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28 山賊

「ふん、は!」


 森の中で、男は棒を鋭く突いた。

 数メートル離れた草が揺れる。


「ぬ、ううん!」


 棒の端を掴んで薙ぎ払う。

 ブンブンと音を立てながら、何度も何度も棒を振る。

 すっぽ抜けた。

 棒は木々の間を飛んでいき、森の奥へ消えていった。

 男は舌打ちをした。

 木でできた棒とはいえ、長年愛用してきたお気に入りの得物だった。

 真っ赤に充血した腕を頭上に掲げながら、男は歩き出す。

 すると、棒を咥えた犬が走ってきた。


「あらあららら」


 ダッグである。

 男は棒を受け取り、よだれを拭いた。


「すんません、師匠」

「ポーよ。棒さばきに迷いが見える。何かあったのかね」

「師匠は相変わらずのよだれっぷりですね。この量だと、またオークですかい」

「うむ。良い肉が手に入ったのでね。3食オーク尽くしだよ。それより棒さばきの話だが」

「……『赤カラス』に俺達『棒の一族』が抜かれたんで、ちょっとイラついちまってました」


 男、ポーは荷物から1冊の本を取り出した。

 表紙には「月刊山賊」と書かれてある。


「他人の付ける序列が、そんなに気になるのかね?」

「師匠は、その、犬だから気にならないんでしょーけど。俺らには面子ってもんがあるんで。この山賊業、舐められたら負けなんですよ」

「愚かな。オークさえあれば全てこと足りるというのに」

「師匠、よだれが」

「む、すまん……よし。我が不肖の弟子に、ひとつ技を授けよう。ただし……」

「分かってますって。数日以内にオークを狩ってくればいいんでしょう?」

「さすがは自慢の弟子だ」


 ダッグは棒を咥えてポーから離れる。


「あああ? おおああ」

「何言ってるか分かんねーです」

「ぺっ……いいか? これから教える技は雄、雌問わず殺傷する禁忌の技。必ず会得し、いの一番に放て」

「そこはみだりに使うなとかじゃねーんですね」

「気力、体力ともに消耗が激しい。出し惜しんでいるうちに使えなくなる」

「そいつはまた……」

「オーク殺法その6、『頭蓋粉砕打』」

「……それ、技なんですかい?」

「派生で『首骨折打』にもなる。お勧めの一撃だ」


 ダッグはポーに体の使い方を丁寧に教えた。

 その熱心さに心を打たれるポー。

 ダッグの口から流れるよだれに、オーク食べたさだと思い出す。


「では、いくぞ」


 ダッグが棒を咥え、実演する。

 『頭蓋粉砕打』を腹に受け、吹き飛ぶポー。

 ポーは胃液を撒き散らしながら地面を転げまわった。


「げほっ、げほっ……す、すげえ。確かにこれなら、オークの石頭でもかち割れるってもんですぜ」

「今のは3分の1の力だ。全力を出せば貫いてしまうからな」

「そいつはすげえ……ところで師匠。なんで毎回技を喰らわないといけねえんですかい?」

「文句があるのかね?」


 ダッグは構えた。

 抗おうにも、ポーの相棒はダッグが咥えている。

 師匠汚い。

 ポーは心の中で呟いた。

 ガサッと茂みをかき分けて、もう1人山賊が現れた。


「お、いたいた。ポー、犬とじゃれてないで行くぞ。仕事だ」

「いや、別にじゃれてるわけじゃねえんだけどさ。それにただの犬じゃないって何度言えば」


 わんわん。


 ダッグは犬っぽく去っていった。


「お前が犬好きなのは黙っててやるからよ。ほら、さっさと行くぞ」


 ポーは納得できなかったが、しぶしぶ仲間の後を追った。

 山小屋の前で数人の仲間と親分が待っていた。

 親分は肩に鷹を乗せている。


「ポーも来たから仕事の説明をするぜ。あと半刻もしたら新しく開いた迷宮から冒険者が3人やって来る。剣士が1人とポーターらしきガキ2人だ」


 親分は桶を持ち上げた。

 中にはニンジンが何本も入っている。


「こいつを道にばら撒いて馬を足止めする。商人に化けても素通りするような奴ららしいからな。馬さえ止めちまえばこっちのもんよ」




 シロノ達は馬を走らせていた。

 前を走るミラルダが振り返る。


「シロノさん、そろそろ行きで商人がいた場所に近づきます。まだいたらどうしますか?」

「どうしよっか。依頼も終わったし、山賊か商人かだけでも確認した方がいいかな?」

「確認は私がしよう。シロノとミラルダは馬に乗って待機していてくれ。最悪、私は走れば追いつけるからな」


 3人が馬を進めると、道の真ん中で数人の男が立ちふさがっていた。

 全員が槍のような木の棒を持っている。


「リブ、走り抜けよう」

「そうだな。ミラルダ! 力いっぱい飛ばせ!」

「はい!」


 ミラルダはせや! と馬に気合を入れて速度を上げた。

 しかし、急に馬が立ち止まったせいでミラルダは馬から転げ落ちる。

 シロノ達の馬も速度を落とし、地面に転がっている物を食べ始めた。

 リブが蹴っても叩いてもびくともしない。

 山賊達がシロノ達を囲み、棒の先を突きつけてくる。


「俺様は『棒の一族』のラン。これでも頭目ってことになってる。悪いことは言わねえ。迷宮で見つけたお宝を素直にこっちに渡しな」

「護衛しただけだから、何も持ってないよ」

「嘘はいけねえなお嬢ちゃん……ん? よく見たらなかなかの上玉じゃねえか。うぇっへっへ」

「うわー。親分引くわー」

「さいてー」


 山賊達は親分から距離を置いた。


「三度の飯より修行が好きな、お前らみたいな変人と一緒にするんじゃねえ! 俺は至極真っ当な山賊だ!」


 リブはシロノとミラルダの首根っこを掴み、親分と山賊達の間を抜けるように投げた。


「走れシロノ! こいつらは私が引き受ける!」

「はーい」

「えっ、シロノさん、さすがにそれは」

「ほらほら、今は逃げるよ」


 シロノはミラルダの背を押しながら走っていった。

 追いかけようとする山賊を、親分のランが止める。


「駄馬2頭も手に入った。その気になりゃあ馬で追いかけりゃいい。その前に……包囲陣!」

「「応!」」


 山賊達は素早くリブを取り囲んだ。

 ブォン、と棒の先が一斉に向けられる。


「おチビちゃんよぉ。舐めた真似してくれたなぁ。ちょっと痛い目見てもらうぜ?」

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