23 対策
朝になり、ゲスールは大通りにやってきていた。
目当ての物売りを見つけ、良さそうなものを探す。
銀色の指輪を買い、小指にはめた。
ふと見ると、見覚えのある少女が隣の露店で果物を眺めていた。
「なあ、ちょっといいか?」
少女が見上げてくる。
一瞬怪訝そうな顔になるが、すぐに気が付いたようだ。
『これは魔法だ。考えるだけで話ができる。ここで立ち話もなんだ。歩きながら聞こう』
『ダッグと同じやつか……あれ? あんた、武闘家じゃなかったか?』
『趣味だ。まぁ、使えるのはこれだけだが』
リブが歩き出す。
ゲスールもその後に続く。
『あんたは、ええと……確か……確か……あー……』
『リブだ。まあ、人のことは言えん。デザート、だったか?』
『ゲスールだ。腹減ってるとこ悪かったな。本題の前に確認してえことがある。知らないと思うが、俺は教会の、まぁ、つまらねえ下っ端みてえなもんだ。あんたも教会の関係者か?』
『教会? 悪いが、私は知らん。どういう組織だ?』
ゲスールは首を傾げつつ、説明をした。
炊き出しをするなどの奉仕活動をすること。
経典という、教訓を含んだ物語を朗読する会を定期的に開くこと。
金にがめついこと、など。
『私はシロノに会うまで、祖母と山奥で暮らしていた。あいにく世情には疎い』
『……そういうことにしといてやらあ。本題はひとつだ。シロノが教会に狙われるかもしれねえ』
『なに?』
リブは路地に入った。
『お前は教会の犬じゃないのか? 何故裏切るような真似までして、その情報を私に話す? 忠告しておくが、私をただの子供と侮らないことだ』
リブは石を拾う。
バキャ、と音がする。
手を開くと、石は粉々になっていた。
ゲスールは破片が当たって、ちょっと痛かった。
『犬っちゃ、犬だが。ほとんど野良だ。忠誠心なんか欠片もねえ。俺は嫁さん貰って普通の生活を送るために、金が要る。シロノが殺られるのも目覚めが悪い』
『金が貯まるまで、身の安全を確保したいといったところか……狙われると言ったが、何故だ?」
生まれて数日のシロノが狙われる理由が思いつかない。
あり得るとすればフードの女だが、すぐに「ない」と頭を振った。
『神父が言うには、シロノは聖女の妹みたいなもんだそうだ。聖女のついでで、殺られるかもって話だったぜ。神父は可能性は低いって言ってたがよ。あんたと剣士は強いみてえだが、用心するに越したことはねえぜ』
「いた! あいつです!」
指輪を買った店の店主が、こちらを指さす姿が見えた。
隣にいる騎士が走ってくる。
「そこの男、動くな! 幼女に手を出す不届きな奴め!」
「はあ?! 誤解だ! 俺は何もしてねえ!」
「騙されないでください! あいつは無視されてもめげずに追いかける、筋金入りの変態です!」
「げえ!?」
ゲスールは全力で逃げた。
リブも巻き込まれる前にマリンの家に走る。
行き止まりの壁をすり抜けた先は、客間だった。
マリンがティーカップをテーブルに置く。
「おはよう、リブ。今日はどんな用かしら」
「緊急事態だ。味方と呼べる者はシロノ1人。私はお前を含め、全てを疑わなければならん」
「穏やかじゃないわね。信用したいけど、証拠が無い。そんなところかしら」
「話が早くて助かる。単刀直入に聞こう。お前は教会の人間か?」
マリンは手の平を上に向けた。
魔法陣が浮かぶ。
「我はマリン。教会とは無縁。偽りならば、死をもって償わん」
魔法陣が手に吸い込まれていく。
マリンはお茶を飲み、微笑んだ。
「これで安心したかしら」
リブはほっと息を吐いた。
椅子に座り、出されたお茶に口をつける。
少し渋いが、温かい。
「それで、急にどうしたの、なんて野暮かしら。シロノは聖女の血で造られたホムンクルスだったのね?」
「知っていたのか?」
「ただの予想よ。国に仕える魔法使いが生み出したと思われるシロノに、教会ときたら、時期的に聖女しか思い浮かばないわ」
さすが年の功と言いかけて、リブは慌てて口を閉じた。
「そう。それでいいのよ、リブ。親しき仲にも礼儀あり。いくらあなたでも、口に出したらお仕置きよ?」
「……前から思っていたんだが、お前、読心術でも使ってるんじゃないか?」
「勘よ、勘」
「まあ、いいが。ゲスールという冒険者から垂れ込みがあった。聖女のとばっちりで、シロノまで狙われるかもしれない」
「教会が後ろ暗いことに手を染めているのは知っているわ。やっかいなのは、彼らがいなくなると大勢の人が困ることになるのよ。例えばこの茶葉だけど、教会が出資している農家から取り寄せているわ」
「……よく分からんが、徒党を組んだ商人が相手だと思えばいいのか?」
「大陸中に散らばった、かなり大規模の、ね。1つや2つ叩き潰したところで、すぐに元通りになるだけよ」
「先手を打つのは悪手、か……」
リブは天井を睨む。
マリンの話から、国を出ても見つかる可能性が高い。
いっそ森にでも引きこもるか?
封印の棺を使うことも視野に入れるが、気は進まない。
「ところで、肝心のシロノはどうしたの?」
「シロノは今、宿でレムというガキと遊んでいる。ミラルダという剣士を護衛につけているから、ひとまずは安心のはずだ」
「その剣士は信用できるのかしら」
リブはミラルダの心臓に「契約」を打ち込んで忠誠を誓わせていることを話した。
マリンは紙片と羽ペンを転移させ、何かを書き込むと再び紙片を転移させた。
「シロノとミラルダって子を呼んだわ。私は企みごととか苦手だし、あなたも良い案は浮かばないでしょう?」
数十分後、シロノとミラルダがやってきた。
ミラルダはいきなり土下座をする。
「必ず払いますので、もうしばらく待ってください」
「立ってちょうだい。代金の催促のために呼んだわけじゃないの」
「シロノ。聖女の命を狙う奴がいる。そのせいで、お前まで危ないかもしれん」
「え? なんで?」
「リブさん、それはさすがに無いですよ。聖女様は平和を愛するお方。殺そうなんて恐れ多いです」
「うん。聖女とボクに何の関係があるの? ミラルダに兄弟がいて、敵討ちにくるとかの方がまだあり得そうだよ」
『シロノ。どうもお前は、聖女の血を使って生み出されたらしい』
『ああ、そういうこと。じゃあ、ボクの魔力はへっぽこだって教えればいいかな? 聖女みたいな魔法が使えるかもしれないから、狙われるんでしょ?』
『……なるほど。確かにその通りかもしれん。お前を守ることばかり考えて、何故狙うのかまでは頭が回っていなかったようだ』
『心配してくれたんだね。ありがと、リブ』
『ふん。主として、当然のことをしたまでだ……ん?』
気が付くと、マリンとミラルダに注目されていた。
マリンにいたっては、手で顔を覆いながら、指の隙間から覗いている。
「な、なんだ?」
「じっと見つめ合ってるから……キスでも始まるのかしらって……」
「阿呆か。念話をしていただけだ。それより、当面の方針が決まったぞ。ゲスールにシロノの魔力が低いことを教えて、教会に情報を流す。これだけでもシロノが狙われる可能性がかなり減るはずだ」
「ゲスールさんなら、騎士に引っ張られていくのを見かけましたけど」




