02 お買い物
宮廷魔法使いはお金しかくれませんでした。
寝床の確保とか必要な物を揃える話です。
門番に引き止められるというハプニングはあったが、シロノは市街地に入ることができた。
「まずは宿かな」
だが、思い浮かぶのは食堂や居酒屋ばかり。
刷り込まれた知識には宿の情報は入っていないようだ。
「はあ……誰かに聞くか」
辺りは忙しく行きかう商人や鎧を着た冒険者ばかりだ。
情報と引き換えに代金を要求されるような気がしてならない。
「姉ちゃん!」
やんちゃそうな栗毛の男の子に声をかけられた。
「見ない顔だね。他所から来たの?」
「宿を探してるんだけど、良いとこ知らない?」
「そこの串焼き買ってくれたら教えてやってもいいぜ!」
串焼きか。
大した額にはならないだろう。
シロノは肉厚の串焼きを2本買って、1本を男の子に渡した。
男の子はペロリとそれを食べてしまう。
「ご馳走さま! 案内するから付いてきて!」
「食事が出て安いところが良いんだけど」
「それなら止まり木亭だね。おっちゃんはおっかないけど、飯は美味いんだ!」
路地裏を数分も歩くと、古びた建物に辿りついた。
ベッドの看板がかかっているので宿屋なのだろう。
「おっちゃん! お客さん連れてきたよ!」
カウンターの奥から40台の男が出てくる。
頑固そうな顔だ。
「ありがとうよレム。夕飯はうちで食ってきな」
「よっしゃあ! 姉ちゃん、またな!」
「またね」
「んで、お嬢ちゃん。どれぐらい泊まってくんだ?」
「そうですね。とりあえずは1ヵ月で」
「男を連れ込むと返金なしで出てってもらうことになってるが、いいか?」
「そういうのは興味ないんで大丈夫です」
「ならいいがよ」
宿帳に記帳をし、鍵を受け取って部屋に荷物を置く。
残ったのは5万ジーといったところだ。
(これから装備と必要な物を揃えなきゃね)
「おやじさん、買い物してきます」
「夕飯には帰ってこいよ」
宿の外にはレムと呼ばれた男の子が立っていた。
「あれ? 泊まるの止めちゃったの?」
「ううん。装備を買おうと思って。また道案内頼むよ」
「いいぜ! 飯も食えるし、今回はサービスしてやるよ!」
程なくして、剣と盾の看板の店に連れて行かれる。
立派な髭を蓄えた背の低い、筋肉質の初老の男が店番をしていた。
知識によると彼はドワーフという鍛冶に長けた種族らしい。
「らっしゃい!」
「冒険者になろうと思うんですけど、駆け出しに合った装備はありませんか」
「前衛と後衛、どっちだい」
「そうですね……」
前衛はマッチョな男女の姿が思い浮かんだ。
シロノは腕をつまんでみる。
むにむにと柔らかい。
「後衛、ですかね」
「妥当なところだな。スピードタイプにも見えん」
「魔法は苦手なんで弓とか使おうかな」
「その細腕じゃなあ……服は狩人が良く選んでくのでいいだろ」
頑丈な布でできた長袖と長ズボン。
3着ずつ買うことにした。
「獲物はボウガンがいいんじゃないか? 矢代はかかるが、それは剣でも弓でも同じだしな。ボウガンは10万ジー。矢は1本500ジーだ」
「あ、弓で」
「あいよ。これが1番軽い弓だ。引いてみな」
「ふぐー!」
「全然だな。素直に金貯めてこい」
(いきなりつまずいちゃったよ)
肩を落としながら店を出る。
「姉ちゃん武器買えなかったの?」
「ちょっとお金が、ね」
「ふーん。1万あるならマジューとかいうの売ってる兄ちゃん知ってるぜ」
「何それ」
「知らない。兄ちゃんに聞いてよ」
「一応案内してもらおうかな」
案内されたのは広場だった。
あちこちに布を広げて物を売っている人がいる。
レムの言う兄ちゃんは、ローブを着た痩せ気味で長髪の青年だった。
巻物やランプなどの他、よく分からない小物が並んでいる。
「……あ、いらっしゃいませ」
「兄ちゃん、マジュー見せてあげてよ。この前見せてくれたやつ!」
「あれを? あれはマナをかなり食いますよ?」
マナ。
刷り込まれた知識によると、魔法の使用回数に関わってくるものらしい。
ホムンクルスは常人の数倍はあるらしいのだが。
(魔力がへっぽこなボクはどうなんだろう?)
青年は荷物から緑色の水晶玉を取り出した。
言われるままに手を乗せると、ゆっくりと滲むように光が強くなっていく。
2個、3個と同じことをさせられる。
「これだけあるなら大丈夫そうですね」
青年はナイフの取っ手に長方形の鉄板を付けたような物を取り出した。
「踏んだら魔法が発動する罠というのがあるんですが、それを参考にして作りました。握りの部分にマナ吸収の素材を使ってます。引き金を引くと魔法が発動。『氷の矢』が発射されます。燃費は悪いですが、マナを食う分、威力はそこらで売ってるボウガン並みはありますよ」
「へえ~。ボクにぴったりの武器ですね」
「失礼ですが、これだけマナをお持ちなら学院で魔法を習うことをお勧めしますよ? 威力も回数も自分でやる方が断然良い」
「魔力は人並み以下なんですよ」
「……そういうことでしたか」
青年の目がキラリと光った。
シロノは背筋に冷たいものを感じた。
「実は学院で魔法を少々かじっていまして、魔法具などを作って売っています。あなたとは今後も良いお付き合いができそうですね」
「駆け出しなんで、あまり期待には添えないと思いますよー」
実際、肌着などの日用品を買うぐらいしか余裕は無いと予想している。
「私も似たようなもんですね。魔法を使える人には売れず、使えない人は大抵マナの関係で買っても宝の持ち腐れになるので中々売れないんです」
「いらない物は買いませんよ?」
カモにされる前に釘を刺しておく。
「思わず買いたくなるような物を作りますよ。要望があったら遠慮なく言ってください」
「今日はそのマジュー? というので我慢してください」
「それがいいですかね。1万ジーです」
お金を払うと羊皮紙も渡された。
どうやら街の地図らしく、赤い丸の上に「ミハエル・アッシュ魔法具店」と書いてある。
すると突然、シロノの脳裏に見たことのない光景が浮かび上がった。
どこかの廊下と、平たい帽子を被った男性。
「先輩! 先輩!」という声。
振り返った男性の顔は、目の前の青年に良く似ていた。
「先輩?」
「え? 初対面のはずですが。君みたいな子、見たら忘れないかと……」
「平たい帽子……」
「学院の制服のですか? あれ、ほんとに? 名前を聞いても?」
「あ、ボクだけすみません。シロノといいます」
「うーん。悪いけど覚えてないなあ。まあ、後輩ということなら口調は普通にさせてもらうよ。よろしく、シロノ」
(誤解だけど、こっちの方が話しやすいし、いいかー)
すぐにバレても問題ないだろう。
シロノは暢気にそう考えた。
お金の単位はG→ジー。
銅貨、銀貨なども考えましたがシンプルな方にしました。