケンシブタが茂みから突進してきました。運よくこれを回避。するとヨロイグマが背後から現れ、他の魔物に取り囲まれました」
「争っていた所に出くわしたわけじゃねえんだな?」
「完全に待ち伏せであったかと」
「マジかよ。こんなこと今までなかったぞ」
ロッセは腕を組んでうなる。
「……まさか、王級でもいやがるのか?」
「王級ってなあに?」
「魔物を指揮する特殊な奴でな。対立してる氏族どころか種族さえ超えて統治するらしい」
「ああ、今は魔王のことをそう呼ぶのか」
「物語のやつか。確かにそうだな。滅多に生まれねぇはずなんだが、ここは王級がいるとして行動するべきか?」
「王級がいるとしたら、どうするの?」
「どうすっかなぁ。オレもお爺様から聞いただけなんだよな。王級に率いられる魔物は軍隊じみている分、無秩序に暴れまわる魔物大発生の方が性質が悪いとしか覚えてねえ」
「魔王、いや、王級か。あれは時間が経つほど魔物を傘下に引き入れていくぞ。叩くなら早いにこしたことはない。物によるが、1月もあれば森の魔物全てが王級の部下になっていても不思議ではない」
「そんなに早いのか? 森には災害とまではいかなくても、それに近い奴が何体かいる。そいつらに返り討ちにあったりしねえか?」
「期待しないほうがいいな。あれは魔物の王。強い魔物ほど王級のために動くだろう。魔王が2人でもいない限りな」
「それこそ物語の世界だぜ。王級は数百年に1度生まれるかどうかだろ? ……ったく、こんな時、カマデールがいりゃあ楽なんだがよ」
ロッセは苦虫を噛み潰したような顔になる。
シロノは首を傾げた。
「男の騎士団の団長か。そいつがどうしたんだ?」
「あいつは勘だけで物事を決めやがんだよ。そのくせ、間違った判断を下したことがねえ。ずりい」
「ふうん。なら、カマデールさんに『王級倒してきて』ってお願いすれば案外うまくいっちゃうのかな」
「……あいつの場合、馬鹿にできねえからなぁ。アイリ、休憩が終わったらカマデールのとこに行ってくれねえか?」
「いいですけど、団長達はどうするんですか? いえ、シロノちゃん達が湖に行くかどうかですね」
「私達としては魔王なんぞいる国は早々に出るべきだと思うがな」
リブの言葉に、騎士団に衝撃が走った。
全員が抜刀する。
「アイリ、死ぬ気でカマデールを連れて来い」
「はい! 第1部隊、全力で行くわよ!」
「「おう!」」
ロッセは剣を空高く掲げる。
「お前ら! これより王級を殲滅する! 第2騎士団の意地を見せろおおお!」
「「おおおおお!」」
奮い立つ戦乙女達。
シロノはリブにそっと耳打ちした。
「ボク達、今日帰れるかな」
「カマデールとかいう奴に期待しよう」




