21 教会の裏の顔
レムが力尽きた頃、ゲスールは教会を訪れていた。
祭壇の前に立つ、髭の長い老人は、ゲスールに気づくと隣の部屋に向かう。
ゲスールもその後に続く。
老人は鍵を閉めると、ぶつぶつと呟き魔法を唱えた。
数秒、黒い光が部屋を照らした。
「待たせたのう、ゲス君」
「ダクネ神父、俺の名前はゲスールだと何度も」
「『語尾』」
老人、ダクネ神父の指先から桃色の光線がほとばしった。
ゲスールの胸に当たり、額に五芒星が浮き上がる。
「何か言ったかね、ゲス君」
「……ちっ、分かったぜゲス。分かったから、これ解けよゲス」
「分かったゲスよ、解くゲスよと言ってほしいところなんじゃが、まだまだ改良の余地があるようじゃ。仕方ない、後でシスターにニャンニャン言ってもらうかの」
ダクネ神父は手を横に振った。
五芒星が消える。
(なんでこんな奴が神父やってんだよ……)
ゲスールはげんなりした。
ダクネ神父は椅子に腰掛け、手を組む。
「ところで、ゲス君は聖女をどう思うかね?」
「あん? 聖女にしたあんたらには悪いがな、俺は嫌いだね。決戦魔法だか何だか知らねえが、戦場に首突っ込んでくなんて、力に溺れた馬鹿か、死にたがりなんじゃねえか? パレードでチラッと見たがよ、ちやほやされて良い気になってやがった。ありゃ聖人なんかじゃねぇ。そこらの小娘と同じだ。あんなの聖女にして大丈夫かよ?」
「王国からたんまり寄進もあったしのう。止むをえんかったのじゃ」
「また金かよ……あんたら、そればっかだな」
「ほっほっほ」
笑って流すダクネ神父。
ゲスールも王国の名前が出てきた以上、この話題を深く突っ込む気はない。
好奇心、猫を殺す。
ゲスールはまだ死にたくなかった。
ダクネ神父は1枚の羊皮紙を取り出す。
見覚えのある顔が書いてあった。
ゲスールは眉をひそめた。
「こいつがどうしたんだ?」
「うん? 思っとった反応と違うのう。ゲス君は聖女を見たのじゃろう?」
「横顔だけだ。なんで聖女が出てくる……ん?」
ゲスールはもう1度似顔絵を見て、パレードで見た聖女の顔を思い出す。
「まさか、シロノの奴……聖女だったのか?」
「その様子じゃと、知らないでパーティを組んでおるようじゃのう。あと、シロノという者は、聖女を元に造られたホムンクルスじゃ。ゲス君にも分かるように言うと、妹みたいなもんかの」
「つくられ、た?」
「造った人物も分かっておる。それはいいんじゃ。君から見た、シロノという娘の人柄を教えてほしいんじゃ」
ゲスールはシロノのことを冷静沈着、隙あらば容赦なく命を刈り取る、腕利きの狩人だと説明した。
「魔銃? 魔法は使わんのかね?」
「使えるのかも知れねえが、見たことはねぇな。つうか、魔法が使えたらわざわざ魔銃なんて使わないんじゃねえか?」
「門外漢のゲス君には分からない世界なんじゃよ。それで、その魔銃とはどんな物なんじゃ?」
「氷の矢、だったか? まぁ、ボウガンの代わりみたいなもんだったぜ。あと、シロノ以外が触ると気絶する」
ダクネ神父は髭をこすりながら、しばらく思案にふけった。
羊皮紙を取り出し、そこに何かを書き込んでいく。
「ふぅむ。魔法具はあの男の専門とは違うしのう。別の人間が作った、か。これも要調査じゃの」
「なんでシロノを調べてやがる?」
「ゲス君とは長い付き合いじゃから言うが、聖女絡みで周辺国家の上層部から『依頼』がきそうでのう。事前に調べておいて、見積もりを作っておけと上からのお達しじゃ」
しがない中間管理職は休む暇がないのう、とダクネ神父は笑う。
「一族郎党皆殺しかよ。どこまで殺るつもりだ。俺も入んのか?」
「どうかのう。上はもちろん、相当ふっかけるはずじゃが。魔法の使えないホムンクルスに念のため、で大金を払うかというと、ちと怪しいのう」
「んじゃあ、ひとまず安全なわけだな」
ダクネ神父は首を振る。
「ゲス君。あの頃とは違うんじゃ。教会は変わった。君のように、こちらに付けば見逃す、なんていう悠長なことはやらなくなってしもうた。安全第一。見た者は皆殺し、じゃよ」
「マジかよ……」
ダクネ神父は溜息をついた。
憂いを帯びた表情のせいか、とても小さく見える。
ダクネ神父は机の引き出しから銀色の指輪を取り出し、ゲスールに手渡す。
「もう、友人が先に逝くのは見とうない……その指輪を常にはめておくんじゃ。シロノという娘まで標的になったら、即座に知らせよう。指輪が熱くなったら、ゲス君だけでも逃げるんじゃ」
「ダクネ神父……」
ゲスールは指輪を左手の小指にはめた。
「今日呼んだのは、その指輪を渡すためなんじゃよ」
「そうだったのか……わざわざ、すまねえ」
「お互い、長生きできるといいのう」
「ああ」
2人は握手を交わしあった。
ゲスールが部屋を出て行った後、ダクネ神父は「ほっほっほ」と笑い出す。
「ちょろいのう。ゲス君が『指輪が熱くなってないのに、敵に囲まれた!』と狼狽する顔が目に浮かぶわい。ほっほっほ」
ダクネ神父が渡した指輪は、装備者のマナを吸い、位置を知らせるだけの機能しかない。
指輪は『依頼』がきた際に、迅速に遂行するための布石にすぎなかった。
「さて、シスターにニャンニャン言わせんとのう」
ゲスールは橋の上に立っていた。
指輪を外して眺めている。
指輪は川の水面に反射した光が当たり、キラキラと輝いていた。
「ダクネ神父……恩に着るぜ」
ゲスールは指輪をぐっと握りしめた。
「……なんて言うかよ!」
振りかぶり、指輪を川に投げ捨てる。
「狸が。どうせ罠か何かだろ」
ぽちゃん、と川に落ちるのを見届け、ゲスールは橋を後にした。




