22 喫茶ガーウェン
帰り道、ゲスールは公園でシイフにばったり出会った。
シイフは猫を抱いている。
「まさかそれ、飼う気か?」
「散歩だ、散歩。こいつ、エサやった後はこうしないとしつこいんだ。そりゃあ、飼えるもんなら飼いてえけどよ……俺ら、弱いだろ。飼い主が急にいなくなるなんて、辛い思いはさせたくねぇぜ」
オークの時も、危うく死にかけたしなとシイフは続ける。
ゲスールの目に涙が浮かんだ。
「馬鹿野朗。俺はその手の話に弱いんだよ」
「……なぁ、ゲスール」
シイフは急に真剣な表情になった。
猫が頬をペシペシ叩いているので、いまいち格好付かなかったが。
「また教会に何か言われたのか? テッタを連れてきた時と、おんなじ顔してるぜ?」
「相変わらず、妙な所で鋭いな……聖女のとばっちりで、シロノがヤバくなるかもしれねぇ。関係ない奴も、シロノが襲われた時に居合わせたら、口封じのために殺されるそうだ」
「にゃ~ん」
「ゲスール。悪いが、シロノから言い出すまで、パーティを解消する気はないぜ」
「……正気か? 死ぬかもしれないんだぞ」
「にゃ~ん」
ペシペシ、ペシペシ。
「なあ、そいつ降ろさねえか? 気になってしょうがねえ」
「嫌だ」
「即答かよ!」
シイフはポケットから煮干を出し、ゲスールに渡す。
ゲスールは煮干を細かく千切り、猫に差し出した。
猫はシイフに抱っこされたまま、ゲスールの手から煮干を食べ始める。
「これでしばらく大人しくなるぜ」
「本当かよ……じゃあ、話を戻すがよ、なんでだ? シロノとはたった1日狩りをしただけだぞ」
「あいつは、命の恩人だからな」
「本音は?」
「すまねぇ。死にかけて、怖くなった。さっさと金貯めて、嫁さんでも貰って、普通の生活がしてえ」
「そうかよ……」
ゲスールの目が細くなっていく。
シイフは猫を降ろした。
「長年組んできておいて、急にこんなこと言い出して悪いと思う。お前の気が済むなら、好きなだけ殴ってくれ。でも、ねちっこいのは無しな?」
「いや。その気持ちはすげー分かる。そういうことならシロノと組むのは悪くねぇ。上手くいけば、教会相手に勝ち逃げできる可能性も高い」
「あと10年若かったら『女1人守れないで、何が冒険者だ!』とか言えたんだがなぁ」
「言うな。つうか、正直なところ、シロノの方が強いんじゃねえか? 逆に、俺らがいた方が人質になったりして、足手まといになる気がするぜ……」
「あー……」
2人は遠い目になった。
「あ、ゲスール達だ」
聞き覚えのある声に振り返ると、シロノと少女、青年が立っていた。
シロノはゲスール達にリブとミラルダを紹介する。
「私は格闘家のリブだ。よろしく」
「俺はミラルダ。一応剣士だ。シロノさんに決闘を挑んだが、近づくこともできずに半殺しにされ、50万もする薬で回復した。だがその後すぐに、リブさんに一方的に殴られ愛剣と四肢を折られ、再び50万の薬で回復。多大なる慈悲で、今はシロノさんの護衛をしている。訳あって、早く金を返したい。良い儲け話があったら是非教えて欲しい」
「お、おう。若いのに苦労してるな。俺はゲスール。こっちはシイフだ。シロノとはパーティを組んでる。よろしくな」
「なに! 聞いてないぞシロノ! 私より先にパーティを組んでいる奴がいたのか!」
「焼きもち焼かないの。ほら、おんぶしてあげるから」
「ほんとか!」
リブはシロノの背中に飛び乗った。
「じゃあ、またね。お休みが終わったら声をかけてよ。また狩りに行こうね」
「あ、ああ……」
シロノ達は去っていった。
シイフがぽつりと呟く。
「なんか、心配して損したな」
「ああ……」
喫茶店の前で、リブは声を上げた。
「おお。ここは渋いな。シロノ、少し休憩していこう」
「うん、いいよ。ミラルダはどうする?」
「俺は一度宿に戻って、荷物を取ってきます。シロノさん達はどこの宿ですか?」
「止まり木亭ってところ」
「ああ、あそこですか。狩りの分け前で安い剣を探したりしたいので、宿で合流でいいですか?」
「分かった。あ、それなら」
シロノはミラルダにレッダの剣を売って得たお金を渡した。
「たぶん知ってると思うけど、ドワーフが店主の武器屋にレッダの剣を売ったから。ボクが言うのもなんだけど、これで買い戻してよ」
「……恩に着ります」
ミラルダは深々と頭を下げ、走っていった。
2人は喫茶店に入る。
黒に近い茶色の木で出来た机や椅子に、明るい灰色の壁。
落ち着いた良い雰囲気だなと見回すと、カウンターの向こうで老婆が1人、静かに剣を構えていた。
『シロノ、落ち着け。あれは刃引き、つまり切れない剣だ。瞑想でもしてるのだろう。敵意はない』
『う、うん』
老婆は剣を下げ、ゆっくりと目を開ける。
びくっと震えると、慌てて剣を後ろに隠した。
「あらいやだ。お客さんが来ていたのねぇ。いらっしゃい、喫茶『ガーウェン』にようこそ」
「主人。なかなか堂に入った良い構えだった。邪魔するぞ」
「可愛らしいお嬢ちゃんが2人も来てくれて嬉しいわ。お婆ちゃん、年甲斐もなく張り切っちゃいそう。注文が決まったら呼んでちょうだいねぇ」
2人は近くの席に座ってメニューを見る。
シロノにはアプリルパイ以外、なんなのか分からなかった。
そのことを伝えると、リブが代わりに注文をしてくれる。
「主人。アプリルパイ2つと、コンヒーを2つ。1つは温めで頼む」
「はいはい。ちょっと待っててねぇ」
「リブ、コンヒーってなあに?」
「少し苦味があるが、深い味わいのある飲み物だ。一口飲んでみて、合わなければ砂糖とミルクを入れると良い」
「温いのは?」
「私のだ。猫舌だからな」
しばらくして、注文の品が並べられた。
シロノはさっそくコンヒーに口をつける。
すぐに砂糖とミルクを入れた。
今度はおいしかった。
「あ、アプリルパイもおいしいね」
「そうだな。砂糖を加え過ぎず、素材の味をうまく引き出している。生地もしっとりとしていて、噛みごたえがある。私はパリッとした方が好みだが、これはこれで」
リブのアプリルパイ談義は、コンヒーが冷めるまで続いた。
シロノの分を半分分けてあげて、夕食が食べきれず、止まり木亭の店主に怒られることになるのだが、2人はまだ知らない。




