20 聖女ゲーム
シロノ達が狩りから戻ると、半裸のレムが走ってきた。
「姉ちゃん! いいとこにいた!」
レムはシロノの腕を掴み、引っ張ろうとする。
リブに蹴られ、ミラルダが慌てて止めに入った。
「坊主、シロノさんになんの用だ。あと、服を着ろ」
「お願い! 俺を助けると思って、ついてきてよ。今スッカラカンなんだ」
「坊主も薬代で困ってる口か?」
ミラルダはレムを放した。
リブに尻を蹴られる。
「ちょっと小遣い稼ぎ。リウスの兄ちゃんが商売始めてさ。勝負に勝ったらお金くれるって言うから、あるだけ巻き上げてやろーとしたんだけど、この様さ!」
「レムも無茶するなぁ。男の子ってみんなこうなのかな」
「シロノさん、俺とこいつを一緒にしないでほしいんですけど」
「たいして変わらないと思うけど……」
一行はレムの案内で雑貨店にやってきた。
痩せた茶髪の男が何かの札を並べている。
男の服はあちこち絵の具が付いていた。
「リウスの兄ちゃん! お客さん連れてきたよ!」
「おお、レム。ご苦労さん。ほれ、約束のお駄賃と服だ」
レムに上着を渡す。
レムが着替える様子を、リウスはじっと観察した。
レムが着替え終わると、リウスは札を見せてきた。
美形の騎士が描かれている。
「俺はリウス。本業は絵描きなんだが、正直食っていけない。そんな時、聖女様に声をかけられてな。マンガとかビーエルとか、最初はよく分からなかったけど、これは儲かる! っていう案が見つかった。それがこの札を使った遊戯『7英雄』さ」
リウスは札を並べていく。
眼鏡をかけた知的な美形魔法使い。
穏やかそうな笑みを浮かべつつ、弓を構える美形の狩人。
「騎士、魔法使い、狩人を7枚まで自由に組み合わせて、戦わせるんだ。簡単に言うと、札を使ったジャンケンだ」
「ジャンケンってなに?」
「姉ちゃん、ジャンケン知らないの?」
レムは説明した。
そして、悪戯っ子の顔になる。
「姉ちゃん! 『7英雄』で勝負だ!」
「いいよ。リウスさん、面白かったら買うから、勝てそうな札を貸して」
「姉ちゃんずるいよ!」
「ふふふ」
リウスにルールの説明をされた後、シロノとレムはカウンター越しに向かい合った。
シロノの手札は騎士2枚、魔法使い4枚、狩人1枚だ。
「シロノ。レムなんぞに負けるなよ」
「頑張るね。面白かったらリブも買わない? 夜とか2人で遊べるよ」
『よし、私がレムの後ろに立って、奴の手札を教えよう。必ず勝て』
『まだ面白いかどうか分からないから、そこまでしなくていいよ?』
『……それもそうだな』
勝負は始まった。
「じゃあ、ボクは騎士を出すね」
まだ選んでいるレムの前に、シロノは札を1枚伏せる。
「なん、だと……」
レムはごくりと唾を飲んだ。
幼い瞳がギラリと光る。
「姉ちゃん、本当はかなりやってるでしょ……ジャンケン知らないなんて、俺を油断させる罠だったんだね」
「うん? 急にどうしたの?」
「その手には乗らないぜー? ジャンケン王と呼ばれた、このレム様に挑んだこと、後悔させてやるぜ!」
「挑んできたのはレムの方だよ?」
レムは真剣に札を見つめ、爪を噛んでぶつぶつ呟き始める。
「姉ちゃんは狙撃手だから、狩人のイメージを引っかけに使うはず、だから、これは魔法使い。でも、裏をかいて狩人かも……」
『シロノ。いきなり心理戦に持ち込むとは、やるな。本当は何を出したんだ? 魔法使いか?』
『ごめん、つい言っちゃっただけで、普通に騎士だよ』
『そうか……』
リブはレムに哀れみの視線を向けた。
さんざん悩んだ末、レムは狩人を出した。
「さあ! 勝負だ! 姉ちゃんの札を裏返すんだ!」
「あ、うん」
「騎士?! 馬鹿なあああ!」
ルールでは、鎧が矢を弾くので騎士が勝つ。
まず、シロノの1勝。
レムは音が聞こえるほど歯を食いしばった。
「くぅぅ……まだだ! まだ1枚やられただけだぜ!」
シロノは札を伏せる。
「これも騎士だよ」
「もうその手には乗らないぜ! 今度こそ行け! 狩人! うわああああああ!」
『リブ。レムが面白いよ』
『そうだな。ついおちょくりたくなるな』
シロノの2勝。
レムはバシッと札をカウンターに叩きつけた。
「姉ちゃん、俺を本気にしちゃったようだなー? これは……騎士だ!」
「じゃあ魔法使いだね」
シロノはさっさと魔法使いを出す。
「ちくしょおおお!」
レムの手札は騎士だった。
シロノ、3勝。
レムの頭に敗北の二文字がちらつく。
俯くレムに、シロノの余裕の声が聞こえてきた。
「レム、君の力はその程度? ……ジャンケン王といっても、たいしたことないね」
レムの脳裏に、ライバル達の顔が思い浮かぶ。
後だしばかりする男の子。
勝たせてくれたら、ほっぺにチューと惑わしてくる女の子。
右手でチョキを作りながら、左のグーを出す幼馴染。
皆、お前なら勝てると囁いてくる。
レムの瞳に再び光が宿る。
「このまま負けてたまるかあ! まだ勝負は終わっちゃいないぜ!」
「……その心意気に免じて、これで決めてあげる……レム、いつかボクに追いつくのを、待っているよ」
シロノは腕を組み、戸棚に持たれかかった。
「……最後の1枚だ。ゆっくり選ぶといいよ……レムの気の済むまで、待っててあげる」
「ぐぎぎぎ……絶対吠え面かかせてやるからな! 姉ちゃん!」
レムは手札を食い入るように見つめる。
その背後に、そっとリブは移動した。
「けっこう面白かったね。主にレムが」
「そうだな。まあ、それを抜きにしても、工夫次第では中々楽しめそうだ」
「それじゃ、買ってくれるかい?」
「うん。リウスさん、この絵って全部同じなの?」
リウスはにっこりと微笑んだ。
戸棚から一冊の本を取り出す。
「この『町娘と15人の貴公子』っていう物語に出てくる王子、貴族の男子を元に何種類か違うのを用意した。王子の騎士版・魔法使い版とか、騎士サオマ、騎士ハグロアとかな」
「へぇ~。たくさんあるんですね」
「シロノ、この長髪の金髪魔法使いとかどうだ? 格好良いぞ」
わいわい選び始めるシロノとリブ。
ミラルダはリウスにひそひそと話しかけた。
「なぁ。これ、美少女とかないのか?」
「もちろん、と言いたいところなんだけど、聖女様の強い要望で、まず貴公子達を描き切らないといけないんだ」
今あるのはこれだけ、とリウスは女狩人を見せる。
ミラルダは薬代を返済したら、必ず買おうと心に決めた。




