31 聖女風呂
シロノ達は街の入り口で騎士に止められた。
事情を話すと騎士は山賊を引き取り、懸賞金を渡してくれた。
詰め所を出た一行は今後の相談をする。
「まずは昼食にしないか。この間の喫茶店はどうだ?」
「何て名前の店でしょうか?」
「たしか、喫茶ガーウェンだっけ?」
「あ、すみません。マリンさんに薬代を払いたいので別行動にして頂いてもいいですか」
「今日はもう狩りにもいかないと思うし、ボクはいいよ」
「ありがとうございます」
ミラルダは走り去っていった。
「どうしたんだろう? なんか様子が変だったね」
「店主の孫とか、知り合いなんじゃないか? シロノはガーウェンでいいか?」
「うん。あのお婆さん、また剣を構えてるのかなぁ」
喫茶ガーウェンは店主以外おらず、落ち着いた雰囲気のままだった。
シロノ達に気づくと、店主の老婆は朗らかな笑みで出迎えてくれる。
「いらっしゃいませぇ。今日は何になさいますか?」
「今日は昼食を摂りたいのだが、お勧めはあるか?」
「そうですねぇ、ほぐした白身のスープ煮なんてどうかしらぁ。あったかいからお腹に優しいですよぉ」
「おいしそうだね。それにしようかな」
「私も同じものを頼む。あと、食後に温めのコンヒーと果汁をひとつずつ」
「お待ちくださいませぇ」
店主はカウンターの奥へ向かった。
「ご飯を食べたら服屋さんに行かない? パンツの補充もしたいし、ナナを拭く布も欲しいんだ」
「赤いやつか。まさかミノタウロスにあんな習性があったとはな。よく知っていたな」
「店員さんが教えてくれたんだよ。パンツをチラって見せて油断を誘うんだって」
「……シロノはそんな破廉恥なマネはするんじゃないぞ」
「最初はやろうかと思ったんだけど、スカートがスースーするから止めちゃった。リブはスカート平気?」
「スカートか……あれは下に短パンみたいなパンツを履くと気にならんぞ」
「それって短パンで良くない?」
「様式美の問題だな。シロノにはそのうちマリンあたりに淑女のたしなみを教えてもらった方が良いかもしれん」
「しゅくじょ?」
「大人の女という奴だ……駄目だな。マリンが怒るイメージしか思い浮かばん」
「マリンに年齢のことは禁句だからね」
2人がおしゃべりに花を咲かせていると料理が運ばれてきた。
頼んでいないパンも付いている。
「育ち盛りだから、たくさん食べなきゃねぇ」
店主はそれだけ言ってカウンターの奥に引っ込んでいった。
白身魚のスープ煮はホカホカと湯気が立ち上り、煮込んだ野菜の匂いが鼻をくすぐる。
リブは一匙すくうとシロノの顔に持っていった。
「ふーふーしてくれ」
「いいよ。リブにはちょっと熱いかもね」
リブはカウンターの方を見た。
店主がウインクしながら親指を立てている。
リブも親指を立てて合図を返した。
「はい、あーん」
「あーん……ほう、シロノも食べてみろ。美味いぞ」
「……本当だ。あったかくて、おいしいね」
シロノ達は食後のお茶を楽しんだ後、喫茶店を後にした。
服屋に向かう途中、痩せた男と一緒にいる男の子、レムと出会う。
「やあ、君らは確か先日の」
「姉ちゃん! また『7英雄』で勝負しようぜ!」
「えーと、リウスさんだっけ。こんにちは。レムもまた遊ぼうね」
「2人は暇かな。俺達はこれから聖女様の故郷の名物『セントー』に行くんだ。一緒にどうだい」
「なんだそれは?」
「なんでも肌がツルツルになるお湯に浸かる施設らしい。『洗浄』の魔法や水浴びとは比べ物にならないほど気持ちがいいんだとか」
「リウスの兄ちゃんがおごってくれるんだ!」
「太っ腹だな。どうするシロノ。服屋は後にするか?」
「そうだね。汗もかいたし、さっぱりするのもいいかも」
リウスの案内で道を歩く。
しばらくすると、シロノは見覚えのある服装をした人が多いことに気が付いた。
平たい帽子に黒いローブ。
談笑しあう青少年と何人もすれちがう。
「彼らが気になるのかい? もしかして、君らは外から来たなのかな。ここはこの国の誇る魔法学院の近くなんだ。彼らはそこの学生なんだよ」
一行は屋敷の前にやって来た。
リウスが門番に声をかける。
