30 鎖
煙のようにダッグの幻が消えていく。
戦闘は終わったと判断し、シロノとミラルダがやってきた。
ミラルダはせっせと山賊達を縄で縛っていく。
途中で頭目が逃げようとして撃ち抜かれたりしたが、作業は滞りなく行われた。
ガッチャガッチャ、ガッチャガッチャ。
鎖はダッグの体を這い回る。
「リブ君。逃げないので、もう放してもらえまいか」
「すまんな。初めて外の世界を見るせいか還ろうとせん。そいつが飽きるまで付き合ってくれ」
シロノは鎖を撫でた。
「リブ、この子達の名前はなんていうの?」
「ん? 特に名前はないな。強いていうなら『永久の揺り籠』か?」
「この子達って……あ」
シロノは念話に切り替えた。
『この子達ってリブが封印されていた棺の鎖でしょ?』
『その通りだ。長い付き合いのうちに仲良くなってな。使い魔として契約したんだ。2人きりだったから、おいとかお前で事足りていた』
『じゃあボクが名前を付けてあげてもいい?』
『いいぞ』
『わ、ありがとう。どうしようかな~。ん~……この子達ってそれぞれ意思があるの?』
『いや、7本で1体の魔物だな』
『ふうん……』
シロノは鎖の1本を握った。
その1本はダッグから離れ、シロノの体をひとしきり這い回った後、シロノの頭を撫でてきた。
「ボクの声が聞こえる?」
ジャラ。
鎖が頭から離れ、先端が上下に揺れる。
「ボクはシロノ。数日前にリブがマスターになったから、君は先輩みたいなものかな?」
また鎖が揺れる。
「名前が無いみたいだから、ボクが付けるね。君の名前は『ナナ』。どうかな」
鎖が一斉にシロノに殺到した。
リブが慌てる。
「大丈夫かシロノ!」
揉みくちゃにされるシロノ。
リブが引き剥がそうとすると、鎖は光に包まれた。
光が収まると、鉛色だった鎖が白に近い銀色に変化していた。
鎖はジャラジャラと音を立てながら金の魔法陣へ還っていった。
「シロノ、どこも怪我はしていないか?」
「うん、大丈夫。それより、気に入ってくれたのかな?」
「怪我がないならそうじゃないか?」
「ふむ。シロノ君が名前を付けたのをきっかけに、鎖の魔物としての格が上がったようだね。もしかすると契約も交わせているかもしれない」
「そうなの?」
「試しに召喚してみてはどうかね」
「リブ、どうすればいいの?」
「複雑なことは必要ない。ただナナのことを思い浮かべながら『封印』と唱えればいい……手本を見せるとこうだな。『封印』」
金の魔法陣がリブの足元に浮かび上がる。
しかし、いくら待っても鎖は出てこなかった。
「……『ナナ』」
ジャラジャラジャラジャラ。
「……少なくとも、名前は気に入ったようだな」
鎖、ナナは還っていった。
シロノが試す番になる。
「じゃあ召喚してみるね」
ジャラジャラジャラジャラ。
シロノの手の平に金色の魔法陣が浮かび上がり、そこからナナが1本飛び出してきた。
ナナは左腕に絡まっていく。
「重くないけど、魔銃を使うから他にしてほしいな」
ナナはシロノの腰に絡まっていった。
よしよしと撫でてやる。
「そこならいいかな。じゃあナナ、戻っていいよ」
ナナはピクリとも動かない。
何度かシロノが呼びかけても、効果はなかった。
「……還らないな。ダッグ、これはどういうことだ?」
「気に入られただけでは? 現界し続けるのにマナを消費すると思うが、シロノ君、調子はどうかね」
「うーん。特に何も感じないけど……ナナ、いざという時に倒れたくないから、あまり吸いすぎないようにね」
ジャラン。
ナナは震えて音を立てた。
そこへミラルダがやって来る。
「すみません。俺のだけじゃ縄が足りないんですが、誰か持ってませんか」
「何本くらい?」
「山賊の頭だけです。シロノさんに右足を撃たれているので必要ないかもしれませんが」
「ナナ、さっそく出番だよ」
ジャラン。
山賊の頭目、ランは傷に手を当てて脂汗をかいていた。
シロノが端を持つと、ナナがひとりでに動いてランの腕ごと胴体に絡まっていく。
「へっへ。可愛いお嬢ちゃんに縛られるのもおつなもの……ぐああああ」
服を引き裂きながら、ランを締め上げるナナ。
「シロノさん。この変態は俺が持ちましょう」
「あ、うん」
「では他の奴らは私が引っ張っていくか」
「それには及びやせん!」
山賊達が、リブの後ろに綺麗に整列していた。
「姐さんの拳に惚れました! 一見ただのパンチでやすが、あの威力、只者じゃない!」
「「押忍!」」
「おお、なかなか見所のある奴らだな。お前らの悪行は知らんが、改心して自警団にでもなるんだな」
「「押忍!」」
ポーが一歩進み出る。
「師匠、今までお世話になりやした。俺、今日から姐さんの拳を目指します」
「おや? まだ君にはオークを狩ってもらっていないのだが」
「お前は最後の奴か。普通の奴が私の真似をしても体を壊すだけだぞ。素直にダッグのなんとか殺法を習っておけ」
「押忍!」
「……複雑な気分だよ、我が弟子よ」
ポーを寂し気にじっと見つめるダッグ。
おい、犬が喋ったぞ、という声がちらほら聞こえたが、一行は街へ向かった。




