32 貴族の娘
湯冷めしたシロノとリブは、もう一度温まりなおしてから風呂を出た。
長い金髪を束ねてマフラーのように首に巻いて出てきたリブに、タオルを持った侍女が目を見開く。
「少々お待ちください」
しばらくすると4人の侍女がやってきた。
3人はリブの髪にタオルを当てて水分を拭き取っていく。
シロノも髪をタオルでワシャワシャと拭かれた。
「あれ?」
着替えを入れておいた篭には服がなかった。
代わりに、見覚えのない薄青色の布が折りたたまれている。
侍女が言うには、ユカタという服らしい。
着てみるとやや動きにくいが、涼しくて湯上りには丁度良い。
侍女が感想を聞いてきたのでそのまま伝える。
「シロノは水色か。なかなか似合っているぞ」
リブは子供サイズの桃色のユカタを着ていた。
2人は1番年上の侍女の案内で屋敷の一室に案内される。
客間のようで、ベッドが2つにある。
「現在、お客様の服を魔法で乾かしておりますので、しばらくお待ちください」
侍女は頭を下げて退室した。
「リブの髪も、一緒に乾かしてくれたらいいのにね」
「それは不味いな。『乾燥』は服に使うならいいが、髪だと痛んでしまうんだ」
コンコン。
「は~い」
「失礼します」
白髪の執事が入ってきた。
執事は礼をすると申し訳なさそうな表情になる。
「他言して欲しくないのですが、敷地内に賊が侵入した恐れがあります。賊が見つかるまで、お客様にはしばしお待ち頂きたいと思います」
「賊だと? ならば、シロノの武器を一時的に返して欲しいな。こちらに護衛を付けてくれるわけではあるまい?」
「……男手は全員、捜索に借り出されております。致し方ありません。保管場所から持ってまいりますので、それまで部屋から出ないでください」
執事は部屋を出て行った。
「なんか物騒なことになっちゃったね」
「そうだな。まぁ、お貴族様の屋敷だ。すぐに捕まるだろう」
リブは本棚から本を取り出し、椅子に座った。
シロノも座る。
『シロノ、私達は監視されているようだ。恐らく術者は屋敷の中にいるのだろう。屋敷の外には一応結界が張ってあったからな」
『へ~。リブってそんなことも分かるの』
『ふん、この程度の“遠見”なら造作もない』
『あれ? もしかして裸も見られてたの?』
『セントーの時は何もなかったな……安心しろ。私と絆を結んだ時に、その手の不埒な魔法は妨害するようになっている。魔女の裸を見ようとするとろくな目に合わないのは、魔法使いの間では常識だと思うんだがな……』
『ならいっか。ところで、なんでボク達監視されてるんだろう』
『分からん。私としては教会と繋がっていないことを祈るばかりだ』
『その術者の居場所って分からないかな。聞いたほうが早いと思うんだけど』
『あまり貴族とは関わりたくないんだが……最悪、この国から出ることになるぞ?』
『他の国ってどんなところ? リブは知ってる?』
『まぁ、あちこち飛び回ったりしたな。海の幸に恵まれた国サイディア。鉱脈や獣、薬草に山菜などの豊富な資源の眠る広大な森に囲まれた国エルメ。放牧を生業としする民マルゴール……そろそろこの国を出てもいいかもしれんな』
リブは本を閉じて立ち上がる。
「ナナ、シロノを頼むぞ」
ジャラン。
2人は部屋を出る。
リブは迷うことなく廊下を突っ切り、階段を下りた。
「この階だ。3番目の部屋にいる。ちょっと脅かしてやるか」
リブは壁に向かって話しかけ始める。
「今からそっちに出向いてやる。大人しく待っていろ」
「どんな人だった?」
「14、5の小娘だな。身なりの良い服装をしていたから、この家の令嬢かもしれん」
突然、ドアが開いて男が2人出てきた。
屋敷の使用人のようだ。
「ん? お前ら見ない顔だな。賊か?」
「くだらん芝居は止めろ。怪我をしたくなかったら引っ込んでるんだな」
「賊だ! 取り押さえるぞ!」
「おうっ」
男達は襲いかかってきた。
リブは両手を広げて2人に突っ込んでいく。
そのまま2人の首に腕を絡め、引き倒した。
「なんだ今の音は!」
隣の部屋から若い執事風の格好をした男が出てくる。
シロノは右手をかざした。
「ナナ、鳩尾を突いて」