「やあ。絵描きのリウスが来たとバン様に伝えてくれないか」
「あんたか。若旦那様から話は聞いている。そっちの3人は連れか?」
「そうそう」
「一応武器は預からせて貰う」
シロノは「氷の矢」と「塩の矢」を預けた。
扉を開けると黒の長袖、長スカートを履き、白いエプロンを着た女性が立っていた。
「フロワ家にようこそ。どのような御用でしょうか」
「セントーってのを作ったから、是非入りに来てくれとバン様に招待されたんだ。これ招待状」
「お預かりします」
女性は便箋を受け取るとお辞儀をし、階段を上っていった。
ほどなくして金髪の青年が駆け下りてくる。
「やあ! やっと来てくれたんだねリウス! 待ちくたびれたよ!」
「久しぶりだな、バン。いや、ここではバン様かな?」
「ははは。同級生じゃないか、よしてくれよ。あ、もしかしてこの女の子が今度のモデルかい?」
青年、バンはリブを見下ろす。
「いや、違うよ。こっちの男の子さ」
「へぇぇ。僕には芸術はよく分からないなぁ。ま、それよりセントーだよ。自信作だから是非堪能してくれたまえ!」
一行は屋敷の中をバンの案内で歩く。
レムがリウスの裾を引っ張った。
「ちょっと兄ちゃん。俺、モデルのことなんか聞いてねえーぜ」
「バレちまったかー。実は今度、天使の絵を描こうと思ってんだ。頼まれてくれないか?」
「天使ってあの羽の生えた裸のやつ? ……え? まさか今日誘ってくれたのって……」
「モデル代とチャラってことでよろしく」
「せこいぜ兄ちゃん!」
「さあ着いた! 男性はこちら、女性はあちらにどうぞ!」
ドアの前に執事らしき男性と、隣の部屋のドアの前に先ほどの女性が立っている。
シロノ達は女性の方へ向かった。
部屋の中に入ると籠を渡される。
「お召し物はその中にお入れください。セントーは浴場になっております。そちらのカーテンの向こうになりますので、ごゆっくりおくつろぎください」
女性はお辞儀をすると部屋を出ていった。
2人は服を脱いで籠に入れた。
カーテンを捲ると、2人が泊まっている宿屋の部屋よりも何倍も広い空間が広がっていた。
部屋と同じくらいの広さの浴槽に、薄い緑色のお湯がたっぷり張られている。
「わぁ~。すごいねリブ」
「貴族のやることは相変わらず分からんが、これは大したものだな」
リブはお湯に指をつけて舐めてみる。
「薬湯の一種だな。美肌効果は分からんが体には良さそうだ」
「へぇ~。なんか高そうだね。このまま入ったら汚れちゃいそう」
「そこに桶がある。体を軽く洗ってから入るか」
2人はお互いに洗いあう。
途中、ナナが勝手に召喚の魔法陣から飛び出してきてシロノが使っている桶に飛び込んだ。
「ナナって鎖だよね。錆びないのかな」
「後でしっかり拭いてやれば大丈夫なんじゃないか?」
「そっか。ナナ良かったね。一緒にセントーに入ろうか」
ジャラン。
ナナを腕に巻きつけ、シロノとリブは浴槽に入った。
肩まで浸かると、じんわりとした温かいお湯に、つい溜息が出る。
シロノがのんびりと薬湯を味わっていると、リブがザバザバと立ったり座ったりしていた。
「どうしたの?」
「私には少し深すぎる。座ると顔までお湯がくるし、立つと寒い」
「こっちにおいでよ。だっこしてあげる」
リブはすい~っと平泳ぎでシロノに近づいた。
だっこすると、肩にリブが顎を乗せてくる。
「あー……これは楽でいいな」
「リブはあったかいね……わぁ、髪の毛って濡れるとすごく重いんだね」
「ああ、私は特に長いからな。シロノは短くした方が良いと思うか?」
「リブの髪の毛はキレイだから、このままでいいんじゃない?」
「そ、そうか」
リブがぎゅっと抱きつく。
しばらく2人はゆっくりと薬湯を楽しんだ。
「ん? ナナのやつ、震えてるぞ」
「もしかして、のぼせたのかな」
「鎖のくせに妙なやつだな。まあ、そろそろ私達も上がるか」
「そうだね。リブの髪も洗わないとだし」
「シロノ」
「なあに?」
「すまないが、1人の女として頼む。髪を洗うのを手伝ってくれ」
「いいけど、改まる程のこと?」
改まる程のことだった。




