18 開かれる迷宮
空に巨大な魔法陣が現れた。
幾つもの円と五芒星が曼荼羅状に浮かんでいる。
「わぁ~。見てよリブ。きれいだね~」
「阿呆! マシブの後ろに隠れろ!」
「おい! 人を盾にするな!」
白い閃光が放たれ、魔法陣はゆっくりと薄れていった。
微かに地面が揺れる。
「……何だったんだ今のは。恐ろしく強力な攻撃魔法だったが」
「聖女様の魔法ではないでしょうか? 噂ですが、聖女様が魔法を使う時は、空を覆うほどの魔法陣が現れるそうです」
「街の外だから良かったが、あれでは城すら消し飛ばせるのではないか? その聖女とかいう奴、危険はないんだろうな?」
「教会が正式に認定しました。人格も優れた方なのでしょう」
「だといいんだが……」
ミラルダの前に、ひらひらと紙片が降ってきた。
ミラルダは紙片を空中で掴んで読んでみる。
顔色がさっと青くなった。
「リ、リブさん。『薬代100万ジー』って何ですか?」
「お前が飲んだ薬だな。1本50万。まあ、あれだけの効果だ。安い方だろう。その辺でオークの2、3匹狩ればすぐではないか」
「剣もないのに無茶ですよ……」
ミラルダは折れた剣を掲げる。
「ちょっとパーティメンバーに相談してみます……あれ?」
裏庭を見渡しても、ミラルダの仲間は1人もいなかった。
「リブに腕を折られたあたりから、ギルドの方に走ってったよ?」
一行はギルドに戻る。
モノクルをかけた男性職員が声をかけてきた。
「あ、ミラルダさん。良かった。生きてたんですね。先ほど仲間の方から『リーダーが死んだから解散する。拠点も別の町に移す』と言われたのでびっくりしましたよ」
ミラルダは床に崩れ落ちた。
マシブがポンポンと肩を叩く。
「おや? どうやら新たな迷宮が開かれたようですね。これからギルドも忙しくなりそうです」
シロノが不思議そうに首を傾げると、男性職員はモノクルを指差した。
「ちょっとした魔法具なんです。少しのマナで『遠見』が使えるんですよ。皆さんも裏庭にいたなら見たのではないですか? あれで聖女様が迷宮の門番を倒したんです」
マシブが疑問の声を上げる。
「聖女様が開いたんなら、すぐ攻略しちまうんじゃねえか?」
「あぁ、それもそう……」
男性職員はじっとモノクルを覗き込んだ。
しばらく押し黙った後、にっこりと笑う。
「大丈夫そうです。聖女様は『ダンソンはお風呂も入れないから嫌』だそうです。引き止めるパーティを振り切って帰り始めました」
「ダンソン? なんだそりゃ?」
「さぁ……聖女様はイセカイという村の出身だそうですから、迷宮のことをその村ではダンソンと言うのではないでしょうか? まぁ、私の読唇術も完全ではないので、アンゾンや他の言葉かもしれませんが」
ミラルダはシロノに頭を下げた。
「シロノさん! 一緒に迷宮攻略してください!」
「え? なんでボクに頼むの?」
「その、リブさんだとバッサリ断られそうなので……」
「失礼な。シロノが行くと言えば行くぞ」
「マシブさん。迷宮って面白いですか?」
シロノはマシブに尋ねた。
「おう! 楽しさは迷宮によるが、外れはないぜ! 洞窟系はあの雰囲気がたまらねえし、何より探索が面白い! 建物系も捨てがたく……」
「そ、その話はまた今度聞かせてください。わかったよミラルダ。面白そうだし、一緒に行こう」
「ありがとうございます!」
「迷宮に行くなら、少し待った方がいいぜ! 種類によって必要な道具が変わってくる。ギルドで専門にしている奴らに声をかけるから、行くのはその後にした方がいいな!」
「それじゃあ、狩りにでも行こ。オークが狩れれば薬代にすればいいし、いなくても少しは足しになるでしょ?」
「ありがとうございます!」
シロノ、リブ、ミラルダは狩りに向かった。
一方、迷宮はにわかに慌しくなっていた。
玉座に座る迷宮の主の元に、全身鎧に身を包んだミノタウロスが駆け込んできた。
「モー(王! お逃げください! 門番が! あ、あれは化物です! いくら王といえど、あれにはひとたまりもありません!」
「モゥ……(騒々しいぞ、ファラリス……猛々しい魔力を感じ、余も『遠見』で始終見ていた。安心しろ。あれはどうやら引き返すようだ)」
「モー? (なっ、そ、それは真でございますか? そうとは知らず、余計なことをいたしました!)」
「モゥ(よい。そなたの立場なら、余でもそう進言していただろう。忠心、大儀であった)」
「モー(は! 勿体なきお言葉、ありがとうございます!)」
ミノタウロス、ファラリスは直立不動になり、胸を叩いた。
ファラリスが下がるのを見届けた後、迷宮の主は鈴を鳴らした。
しばらくして、タオルを1枚だけ体に巻きつけた、筋骨隆々のミノタウロスが走ってきた。
「モォ! (ちょっと王様! 今お風呂入ってたんですから、急に呼ばないでくださいよ!)」
「モ、モゥ(す、すまん、ミノ。というか、少しは恥じらいをな? 嫁の貰い手がなくなるぞ?)」
「モォ! (あっはっは! そしたら王様に貰ってもらおうかしら! なんてね!)」
ミノタウロス、ミノは腰に手を当てて大笑いした。
「モゥ(はぁ、もうよい。それよりも、早く着替えて騎士ムウを呼んできてほしい)」
「モォ! (は~い! わっかりました~)」
ミノは走り去っていった。
程なくして、巨大な斧を持ち、鎧に身を包んだミノタウロスがやってくる。
「ムー(暗黒騎士ムウ、ただいま見参いたしました)」
「モゥ? (余の記憶が正しければ、この前は業火の騎士ではなかったか?)」
「ムー(は! 修行の末、封印された力を解放するに至りました)」
「モゥ(そうか……よく分からぬが、頼もしきことだ。ムウ、迷宮が開かれた。程なく人間が己が欲を満たすためにやってくるだろう)」
「ムー(不届きな賊は、この暗黒騎士ムウが1人残らず葬ってみせましょう)」
「モゥ(待つがよい。さすがにお主1人では、この広い迷宮を守りきることはできぬ。仲間を集い、防衛にあたれ。そなたを指揮官に命ずる)」
「ムー(は! ありがたき幸せ!)」
ミノタウロス、ムウは膝立ちになり、斧を胸の前に構えた。
そのまま腕を天井に伸ばし、立ち上がる。
1回点し、ゆっくりと膝立ちに戻った。
「モゥ? (なんだ、今のは?)」
「ムー(暗黒騎士の敬礼でございます。3日かけて考えました)」
「モゥ(うむ。大儀であった。行ってよし)」
「ムー(は!)」
ムウは暗黒騎士の敬礼をもう1度行い、去っていった。
迷宮の主はしばらく目を瞑った後、ぽつりと呟いた。
「モゥ……(最近の若者の考えることは、よく分からぬ……)」