魔法陣が手の平に浮かび、白い鎖が飛び出す。
男はすぐに逃げ出すが、鎖は男を追い越し、即座に反転、鳩尾に突っ込んだ。
男は吹き飛び仰向けに倒れる。
男を縛り上げようとするのを、シロノは待ったをかける。
「ナナ、戻って。まだいるから」
鎖は魔法陣へ吸い込まれていった。
シロノは階段を見上げる。
トン、トンと足音を立てながら、トレーを持った老執事が階段から下りてきた。
「困りますね。部屋からは出ないでくださいとお伝えしたはずですが?」
「そうだっけ」
「お行儀の悪い子には、お仕置きが必要なようですね」
老執事はトレーを床に置き、シロノの魔銃を2丁とも突きつけてきた。
そして、ばたりと倒れる。
「なんかこの光景、久しぶりだなぁ」
魔銃を回収し、リブの元に戻る。
リブの横には両手を上げた少女が立っていた。
ウェーブのかかった青い髪を肩まで伸ばした、温和そうな顔立ち。
リブの言ったとおり高価そうなドレスを着ている。
シロノはとりあえず少女の頬を掠めるように撃った。
「ひっ」
「シロノ、これは降参の合図だ。気持ちは分かるが、あまり苛めてやるな。下手すると漏らすぞ」
「も、漏らさないわよ! ひっ」
また頬を掠める。
「じゃれるのは後だ。まずはこいつに話がある」
「は~い」
「……さて、お前の目的はなんだ? 正直に話していないと判断したら蜂の巣にするぞ?」
「あ、あなた達の実力が知りたかったの。私はフロワ家の3女で、このままだと呆けたジジイに嫁がされるのが落ちなのよ! だから、そうなる前に冒険者として身を立てようと思ったの!」
「貴族の娘ならもっとマシな道があるだろう」
「私、昔から冒険ってのをしてみたかったのよね。夢は古代遺跡を発見して、この家を超える大貴族になることよ」
少女はフンスと鼻息を荒げた。
「そ、そうか。まぁ、頑張れ」
踵を返すリブを慌てて少女は引き止める。
「待って、私もあなた達のパーティに入れてくれない? 見たところ女の子だけみたいだし」
「夢を叶えたいなら他を当たれ。私達はのんびり稼げればいいんだからな」
「私は学院の準主席よ。覚えてる魔法もたくさんあるんだから。あなた達は戦士に狙撃手でしょ? 魔法使いは1人は必須よ」
「信じられんかもしれんが、私は魔法使いだ」
「断るためにしても、その嘘はないんじゃないかしら」
「おい」
「まあまあリブ。えーと、あなたのお名前は?」
「テオよ。そういうあなたは?」
「ボクはシロノ。ちなみに、あと1人ミラルダっていう剣士がいて男だよ」
「う、男もいるの……虫除けになると思って我慢するわ」
「お前、少しおかしいな。主張がコロコロ変わっている。何か隠しているだろう?」
シロノは2丁ともテオに向ける。
テオはびくっと震えた。
「……お兄様に、あなた達に付いて行けって命令されたわ。次期当主の言うことには逆らえない。け、けど! 嫁がされるのも、冒険したいのも本当のことなの!」
「待て。何故お前の兄が出てくる。私達は今日が初対面だぞ」
「知らないわ。ただ付いて行けとしか言われていないもの」
テオは手を組み、膝をついた。
その体が淡い光に包まれていく。
「慈愛の女神アフロダイテアの名のもとに宣言します。私、テオ・フロワは真実を述べていると」
「他に話していないことは?」
「ありません」
光が消えた。
「すみません。あります」
また光が輝き始める。
「個人的なことなので、勘弁してくれない? あなたにも言いたくないことの1つや2つあるでしょ?」
「こちらにも事情があってな。怪しい奴を仲間にする余裕はない。ああ、忘れていたが仲間になるなら、ある程度命の危険が伴うことを覚悟しておけ」
「貴族も似たようなものよ。どこにいても同じなら、私は夢を追いかけたいわ」
「ちなみに、断ったらどうなるの?」
「……そうね。たぶん、フロワ家の顔に泥を塗ったとか難癖つけて無理やりパーティにねじ込むんじゃないかしら。あなた達がこの家に来て、私と出会った時点で既に事態は詰んでいるのよ」
「うわぁ~。ずるいね……」
「貴族とはそういうものよ」
テオは立ち上がるとにっこりと微笑んだ。
「そういう訳だから、これからよろしくね」




