26 迷宮2
「……ねえ、あのミノタウロス、引っ張り上げられないかしら」
アヌアは荷物からロープを取り出した。
「食べるの?」
「えっ? ち、違うわ。彼の言葉、ちょっとだけ分かるの。王とか炎とか、今も助けてって叫んでるわ」
「私にはモーとしか聞こえんが……投降すれば助けてやると言ってみろ。良い鎧を着ているから、誇りを優先して死ぬかもしれんが」
「やってみるわ」
燃えながらも、必死に壁をよじ登ろうとしているミノタウロスに、アヌアは話しかける。
「もぉぉ、もぉぉ(あんさん、死にとうないやろ? もうかってまっか?)」
「モー(助けてくれぇええ! 死にたくないぃいい!)」
「もぉぉ、もぉぉ(もうかってまっか? もうかってまっか?)」
「モー(金なら払うからぁああ!)」
「!!」
アヌアはリブに力強く頷いて見せた。
リブは首を傾げつつ、ロープを下ろしてみた。
ミノタウロスが力強く握るのを確認し、引っ張り上げる。
「リブちゃん、すごい力持ちなのね……」
「早く火傷を治してやった方がいいんじゃないか?」
「そ、そうね」
アヌアの手が淡く光り始める。
ゼィゼィと喘ぐミノタウロスに両手をかざすと、光が体を包み込んだ。
アヌアの肌から玉のような汗が流れ出す。
ミノタウロスはゆっくりとだが、火傷が癒えていき、呼吸も安定していった。
「モー(ありがとう。おかげで助かった。金はいくらでも払わせてくれ)」
「アヌアさん、こいつ、なんて言ってるんですか?」
「えっと……ありがとう、助かった、角は捨てる」
「角は捨てる? どういうこと?」
「たぶん、もう抵抗する気はないんだと思うわ……もぉぉ(王様と話たいんやけど。うまい話がありまっせ)」
「モー(お前達は、商人だったのか? 賊の一味と早合点してしまった。少し待っていてくれ)」
ミノタウロス、ファラリスは手を振った。
ズズゥン。
出入り口を塞いでいた壁が上がった。
通路の奥から、騎士ムウが現れる。
斧は持っていない。
ムウはファラリスを背負う。
「……拙者、ムウと申す」
「あら、あなたは私達の言葉が話せるのね」
「幼少のみぎりより、旅の者に少しずつ教わった。此度は同胞の命を救ってもらった恩がある。そなたらの目的はなんぞや?」
「私は迷宮の調査に来たの。目的は、迷宮に住むモンスター……あなた達の文化レベルによって変わってくるわ」
「すまぬが、簡潔に述べてほしい」
「そうね……かなり高度な文化を築いているようだから、貿易、商売をすることはできないかしら。あなた達は鎧を、私達はあなた達に足りないものを提供することができると思うの」
「拙者、人間の物語に興味がある。今までは手に入れるのも一苦労であった。ありがたい話だ」
ムウはファラリスを連れて歩き出す。
一行はついていくと、迷宮の主が座る玉座の間に案内された。
「モゥ(暗黒騎士ムウよ。その者達は何者だ?」
「ムー(は! 商人を連れてまいりました! ファラリスの命の恩人でもあります)」
「モゥ(人間にも変わった者がいるのだな。どれ、この先は私が話すとしよう)」
シロノ達は玉座の数メートル前まで近づくことを許される。
玉座の横には騎士ムウが控え、万が一の場合に備える。
「私は迷宮の主。ミノタウロスの王、ミーノス。そなたらの要求はなんだ?」
「この迷宮の運営について提案を」
「我らの営みに何故人間が口を出す?」
ミーノスの威圧に、アヌアは縮み上がりつつ、なんとか言葉を搾り出す。
「迷宮には冒険者がやってきます。これを止めることは不可能です。ただ撃退するのではなく、宝箱を配置したり、強い戦士のいる部屋の隣に転移陣を設置するなどすれば、冒険者は満足して引き返していくでしょう。手間はかかりますが、迷宮の一部を冒険者のために解放しては頂けませんか?」
「話にならぬ。何故人間の欲望に我らが付き合う必要がある。茶番に興味はない。帰るが良い」
「ま、待ってください! もしこのままただ冒険者を撃退し続けたら、あなたの国は迷宮もろとも滅ぶことになりますよ?」
「人間ごときに遅れは取らぬ」
シロノが疑問を口にする。
「聖女の魔法も防げるの?」
ミーノスは、あ、それがあったか、と渋い顔になった。
アヌアは続ける。
「あなた達の文化レベルはかなり高いです。鎧などを売るなどして私達の国に『この迷宮は潰すには惜しい』と思わせないと、『放置するのは危険である。力を付ける前に早々に殲滅せよ』となります。過去に、他の迷宮がそのような経緯で滅んだことが何度もあります」
ちょっと何言ってるのか理解できていない騎士ムウの頭に、声が響いてきた。
『暗黒騎士ムウよ。そのまま黙って聞くのだ』
『こ、これは! もしや、暗黒神モリオン様でございますか?!』
『私だ。ミーノスだ。私には考える時間が必要だ。そなたに時間を稼いでほしい』
『なんだ。王か……』
『ムウよ。丸聞こえだからな』
『は、はは! 失礼致しました! 暗黒騎士ムウ、新たに会得した技をもって、全力で戦います!』
「そなたらの言い分、一理ある。しかし、弱者の言葉に意味はなし。この騎士ムウと戦い、力を示せ」
「ふん、ならば私が相手になろう。シロノ、今日の私は一味違うからな。よく見ておくんだぞ」
騎士ムウは首を振った。
「子供に手を出すのは騎士の名折れ。そこの剣士よ、お前が相手になれ」
「……いいでしょう。俺も最近鬱憤が溜まっていたところです。リブさん、俺にやらせてください」
「お前の実力を見る良い機会か。いいだろう……勝て。私が言えるのはそれだけだ」
ミラルダはニィッと獰猛な笑みを浮かべる。
その顔は戦士のものになりつつあった。




